14:会敵
居合の構え。繰り出されたのは、横薙ぎ。
尋常ではない刀身の長さ。尋常ではない薙ぎの速度。
自分と御影を包囲する形で空気の性質を予め変えていた怜音。先程と同様、刀を跳ね返そうと試みたが、刃はその空気をいとも容易く切り裂いた。驚きと共に、怜音は破られたそばから空気を層のように重ね、少しでも刀の速度を遅くさせようとする。
「御影さん! 伏せろ!」
伏せながら、御影に指示を送る。二人は皮一枚で人形の刀を躱す。だが、即座に人形は手首を回して逆方向から刀を二人に向かわせた。
御影と怜音はそれを上空に飛んで避ける。滞空中、二人は会話を交わす。
「御影さん。あの刀、見た目の割には鋭利だ。気をつけろ」
「俺があれを受け止める。その間にあの人形、どうにかしてくれ」
「どうにかしてくれ」というそのあまりにも漠然とした頼みに、怜音の心は踊っていた。
「懐かしいな。相変わらず無茶振りしやがって」
着地。直後に人形が二人の真上から刀を振り下ろす。怜音はそれを身を翻して避け、御影は全身に能源を立ち昇らせ、刀を受け止めた。
「っ……!!」
重い衝撃が御影の体に走る。能源によって自身を保護することにより、鋭利な刃を受け止めることを可能にした。御影は踏ん張ること以外できない状態だが、怜音はそうではない。
「『空虚』」
能力により、周囲の空気を人形の刀と同程度の大きさの剣として固める。鋭利、そして軽量という性質を付与し、怜音はその剣に大量の能源を込めた。
「お返しだ」
横薙ぎの形で、怜音は剣を振るう。結果、人形の体は生き別れとなり、砂埃を舞わせながら人形は倒れた。
受け止めていた刀から能源と力が失われ、御影は全身から力を抜くことができた。地面に腰を下ろす御影へと怜音は歩く。御影は一息吐いて、ぼやくように言った。
「久しぶりにいい汗かいたよ」
「お疲れさん。でも、安心するにはまだ早いみたいだ」
「……マジじゃん」
倒れた人形。その頭部から能源が立ち昇る。感触としては、亡霊のものだった。
二人が能源を感知すると同時、人形の頭部が破裂し、中から人間が出てきた。警戒態勢の二人に、その人間は、天を仰ぎながら一人で呟くように話しかける。
「シューベルトの『魔王』を聴いたことはあるか? 魔王に呪われた息子を助けるべく、父は嵐の中馬を走らせるんだが、結局は何もできずに息子を死なせてしまうんだ」
脈絡の無い話と、スキンヘッドに裸体の女性というその体裁に、二人は不気味さを感じ取る。
「悪いが、お前みたいな女、俺はタイプじゃない」
「悪いな。俺は男だ」
**
三葉と本部内を駆け回っていると、春斗からの電話が掛かってきた。
『澪。ヒットだ。傀儡使いは同時には存在していない』
「オッケー。サンキュー春斗」
同時には存在しない。つまり傀儡使いは一度に一人の体しか操れない。そして操られた人間は意識を上書きされる。ということは、傀儡使い本人の意識もあちら側に移動しなければならないんじゃないか?
となれば、漠然としていた傀儡使いの居場所も何となく見えてくる。意識のない人間を敵の目に付く位置に配置するわけがない。意識がなくても不思議ではない場所。
「澪。もしかしたら“仮眠室”かも」
三葉の言葉により、気付きを得る。三葉からその仮眠室の場所を聞き、私たちはそこへと走る。
こうして走っていると、本部の広さを良くも悪くも感じてしまう。さっきまでいた位置から仮眠室まで、本気で走って四分ほど。私は走りながら、御影さんと怜音が無事であることを祈ることしかできなかった。
仮眠室手前、私たちは思わぬ出会いを果たした。首元を掻っ切られた亡霊狩りたちが、そこにはいたのだ。私の仮説と眼の前に広がる光景とが、繋がる。
生命の無い存在であれば、意識の有無に関わらず、操作することができる。だから、傀儡使いは仮眠室で眠っていた多くの亡霊使いを殺した。
「傀儡使い……!!」
私の中に沸々と怒りが生まれる。それを制御できるほど、私は冷静ではなかった。
私は刀を鞘から引き抜き、拙い能源操作で刀身に能源を込めた。
**
御影と怜音、そして傀儡使い。優勢は傀儡使いの方であった。
彼が無傷であるのに対し、御影と怜音は吐血が止まらない。
ただ、二人がこうなるまでに、傀儡使いには一切の動きが見られなかった。それでも二人は感じていた。体内で自らの能源が蝕まれていくのを。
「痛いか? 亡霊狩りども」
傀儡使いの能力「傀儡食肉」は、対象の能源を自身の能源へと変化させ、一定量自身の能源が含まれた対象の身体を奪取することのできる能力。他人の能源を体内に入れることは、有害な毒をコップで飲むようなことであり、体の異変を引き起こす。
震える手で、御影は怜音の体に触れる。
「『消散』」
瞬間、怜音の体から傀儡使いの能源が消える。したがって、普段と同等のパフォーマンスを行うことができた。怜音は飛び出し、後退する傀儡使いへと空気で生み出した投げナイフを矢継ぎ早に投擲する。
避けつつ距離を取る傀儡使いを追いかけながら、怜音は思案に浸る。
奴の能力は恐らく他者系。これ程の能力であれば、必ず発動に条件が伴う。いつ満たした?
……そういえば変なこと言ってたな。シューベルトの魔王……
特定のワードを聞かせることが発動の条件?
確定はできないが、今はその程度しか推測ができない。だから、俺が取るべき行動は一つだ。
怜音は傀儡使いの背後に空気の壁を作る。彼がぶつかると同時、そのまま残りの上下左右の壁を怜音は生み出す。一つとなった逃げ道の先には、怜音がいた。
「俺の能力の発動条件を教えてやろう。対象に能源が無いことだ」
「…………」
沈黙を重ねる傀儡使いに、怜音は言葉を重ねる。
「俺たちを取り巻く空気には能源が無い。そしてそれは呼吸という過程を経ても変わらない。酸素と二酸化炭素には能源が含まれないからな。俺が言いたいこと、わかるか?」
怜音は傀儡使いの胸に触れる。
肺には酸素が含まれる。傀儡使いが生体を用いている以上、呼吸は生存のためには必須の条件。
そして怜音は空気の性質を変えることができる。
命を握られている状況下で、傀儡使いは笑った。
「はっはっはっ!! 欠けてるんじゃないか? 俺は生体に刻まれた能力も扱うことができるんだよ!」
刹那、怜音が能力を発動するよりも早く傀儡使いが能力を発動した。
「『引斥』」
怜音の腹部に手のひらを重ねた瞬間、強烈な衝撃波が発生し、怜音は吹き飛ぶ。
「クソッ……!」
空中で身を回し、地に足をつけ、衝撃の威力を打ち消す。
腹部を見ると、服が裂け肌が露出していた。そしてその露出した肌は黒く焦げ、煙が上がっている。攻撃の直前、咄嗟に能源でガードしたにも関わらず、怜音の腹部には鋭い痛みが走る。
傀儡使いは怜音のもとへと、ゆっくりと歩く。
「この女の能力は結構便利でな。両手の手のひらから引っ張る力と弾く力、つまり引力と斥力を発生させることができる優れモノだ。引力と斥力の切り替えは自由、そして対象の切り替えも自由だ」
与えられた情報を、怜音は静かに整理していく。そんな彼の後ろから、自身に能力を施した御影が現れる。
「怜音。こいつはここで殺すぞ。あまりに危険だ」
御影の言葉に少し意外さを感じつつ、怜音は呼吸を整えた。
「本部からの許可は?」
「生け捕りにしたところで、どうせコイツは死刑か終身刑だ。それに、能力の性質上生かしておくことは危険でしかない」
「……それもそうか。じゃ、全力でやっていいんだな?」
「ああ。俺が許可する」
途端、怜音の能源量が激しく増加する。




