15:傀儡使い
決闘。能力者同士の一対一の戦いに用いられた言葉。
殺すか殺されるかが基本的な思想、結果であった。
亡霊狩りが整備された現在、決闘は時代を経るごとに消滅した。殺す殺されるなどという思想を持った能力者も直に減少していった。故に現代の能力者にとって能力とは生まれたころから身についたものであり、戦いに用いるものではなく生活の不便な場所で活躍する程度の道具。
だが、傀儡使いはその生ぬるい思想を持っていない。
能力を使用するたび、人が死んでいく。その有り様に、傀儡使いは快楽を覚えていた。つまり彼にとって能力とは、殺しの道具・手段でしかない。
一方、怜音にとって能力とは、人を救うためのものであり、人を殺すための道具ではない。傀儡使いと怜音の思想の間に生まれたその差が、彼らの実力を隔てる。
殺すつもりで放った能力と、そうでない能力とでは、前者の方が明らかな威力を誇る。
しかし、上司から「傀儡使いを殺す」との方針が出た今、怜音の思想は覆る。
能力を殺しのために使用する。幸いにも、怜音には経験があった。その思想を受け入れるために身構える必要もなく、まるで元から有していたかのように。
目にも止まらぬ彼の拳が、傀儡使いの腕を折った。
傀儡使いは頭の中で困惑していた。
『何が起こった……? 打撃が直撃する瞬間、俺は確かに能源で直撃した箇所を強化した。だがまるで……』
「わからないか? 何が起こったか」
口元に笑みを浮かべる怜音。傀儡使いは、得体の知れない技を使った彼を、既にただの亡霊狩りとは見ていなかった。
「言ったよな? 空気は俺たちを取り巻いてる。その空気の性質を俺は自由に変えられる。それこそ、空気の性質を能源のそれに変えることだって可能なわけだ」
しっくりこない傀儡使いに、怜音は説明を続ける。
「お前が教えてくれたんだろ? 他人の能源は体にとってマイナスの意味を持つってな」
「……!」
傀儡使いの頭にて、経験した不可解な現象のつじつまが合致する。
相手が能源を込めるより早く、自身が打撃を与える箇所に触れている空気の性質を変え、自らの能源とする。打撃を与えようとすると、相手は自然と能源で打撃が当たるであろう箇所を自然とガードする。
そして、自身の能源がプラスの意味を持ち、他人の能源がマイナスの意味を持つ。つまり、二つの異なる能源が交わったことにより、能源はゼロになる。
量の配分こそ賭けであったが、怜音はこれまでの戦闘から、傀儡使いがガードに回す能源の量を大まかに把握していた。その観察力が、今のような攻撃の方法を可能にした。
「御影さん。あんたはそこで見ててくれ。コイツは俺が殺す」
「心配せずとも、手出しなんてしないさ」
二人の会話に傀儡使いは舌打ちを送る。
「舐めやがって……! 『引斥』!」
能力の発動により、傀儡使いの手のひらに怜音は吸い寄せられる。体が宙に浮く程の引力に引っ張られ、怜音は勢いよく傀儡使いの元へと飛んでいく。そして傀儡使いは、彼の顔面目掛け、凄まじい能源を込め拳を突き出す。
だが、怜音にはその拳を防ぐ、少なくとも威力をお粗末にするだけの手段があった。
顔面と拳の間にある空気をコンクリート程の硬さに硬化させることにより、拳が止まる。
そして拳を突き出したことにより、傀儡使いの引斥の効果は中断されていた。怜音は空気の硬化を解除し、宙で回転して彼の腕を蹴りで折る。これにより、彼の両の腕が使い物とならなくなった。
加えて、怜音は間髪入れずに背後へと回り、空気で彼の両足の靭帯を切った。忽ち傀儡使いは地に膝を着く。満身創痍の彼に、怜音は容赦なく空気の剣を首にあてる。
「動くと斬る」
「……殺すんじゃなかったのか?」
「その前に聞き出すことが幾つかあるんだよ」
怜音の言葉に、傀儡使いは笑った。
「怜音。お前は重大なミスをしたようだな。インターバルこそあるものの、俺は肉体間で意識を行き来させることができる。それはお前ら亡霊狩りもわかってたことなんじゃないか?」
挑発するような傀儡使いの口調。しかし怜音はその挑発に乗らなかった。
「インターバルと言ったな。それは能力を発動してから再度発動するまでのことか? それとも肉体を行き来する時に生じるものか?」
「……言うわけないだろ?」
「お前の能力の詳細を教えろ。傀儡のストックはあとどのくらいある?」
「言わない」
「お前の本体はどこにある?」
「……チッ」
怜音の質問攻めに、傀儡使いは舌打ちを漏らした。「これ以上の会話は無駄」と判断した傀儡使いは、現在意識を移している肉体から、自身の肉体へと意識を移そうとする。そのことを悟った怜音は、傀儡使いを凝視する。
「傀儡使い。俺はお前を逃がそうなんて微塵も考えちゃいない。覚えとけ」
「……また会うのを楽しみにしてるよ」
傀儡使いは能力を解除し、意識を自身の体へと移した。
**
恐らく、怜音と御影さんが蓮花市で傀儡使いと戦っている。そのため、こちら側にはほぼ意識をやっていなかったのだろう。動きの鈍い彼らの間をすり抜けることは、造作もないことであった。
仮眠室にはたった一人、就寝中の男のみであった。彼が傀儡使いで間違いない。
そう思った矢先、その男が突如として目を開いた。
「逃げられてしまう」、その思いが私を突き動かした。横になった彼の上に馬乗りになり、咄嗟に手に持っていた刀を彼の首に当てる。男はその無表情の奥で微かに笑ったように見えた。
「なるほどな。こういうことか」
「……動いたら殺す」
そうは言ったものの、私の手は自覚する程あからさまに震えていた。すると彼は私の刀を素手で掴んだ。そして何故か、その刀身に能源を込めた。
「お前は確か……澪だったか?」
「……覚えてるんだね」
傀儡使い。体こそ違えど、彼とは一度出くわしていた。だが、まさか名前まで覚えているとは。
「お前に良いことを教えてやろう。あの怜音という奴にも伝えろ」
「…………」
彼の刀を握った手からは、血が溢れ出ていた。……何が狙いなんだ?
さっきからこの刀を押し返すわけでもなく、ただ握っている。血は流れるばかりだ。
理由のわからない彼の行動に、私は冷や汗をかく。
「俺の能力『傀儡食肉』は、対象の能源を自分の能源へと変化させる能力だ。それに加え、能源の五割を変化させた対象の肉体に意識を移すこができる。ただし意識のシフトは制限つきだ。一度意識を移すと、その後10分間は俺の意思で俺の体に戻ることができない。そのうえ、俺の体に戻った後には20分間のインターバルが発生する。このインターバルは、能力の発動と意識のシフトどちらにもつきまとうものだ」
続々と彼の口から語られる彼の能力。不可解と共に、その詳細を覚えることに私は必死となった。
「また、死体や生物を操るのは俺の意思を介さずともできる芸当。あくまで能力の応用となるが、能力源をその物に込めることで、生命体としての動きをプログラミングすることができる。その方法を用いて、俺は仮眠室にいる俺の体を保護していた。まぁ時間がなかったから、単純な動きしかプログラムできなかったけどな。……説明はこのくらいだ。他に聞きたいことはあるか?」
私の頭の中にあるのは、単純な困惑であった。
「何で私にそんなことを言うの?」
「……お前なら、もっと上手く扱えるんじゃないかって思ってな」
「……?」
「お前の能力、コピーみたいなものだろ?」
「え……? あー……ん?」
尚更、彼の行動の意味がわからない。
「私に傀儡使いになれって言ってる? なら絶対にならないけど」
「いや、もうどうでもよくなってな」
彼は視線を私から天井へと移した。刀に能源は込められたままである。
「俺の目標は俺の人生を滅茶苦茶にした亡霊狩りを殺すことだった。だからそいつを探すために、亡霊狩り、そして一般人をも殺し続けた。だが少し前にそいつが既に死んでるとわかってな。俺は漠然としながら人を殺し続けた。俺の今までの人生は、全て無意味のものだったんだ」
傀儡使いは静かに語った。私はそれに、少しだけ腹が立った。
「……傀儡使い。あなたは確かに、罪の無い人たちを沢山殺した。決して擁護するわけじゃないけれど、私はあなたの人生すべてを否定はしない。私も、大切な人を殺されたら同じ行動をしてしまうかもしれないから。だから、無意味なんて言葉で人生を形容しないであげてよ。あなたを可哀想だと思ってしまう」
傀儡使いは朗らかに笑みを浮かべる。
「甘すぎるな。……最後に話すのが、お前で良かったかもしれない」
瞬間、彼は刀で自らの首を斬り裂いた。




