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史実注記
本作は、史実上の人物・制度・事件を土台にした架空改変史である。二〇一〇年へ戻ったことを覚えているのは、コンドリーザ・ライスとムアンマル・カダフィーだけであり、他の人物は一つの時間線として生活している。
1. カダフィー政権下のリビアでは、教育は初等段階から大学まで原則無償とされ、公的医療も無償提供を基本としていた。一方、政治的弾圧、人権侵害、行政の非効率、地域差も存在した。
2. リビアの二〇一〇年の一人当たり名目GDPは、世界銀行系統計で約一万一六〇〇ドルだった。作中で二〇二〇年前後に日本を上回る展開は、内戦、資産凍結、油田停止が起きなかった場合を描く創作である。
3. 米国とリビアは二〇〇六年に完全な外交関係を回復した。コンドリーザ・ライス国務長官は二〇〇八年九月にトリポリを訪れ、カダフィーと会談した。カダフィーは二〇〇九年二月から二〇一〇年一月までアフリカ連合議長を務めた。
4. 本作のライスとカダフィーの結婚、フロリダでの共同生活、スタンフォード大学の特別講義は創作である。カダフィーの史実上の婚姻・家族関係を含む私生活は、本作の設定に合わせて再構成している。
5. スタンフォード講義で言及されるリビア独立は一九五一年十二月二十四日、革命は一九六九年九月一日、ウィーラス基地返還は一九七〇年六月十一日、人民主権宣言は一九七七年三月二日である。大量破壊兵器計画の放棄は二〇〇三年十二月十九日に公表された。
6. ガマール・アブドゥル=ナセルは一九五二年の自由将校団革命時には中佐で、後に大佐と呼ばれ、大統領となった。スエズ運河国有化は一九五六年七月二十六日。ナセルは一九七〇年九月二十八日、ヨルダンとパレスチナ武装組織の衝突をめぐるカイロ会議の直後に死去した。
7. PLOは一九六四年に設立され、ヤーセル・アラファトは一九六九年に議長となった。一九七四年十月のラバト首脳会議はPLOをパレスチナ人の唯一の正統な代表と認め、同年十一月にアラファトが国連総会で演説した。PLO内にはファタハなど複数の組織が存在した。
8. レーガン米大統領がカダフィーを「中東の狂犬」と呼んだのは一九八六年四月九日の記者会見である。米軍の対リビア空爆は同月十四日から十五日に実施された。
9. スターリン、チトー、ムッソリーニ、ヒトラー、ガンジーに関する講義内の年号は史実を基礎とするが、カダフィーの比較と発言は創作である。
10. 二〇一一年八月、反体制派がバーブ・アル=アジジーヤ複合施設を制圧した際、コンドリーザ・ライスの写真を集めたアルバムが発見され、AP通信の写真で報道された。正確な発見室は確定していない。本作のフロリダ私室のアルバムは、この史実を再構成したものである。
11. 二〇一一年三月の東日本大震災に対し、米第七艦隊はトモダチ作戦を実施した。真珠湾とサンフランシスコが同時に重大被害を受け、第六艦隊指揮下の一部任務群が太平洋へ転用される展開は創作である。
12. 史実の対リビア作戦では、USS Mount Whitneyマウント・ホイットニー、USS Barryバリー、USS Stoutスタウト、USS Kearsargeキアサージなどが参加した。フランス側ではForbinフォルバン、Jean Bartジャン・バール、Charles de Gaulleシャルル・ド・ゴールなどが活動した。本作では米国が攻撃参加を見送り、救援・救難任務へ組み替える。
13. 一九九九年五月、ベオグラードの中国大使館が米軍の爆撃を受け、中国人三人が死亡した。米国は古い情報に基づく目標同定の誤りと説明した。作中の台詞はこの事件を踏まえた黒い冗談であり、第六艦隊が一九九九年の実行主体だったことを意味しない。
14. CRH400Li、トリポリ―ベンガジ高速鉄道、川崎重工製砂漠仕様空調、リビアの国家的Street View政策、国家継続章とライスの儀礼服は創作である。
15. 二〇二〇年四月二十日、WTI五月限先物は一時マイナス四〇ドル台となり、終値は一バレル、マイナス三七・六三ドルだった。カダフィーが貯蔵能力を先回りして確保し、大量に買い付ける展開は創作である。




