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19 白い国の写真

十八 白い国の写真


カダフィーが目を開けると、白い国だった。


最初に会った神が、同じように立っていた。


「短かった」


「十分長く生きた」


「国を直すには短い」


白い空間にリビアの朝が映った。


トリポリの駅。ベンガジの市場。学校へ行く子ども。病院へ向かうバス。航空機整備工場。防空レーダーの校正室。リビア製四輪駆動車。砂漠を走るCRH400Li。


Street Viewの年代別画像が重なっていく。


未舗装路が舗装される。空き地に学校が建つ。駅ができる。工場の周囲に住宅が増える。古い検問所が消える。


駅にカダフィーの肖像はなかった。


列車は時間どおりに出た。


「私がいなくても続いている」


「そうだ」


カダフィーはしばらく見ていた。


「それならよい」


白い国に、もう一人現れた。


コンドリーザ・ライス。


カダフィーはすぐに彼女の方を向いた。


「遅かったな」


「私はあなたより長生きしたの」


「見送る役だったからか」


「妻ですから」


一歩近づく。


カダフィーも近づいた。


二人は、最初にここで会ったときよりずっと近い距離に立った。


ライスが言った。


「会えてうれしい」


カダフィーの顔が、ゆっくりほどけた。


「私もだ」


ライスは手を伸ばしかけた。


そのとき神が手を上げた。


フロリダの書斎が現れた。


鍵の掛かった戸棚。


アルバム。


額装写真。


ライスの表情が変わった。


「その前に」


カダフィーは嫌な予感がした顔をした。


「何だ」


「説明して」


「何を」


「全部」


「一人一問ではないのか」


「ここはスタンフォードじゃありません」


神は何も言わず、戸棚を大きく映した。


ライスは腕を組んだ。


「外交資料?」


「そうだ」


「外交資料なら、なぜ私だけなの」


「米国外交を理解するためだ」


「なぜ服装別なの」


「識別しやすい」


「この棚、全部ドレス姿ね」


「晩餐外交だ」


「濃紺の儀礼服だけで一冊あるわ」


「軍事外交だ」


「同じ写真が三枚ずつ入ってる」


「正面、予備、保存用だ」


「何よ、保存用って」


「保存するためだ」


「答えになってない」


「十分明確だ」


「額縁まで特注する必要は?」


「保存状態に関わる」


神が背表紙を大きくした。


二〇〇七年。


二〇〇八年。


二〇一〇年。


二〇一五年。


二〇二〇年。


その後も毎年増えている。


ライスはゆっくりカダフィーを見た。


「あなた、いつから私を見てたの」


「君が私を見る前からだ」


「正確な日付は」


「必要ないと言うと思っていた」


「必要あるわよ」


「二〇〇七年だ」


「どこで?」


「映像で見た」


「それで写真を集め始めた?」


「外交上、重要な人物だった」


「まだ言う?」


カダフィーは黙った。


ライスは一歩近づいた。


「ムアンマル」


「何だ」


「ここ、もう国務省もCIAも記者もいないわよ」


「神がいる」


「たぶん全部知ってるでしょう」


神は何も言わなかった。


「だから、言って」


カダフィーは白い空間の向こうを見た。


ライスは待った。


一度目の人生でも、二度目の人生でも、彼女はこういう男が黙る時間を何度も待った。


やがてカダフィーが言った。


「美しいと思った」


ライスは何も言わなかった。


「非常に」


「それだけ?」


「気になった」


「どのくらい?」


「写真を集めるくらいだ」


ライスが笑った。


「それを聞いてるの」


「会ってみたかった」


「二〇〇八年に会ったわね」


「会った」


「どうだった?」


カダフィーは彼女を見た。


「写真よりよかった」


ライスの笑顔が止まった。


「それ、二〇〇八年に言いなさいよ」


「国務長官に言えるか」


「あなた、もっと危ないことを山ほど言ってたでしょう」


「それとこれは別だ」


「何が違うの」


「こちらの方が難しい」


ライスはとうとう声を上げて笑った。


「国家を四十年動かした人が?」


「国家の方が簡単だ」


「結婚するときも似たこと言ってたわね」


「事実だった」


笑いがおさまると、ライスは彼の前に立った。


「私はね」


「何だ」


「戸棚を開けたとき、泣いたわ」


カダフィーの顔から少し笑いが消えた。


「悲しかったのもある。でも、それだけじゃない」


「では何だ」


「嬉しかった」


カダフィーは黙った。


「こんなに長く一緒にいたのに、まだ知らないあなたが残ってた。それが、あんな馬鹿みたいに大量の私の写真だった」


「馬鹿ではない」


「三枚ずつよ」


「保存には冗長性が必要だ」


「はいはい」


ライスは彼の胸へ手を置いた。


「ありがとう」


「何に」


「ずっと見ててくれて」


カダフィーの手が、彼女の手に重なった。


「君も私を長く見ていた」


「最初は国家のためよ」


「私は最初から外交のためだ」


ライスは目を細めた。


「せっかくいいところだったのに」


「事実だ」


「では、もう一度聞くわ」


「何を」


「私を愛してる?」


「愛している」


「非常に?」


「非常に」


「最初から?」


カダフィーは少し考えた。


「最初は、まだ愛ではなかった」


ライスはうなずいた。


「そうでしょうね」


「だが、始まりではあった」


「いつ愛になったの?」


「分からない」


「珍しく正直ね」


「君は?」


ライスも少し考えた。


「私も分からない」


「それでよい」


「ええ」


白い国の向こうで、トリポリ発ベンガジ行きの列車が動き始めた。


カダフィーは手を差し出した。


最初の白い国では、ライスは彼をフロリダへ連れていくために近づいた。


今度は、どこへ連れていく必要もなかった。


ライスはその手を取った。


カダフィーが引き寄せる。


彼女は抵抗しなかった。


額が触れるほど近くなった。


「コンドリーザ」


「何?」


「もう監視は終わったのか」


「いいえ」


「まだか」


「夫ですから」


「永久に?」


ライスは笑った。


「たぶんね」


カダフィーも笑った。


二人は抱き合った。


一度目の人生では、そこへたどり着かなかった。


二度目の人生では、ずいぶん遠回りをした。


それでも、たどり着いた。


しばらくしてライスが顔を上げた。


「ところで」


「何だ」


「二〇〇七年の最初の写真、どれ?」


カダフィーが神を見た。


「見せる必要はない」


「あります」


「私物だ」


「私が写ってるでしょう」


「所有権は私にある」


「死んだ後、家に残すって私が決めました」


「勝手に決めたのか」


「妻の権限です」


「そんな条文はない」


「家庭内規則よ」


白い国に、二〇〇七年の写真が現れた。


ライスが笑う。


カダフィーは不満そうな顔をした。


遠くでは列車が砂漠を走っていた。


二人は手をつないだまま、その写真と、列車と、二度目に残った国をいつまでも見ていた。


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