16:指名
あれから数日。
傀儡使いの自死により、全国各地で相次いでいた傀儡使いの出現がピタリと止んだ。私は傀儡使いが自殺していた現場にいた唯一の目撃者であることから、本部による事情聴取に多くの時間を費やすことを余儀なくされた。
事情聴取には御影さんが同席したことにより心的ストレスは少なかったものの、目の前で人が自殺したという事実に、数時間は人との会話に興が乗らなかった。これで、人が死ぬ瞬間を見るのは三度目だ。
顔から血の気が引いていき、身体が徐々に冷たくなる。目からは生気が消え、目を合わせても、そこから生命を汲み取ることはできない。この人は死んだのだと、現実を冷たく突きつけられる。
今後はこういった場面を目撃することが増えるのだから、切り替えは早くできるようにならなければならない。ただ、それでも慣れることはないだろう。
私は御影さんからの厚意で二日間の休みを貰った。
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「よお、春斗」
「怜音じゃないか!」
再会を喜び、二人は力強くタッチを交わす。二人が顔を合わせるのは、実に三ヶ月ぶりである。怜音は一級の能力者として昇格してから、全国単位での活動がメインとなった。そのため同級生の春斗・三葉、指導役の御影と会う機会は殆ど無くなっていた。
暫くは談笑を楽しんでいた二人だが、傀儡使いの話になると、忽ちその空気は重くなった。
「最後は自死を選んだ。まぁ、亡霊らしくはあるな」
「ああ。傀儡使いが能力者連盟じゃなくてよかったよ」
「能力者連盟? 何だそれ」
「……? 知らないのか?」
「教えてくれ」
春斗は怜音へと、能力者連盟について話す。その過程で、澪の能力のことも説明した。
「能力者連盟なんてのができてたなんてな。いや何より、澪がそんな能力を持ってるとは」
「ほんとに知らなかったんだな。お前のことだから、てっきり知ってると思ってたよ」
「本部は能力者連盟についてどこまで解明できているんだ?」
これまでに亡霊狩りが能力者連盟と会敵した数は、僅か五件。そのうちの二件は、澪と春斗によって解決されたもの。これらから得られた情報は、雀の涙ほどのものだった。
「さっき話した通り、体内の爆弾、それから亡霊から能力狩りに至るまで、様々な奴らが参加しているということ、澪を狙ってるってことくらいかな」
「……少ないな」
怜音は顎に手を当て、暫く黙った後、春斗へと言った。
「聞いた限り、かなり危険な存在だよな。俺も探してみるよ。見つかり次第連絡する」
「そいつは頼もしい」
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気分転換も兼ねて、同じく休暇を貰っていた三葉を誘い、二人で出掛けることにした。行き先は特に決まっていないが、適当にぶらつくだけでも楽しいだろうと、三葉は言った。
「澪! こっちこっち~」
待ち合わせ場所付近、声のする方向を見ると三葉が大きく手を振っていた。駆け寄り、私たちは挨拶を交わす。と同時、いつもの仕事着とは違う彼女の私服に目が行った。おしゃれだ。
「じゃ、まずはランチでも行く?」
「そうだね。行きたい所ある?」
「う〜ん……じゃあ、あそこなんてどう?」
そう言って三葉が指さしたのは、有名なラーメン店。もちろん私は快諾する。
店内は奇跡的に空いていて、直ぐに座ることができた。メニュー表を眺め、それぞれ注文をする。
「三葉ってラーメン好きなんだね。ちょっと意外かも」
「あ、ほんと?」
「うん。何かおしゃれな物食べてるイメージあった」
「あはは、なんかそれ、ちょっと嬉しいかも」
三葉がラーメン好きというのは、ラーメンが届いてから、その食べる所作や食べ方から汲み取ることができた。食べ終え、店を出た後、私たちは外の空気を吸う。
「よしっ、それじゃあ歩いてカロリー消費しよう!」
意気揚々としながら、私たちは周囲を散策し、ショッピングや飲食などで一日を楽しんだ。
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二日後、私が本部へと向かうと、そこにはニコニコとした御影さんが立っていた。
「おはよう澪。今日は君にプレゼントがあるよ」
「……何ですか? ちょっと怖いんですけど」
御影さんは後ろに回していた両手を、大きめの紙袋と共に私へ差し出す。
「はいこれ。中身見てみて」
受け取り、両手でそれぞれの持ち手をつまみ、中を除く。
「これって……服ですか? 御影さん。私だったからいいですけど、女性に服をあげるのはやめた方がいいですよ」
「違う違う。そんなんじゃないよ。それ、澪用に作られた亡霊狩りの制服だ」
「制服?」
紙袋の持ち手を腕に通し、中身を取り出す。丁寧に畳まれ袋で梱包されていたそれは、御影さんの言う通り、確かに制服のようなものだった。彼に言われるがまま、私は本部の女子更衣室へと押し込まれ、着替えなければならない状況に直面した。
一度紙袋の中身すべて取り出し、袋を開封して取り出したそれらをロッカーに付属していたハンガーにかける。灰色のシャツに黒いネクタイ、下は黒のロングスカート。
それは三葉が普段任務の時に来ていたものと同じだった。てっきり自前の仕事着、もしくは高校の制服だと思っていたけれど、どうやら違ったみたいだ。春斗は制服じゃないカジュアルな服を着ているのに、どうしてだろう?
着替えた後、更衣室を出るとそこには御影さんと三葉・春斗の三人の姿があった。
「わぁっ! やっぱ似合うじゃん!」
三葉が高ぶりながら、私へと駆け寄ってくる。
「これでお揃いだね」と言う彼女の笑顔と、春斗のグッドポーズとが私の心を和らげてくれた。
御影さんが言う。
「これで正式な亡霊狩りだね。改めて、歓迎するよ。澪」
「正式な亡霊狩り? 私まだ正式じゃなかったんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったかも」
御影さんは私に説明した。
亡霊狩りとなるには基本、一年に一度、四月に行われる「選別」を通過する必要がある。選別は実技をメインとして行われる試験であり、それを通過した者に亡霊狩りとして活動する権利が与えられる。
そのため、私のように選別を通過せずに誰かからの推薦を受けて亡霊狩りへ所属を望む者は、三ヶ月間の試用期間を設けられ、その期間中に亡霊狩り所属の者四人以上の賛同を得られた場合にのみ正式に亡霊狩りに所属することができる。
今回、私が正式に認められたのは、御影さん、三葉、春斗、怜音からの賛同を得たためだ。
四人で移動をしながら、三葉が私に言った。
「正式に亡霊狩りになったとは言え、澪は能力者連盟から狙われる身にある。だから能力者連盟を制圧するまでは、単独で任務にあたることは無いよ。少なくとも、私と春斗のどっちかは一緒に任務にあたるはず」
「そっか。嬉しい。ありがとう」
その時、御影さんが足を止める。彼の前にあったのは「通信室」の扉。亡霊狩り上層部との連絡を取るために設けられた部屋の扉である。御影さんが以前利用していたのを見た以来、私はこの場所に来てはいないし、この部屋の中には入ったことすらない。
「澪。今日は君がここに入るんだ」
「えっ、私ですか?」
「ああ。上層部が君と話したいそうだ」
突如指名され、私は少し驚く。上層部が私と話したい……傀儡使いの件かな。でも私があの人に関して知っていることは全て事情聴取で話したはず。
ドキドキしながらも、私は通信室の扉をゆっくりと開いた。その先に広がるのは真っ暗な空間。恐らく何も無い。部屋に入ってから数秒すると、右の方から声がした。
「君が煌然澪か?」
急に声がしたので体がビクッとしたが、言葉を紡ぐことはできた。
「は、はい。そうです」
今度は左の方から声がする。方向は違えど、同じ声だ。
「そう緊張しなくていい。まずは感謝を言わせてもらおう。傀儡使いという脅威を排除できたのは君のおかげだ。ありがとう」
「いえ。私だけの力じゃありませんから」
「実直だな、君は。まぁいい。次に、これから話すことは他言無用で頼む」
「……はい」
少々身構える。そんな私に放たれたのは、そんな半端な覚悟を軽く凌駕する一言であった。
「今から五日後、私は絶命する」




