05 国を見せる車
四 国を見せる車
二〇一〇年の春、カダフィーは米国企業の担当者をフロリダへ呼んだ。
画面には、屋根に球形のカメラを載せた車が映っている。
「Google Map carをリビアへ入れる」
担当者が言い直した。
「Street View撮影車です」
「地図に入るのだからGoogle Map carだ」
ライスが横から言った。
「諦めた方がいいわ。何度直しても無駄よ」
リビアの治安機関は強く反対した。
「外国企業が首都の道路を撮影することは、国家安全保障上認められません」
「どの道路が秘密なのだ」
「秘密なので申し上げられません」
カダフィーは椅子にもたれた。
「では、その道路から撮れ」
会議室が静まった。
ライスは止めなかった。ただし条件を足した。顔、車両番号、病院の患者、子ども、民家の内部は自動的にぼかす。刑務所、情報機関施設、軍事基地、油田、製油所、港湾、外国人労働者の居住区は、存在そのものを隠さない。
「レーダーの周波数も公開するのですか」
防空軍の将校が尋ねた。
「それは秘密だ」
「暗号鍵は」
「秘密だ」
「部隊の現在位置は」
「必要なら遅らせて公開する」
ライスが言った。
「場所が存在することと、そこで今何をしているかは別よ。秘密刑務所と国家機密を同じ箱に入れない」
最初の撮影車は米国からトリポリ港へ運ばれた。白い車体の屋根に丸いカメラ塔を載せ、英語のロゴを残したまま市内へ出た。
沿岸の春は、砂漠という言葉から想像するより緑が多い。冬の雨を吸った草が道路脇に生え、海から湿った風が吹く。
しかし内陸へ入れば話は別だった。日射と砂塵が機械を痛める。レンズは数十分で白く曇り、カメラ内部の温度は上がった。
二巡目の撮影車は、リビアで組み立てた日本ブランドの四輪駆動車になった。レンズへ圧縮空気を吹く清掃装置、強制冷却、海岸部の塩害対策まで付けた。
完成車を見たカダフィーは、まず屋根を見上げた。
「武器は載らないのか」
日本側担当者の顔が固まった。
「撮影装置です」
「冗談だ」
「閣下の冗談は契約書より重いので困ります」
ライスがうなずいた。
「それは正しい評価ね」
車が入れない旧市街の路地には、背負い式の撮影装置が入った。市場、大学、病院、遺跡、細い路地。人が歩ける場所は人が記録した。
最初、人々は撮影車へ手を振った。子どもは何度も前へ走り、店主は商品を道路まで並べた。
数か月後に画像が公開されると、自宅前に写った父親を家族総出で探す家があり、洗濯物の多い日に撮られたことを本気で悔やむ店主もいた。
公開しすぎる国は、CIAにとって扱いにくいことがあった。
《ベンガジ郊外に秘密部隊が集結している可能性がある》
報告書を読んだライスは、担当者に場所を出させた。
「三日前に撮影車が通っているわ。住宅と自動車修理工場しかない」
「地下施設の可能性があります」
「地下に大部隊がいるなら、地上に燃料車、食料、換気口、廃棄物が必要でしょう」
「高度に秘匿されている可能性が――」
「何も見つからないことを、存在の証拠にしないで」
カダフィーは横で聞いていた。
「私の国には秘密の町はない」
ライスが振り向いた。
「あなたの私室は?」
「道路ではない」
「急に常識的になるのね」
そのときのライスは、彼が私室に何をしまっているか知らなかった。




