15 石油を買う産油国
十四 石油を買う産油国
二〇二〇年、リビアの一人当たりGDPは日本を上回った。
石油収入が大きく、人口が少ない。
もちろん、それだけではない。
内戦がなかった。油田が止まらなかった。海外資産も凍結されなかった。航空機整備、車両生産、防空電子機器、高速鉄道、港湾物流が国内に残った。
教育と医療は無償で維持された。女性も男性も大学へ行く。ロシア機を整備する女性技師がいて、イスラエル製レーダーを校正するリビア人技術者がいる。リビア製の日本ブランド四輪駆動車がアフリカ各地を走った。
外国人労働者も、最低限の医療と賃金制度へ組み込まれた。
日本のニュースが報じた。
《リビア、一人当たりGDPで日本を上回る》
カダフィーは記事をライスの前へ置いた。
「日本を追い越した」
「一つの統計でね」
「追い越したことには違いない」
「日本には高速鉄道が何千キロもある」
「では次は距離でも追い越す」
「国土の大半が砂漠なのよ」
「線路を敷く場所が多いということだ」
「そういう解釈をすると思った」
その直後、世界経済が止まった。
航空機が飛ばなくなり、工場が止まり、車が走らなくなった。原油需要が急減した。
四月二十日、ニューヨーク市場のWTI期近先物価格がゼロを下回り、終値は一バレル、マイナス三七・六三ドルになった。
石油を引き取る側が、金を受け取る。
産油国には悪夢の数字だった。
カダフィーは原油を買い始めた。
ライスは最初、聞き間違えたと思った。
「リビアにも石油はあるでしょう」
「地下にある」
「アメリカの原油を買ってどうするの」
「金を付けて渡してくれる」
「輸送費と貯蔵費がかかる」
「それを引いても安い」
「どれだけ買ったの」
「入るだけ」
「ムアンマル」
「何だ」
「その答え、嫌な予感しかしない」
彼は価格崩壊の前から、クッシング周辺のタンク、メキシコ湾岸までの輸送枠、空いた大型タンカーを確保していた。中国企業にはリビア国内の貯油基地を突貫で増設させている。
ライスは資料を最後まで読んだ。
「いつから準備してたの」
「値段が下がり始めてからだ」
「まさかマイナスになると?」
「そこまでは知らない」
「でも倉庫を押さえた」
「安くなるなら、置く場所が必要だ」
「そういうところは、本当に変わらないわね」
CIAは報告書を書いた。
《リビア政府系基金による米国エネルギー資産の戦略的取得》
カダフィーは記者会見で言った。
「私はアメリカから石油を盗んでいない。アメリカが金を付けて私へ渡した」
米国の生産会社は、売れるだけありがたかった。
プーチンから電話が来た。
「お前が買う側になるとは聞いていない」
「ロシアの石油も売ってくれるか」
「価格が正に戻ってからだ」
「ダー」
「私の言葉を取るな」
「以前、ロシア機を買うと答えた」
「今回は石油だ」
「同じロシア製だ」
価格が戻ると、カダフィーは買った原油を少しずつ売った。自国油田は無理に増産せず、地下へ残した。
ある夜、ライスは積み上がった契約書を見た。
「価格が負になっても商談にするのね」
「市場が値段を付けた」
「倉庫と輸送枠を先に押さえたところまで含めて言ってるの」
「契約どおりだ」
「ええ。そこが困るのよ」
カダフィーが笑った。
ライスも笑った。
しばらくして、彼が言った。
「最初の頃なら、君は笑わなかった」
「最初の頃なら、あなたも私が笑うかどうかなんて気にしなかったでしょう」
「気にしていた」
ライスは少し驚いた。
「いつから?」
「外交資料を集め始めた頃からだ」
「またそれ!」
カダフィーは楽しそうに笑った。
ライスは呆れながら、その顔を見ていた。




