18 私室
十七 私室
カダフィーの死後、フロリダの家は少しずつ整理された。
公文書はリビア政府と米国の記録機関へ分けられた。
ライスは夫の私物を、博物館へ送るもの、家に残すもの、家族へ返すものに分けていった。
何十年も一緒に暮らした家なのに、他人の持ち物を片付けているように思える瞬間があった。
そのたびに、妙に腹が立った。
書斎の奥に、鍵の掛かった戸棚があった。
存在は知っていた。
中身は知らない。
鍵は、サーレム上級曹長が保管していた封筒から出てきた。
ライスはしばらく鍵を手の中で転がした。
「最後までこれね」
誰に言うでもなく呟いた。
戸棚を開けた。
中にはアルバムと、薄い紙で包まれた額装写真が入っていた。
最初の一冊を開いた。
そこに自分がいた。
国務長官時代のコンドリーザ・ライス。
演説台。空港。外国首脳との会談。ピアノの前。外交晩餐。
新聞や雑誌から切り取られた写真の裏には、日付、場所、分かるものには撮影者の名前まで書かれていた。
二〇一〇年より前の冊子だった。
ライスは椅子へ座った。
もう一冊開く。
二〇〇八年。
トリポリ訪問の写真があった。
自分が知らなかった自分の写真まである。
「……外交資料」
思わず声に出た。
次の棚には結婚後の写真が並んでいた。
スタンフォードの講義。フロリダの庭。航空整備工場。CRH400Liの開業式。国家継続章の儀礼服。
二人で正面を向いている公式写真。
カダフィーがライスを見ていて、ライスだけがカメラを見ている写真。
逆にライスが彼を見ている写真。
二人ともカメラを見ていない写真。
全部、同じように保存されていた。
アルバムの背には年号と場所。
同じ構図が三枚ずつ入った袋には、
《正面》
《予備》
《保存用》
と書いてある。
「保存用って何よ」
答える人はいない。
服装ごとに仕切られた棚まであった。
黒いスーツ。
青いスーツ。
晩餐会のドレス。
ピアノ演奏会。
濃紺の儀礼服。
ライスは濃紺の儀礼服の一冊を開いた。
勲章を付けてもらっている写真。
彼女を見つめたまま留め具を扱っているカダフィーの横顔。
式が終わったあと、二人で何か話している写真。
自分でも覚えていない瞬間だった。
ライスは一冊を閉じた。
すぐに、また開いた。
整理を手伝っていた職員が、困った顔で尋ねた。
「外交資料ですか」
ライスはしばらく答えられなかった。
やがて、笑った。
「本人は、そう言っていました」
「公文書として扱いますか」
ライスは二〇〇八年と書かれた背表紙を指でなぞった。
その冊子は、自分が彼と暮らし始めるより前から存在している。
二〇〇七年のものまであった。
国家機密ではない。
公文書でもない。
そんなことは、もう分かっていた。
「これは家に残します」
「全部ですか」
ライスは棚を見た。
何十冊もある。
「全部」
「かなりあります」
「知ってます」
「保管場所を――」
「ここに置きます」
職員は記録用紙へ書き込んだ。
ライスは、二〇〇八年のアルバムだけを膝へ載せた。
ページをめくる。
トリポリでの会談。
夕食。
自分が笑っている写真。
その写真だけ、角が少し傷んでいた。
何度も出し入れされたのだろう。
ライスは指先で、その角をそっと撫でた。
「馬鹿ね」
声が震えた。
「最初から言えばよかったのに」
しばらくして、もう一度笑った。
「……言わないわね。あなたは」
カダフィーの私室には、最後まで道路から見えない場所が一つ残った。
そこに隠されていたのは兵器でも国家機密でもなかった。
妻の写真だった。




