04 フロリダの朝
三 フロリダの朝
フロリダの朝は、リビアよりずっと湿っていた。
カダフィーは芝生の上に立ち、池を見ていた。暖かいのに、衣服には薄い水気がまとわりつく。遠くで鳥が鳴き、池の縁では何かが水面を押して進んでいた。
「ここに天幕を張る」
ライスも池を見た。
「駄目」
「なぜだ」
「ワニがいる」
「私を襲うのか」
「あなたとワニの間に外交関係はないでしょう」
「最初の国交正常化がワニでは困るな」
結局、天幕は池から百メートル以上離れた場所に張られた。
公式には、米国とリビアの正常化を象徴する長期滞在施設。カダフィーは国家指導者のままフロリダに住み、必要ならリビアへ戻る。
米国政府は通信記録と訪問者を確認できた。食事を運ぶ車の番号まで控えられた。
もちろん、本人も知っていた。
「監視されるために来たのではない」
「監視させるために来たのよ」
「同じことだ」
「違う。あなたが軍を秘密に動かしていないことを、毎日見せられる」
「私は国家指導者だ。軍を動かせない方がおかしい」
「動かすなら、署名して、記録を残して動かす」
「革命は署名してから始めるものではない」
「いま必要なのは革命じゃなくて手続き」
カダフィーは見るからに気に入らない顔で天幕へ入った。
朝食には卵、ソーセージ、ビスケット、グリッツが並んだ。
カダフィーはグリッツを一口食べた。
ずいぶん長く考えた。
「壁の材料か」
「トウモロコシよ」
「味がない」
「塩とバターを入れるの」
「最初から入れておけばよい」
「あなたの国のクスクスだって、何も掛けなければ小麦でしょう」
「クスクスには歴史がある」
「グリッツにもあるわ」
「短そうだ」
ライスは笑った。
二人だけが二度目を知っている。その最初の朝食が、グリッツへの悪口で終わった。
最初の数週間で、軍の作戦命令には国防評議会の複数承認が必要になった。地方行政へは石油収入の一定割合が直接回るようになった。拘束中の反対派の名簿も洗い直され、一部が釈放された。
カダフィーは会議で言った。
「殺せば敵は一人減る。しかし、殺した男の兄弟と息子が十人増える場合がある。計算が合わない」
ライスが横から言った。
「結果が変わるなら、理由はあとで聞くわ」
夜になると、天幕の外で虫が鳴いた。
砂漠なら、日が落ちれば乾いた空気がすぐ冷える。フロリダは違った。夜になっても湿気が残り、天幕の布まで重く感じられた。
カダフィーは外へ椅子を出した。
しばらくして、ライスも書類を抱えて来た。
「監視か」
「涼みに来ただけ」
「同じことだ」
「違うって言ったでしょう」
彼女は隣の椅子へ座った。
話さない時間が流れた。
池の方で水が動いた。
「ワニか」
「たぶん」
「見に行くか」
「行きません」
「臆病だな」
ライスは書類から顔を上げた。
「あなたが食べられたら困るの」
「リビアがか」
「私も」
カダフィーは池を見なかった。
「そうか」
それだけ言った。
ライスも、もう書類には目を戻さなかった。
二人の間に、国も会議も決めない時間ができた。
それは少しずつ長くなった。




