17 2度目の寿命
十六 二度目の寿命
晩年、カダフィーは病床に就いた。
病室の窓から、ワニ除けの柵が見えた。
リビアからは毎日、報告書が届いた。
高速鉄道の延伸。新しい大学。航空機整備工場の受注。石油基金の収益。議会での政争。地方政府の予算要求。
気に入らないことばかりだった。
「この大臣は無能だ」
「選挙で選ばれたのよ」
「国民も間違える」
「あなたも間違えたでしょう」
「私は二度目で修正した」
「国民にも二度目を与えなさい」
「任期は四年だ」
「十分でしょう」
「短い」
「あなた基準で考えないの」
病室でも、会話はいつもと大して変わらなかった。
ただ、声は少しずつ小さくなった。
ある朝、呼吸が弱くなった。
ライスはベッドの横に座った。
カダフィーが目を開ける。
「今日は会議は」
「ありません」
「本当に?」
「今日は私が全部キャンセルしたの」
「越権だ」
「妻の権限です」
「そんな条文はない」
「家庭内規則」
カダフィーは少し笑った。
ライスは彼の手を握った。
「今度は道端じゃないわ」
「見れば分かる」
「殴られてもいない」
「ワニにも食われなかった」
「第一条を守ったからね」
「私が決めた規則だ」
「私が止めたのよ」
「同じことだ」
「最後までそれね」
テレビでは、トリポリ中央駅からCRH400Liが出発する映像が流れていた。
学生が乗る。家族が乗る。仕事へ向かう人が乗る。
誰もカダフィーの命令を待っていなかった。
彼はしばらく画面を見ていた。
「リビアは残ったか」
「残った」
「私が死んでも」
「明日も列車は走るわ」
「Google Map carも?」
「Street View撮影車も走る」
「同じことだ」
「最後まで直さないのね」
カダフィーは目を閉じた。
少しして、また開けた。
「コンドリーザ」
「ここにいるわ」
「近くへ」
ライスは椅子をベッドへ寄せた。
「これ以上?」
「もっとだ」
彼女は身をかがめた。
カダフィーの手が、ゆっくり彼女の頬へ触れた。
昔なら人前ではまずしなかった仕草だった。
「君がいなければ、もっと自由にできた」
「だから、そばにいたのよ」
「実に迷惑だった」
「知ってる」
「長かった」
「ええ」
「よかった」
ライスの目が少し潤んだ。
「何が?」
「長くて」
彼女は握った手に額を寄せた。
「私も」
カダフィーは、途切れ途切れに息をした。
「最初の人生では……知らなかった」
「何を?」
「こういうものを」
ライスは聞き返さなかった。
「私もよ」
「君は、私より先に知っていた顔をしていた」
「外交ですから」
「嘘だ」
「ええ」
少しだけ笑い合った。
カダフィーが言った。
「愛している」
「私も愛してる」
「非常に?」
ライスは笑いながら泣いた。
「非常に」
「よい」
「偉そうね」
「最後くらいよい」
「最後じゃなくても偉そうだったでしょう」
彼の口元が動いた。
声にはならなかった。
ライスはもう一度、はっきり言った。
「愛してるわ、ムアンマル」
彼は彼女の手を握ったまま、息を止めた。
病室のテレビでは、列車が何事もなかったように次の駅へ向かっていた。




