12 反転する艦隊
十一 反転する艦隊
第六艦隊そのものが太平洋へ移動したわけではない。
旗艦USS Mount Whitneyマウント・ホイットニーは地中海に残り、ナポリの司令部とともに指揮中枢を維持した。USS BarryバリーとUSS Stoutスタウトも、航路監視、防空、米国人退避の準備のため地中海に残った。
太平洋方面へ抜かれたのは、USS KearsargeキアサージとUSS Ponceポンスを中心とする臨時任務群だった。海兵隊の航空機、医療要員、港湾復旧資材、給油能力を積み、スエズ運河を抜けて紅海を南下した。
USS Carter Hallカーター・ホールは別の救援任務へ回され、状況次第で後から合流できる位置を取った。
「日本へ行け」
命令は明確だった。
三月十九日、フランスが独自行動を始めるまでは。
フランス海軍のForbinフォルバンとJean Bartジャン・バールはリビア沖にあり、フランス空軍機が先行した。翌日には空母Charles de Gaulleシャルル・ド・ゴールがトゥーロンを出港し、Meuseムーズ、Aconitアコニト、Dupleixデュプレクスなどが加わる予定だった。
ところが、リビアには攻撃すべき虐殺部隊がいなかった。
ベンガジでは市場が開き、学校では授業をしている。病院には日常の患者がいるだけで、政府軍の市街砲撃も、避難民の列もない。
イスラエル製防空レーダーはフランス機を追跡したが、発射命令は出なかった。ロシア人が働く整備工場も、ダッソー系整備棟も、中国の鉄道工事現場も、日本ブランド車の工場も通常どおり動いていた。
フランスは虐殺を止めに来た。
その虐殺は、まだ起きていなかった。
フランス政府は、介入によって虐殺を未然に防いだと発表した。
リビア政府は、
《本日、フランス空軍がリビア上空を観光した》
と発表した。
ライスはその文面を見て、隣の夫へ顔を向けた。
「あなたが書いた?」
「報道官だ」
「あなたが言わせた?」
「国家が自然に成長した」
「悪いところまで育ってるわ」
紅海を南下していたKearsargeキアサージとPonceポンスには、新しい命令が届いた。
Kearsargeキアサージは反転し、フランス機が撃墜または不時着した場合の捜索救難能力を地中海へ戻せ。Ponceポンスも医療、退避、補給支援のため反転せよ。ただしリビアへの攻撃には参加するな。
艦内の作戦担当者は命令文を読み返した。
日本へ向かえ。
スエズを抜けろ。
やはり戻れ。
リビアを攻撃するな。
ただしフランス軍を見捨てるな。
司令部へ確認の通信を送った。
《当任務群の主たる作戦海域を確認されたい》
返答は、
《状況に応じる》
だった。
Kearsargeキアサージの艦長は海図を見た。
「われわれは地中海艦隊なのか、太平洋艦隊なのか」
副官が答えた。
「現在位置は紅海です」
「それは答えになっていない」
フランスの最初の空振りには、米艦艇は間に合わなかった。
数日後、地中海へ戻ったKearsargeキアサージは攻撃ではなく救難待機へ入り、Forbinフォルバンとの航空管制調整を始めた。Ponceポンスは医療と退避支援を担った。
太平洋側では、なぜ救援艦を戻したのかと批判された。
地中海側では、なぜ米国はフランスを全面支援しないのかと問われた。
どちらにも、きれいな答えはなかった。
Mount Whitneyマウント・ホイットニーの作戦室で、司令官は新旧の衛星写真を重ねた。
数週間前には砂地だった場所に、高速鉄道の橋脚が並んでいる。中国の測量隊が杭を打ったと思った次の画像では柱が立ち、その次には桁が載っていた。
「中国の建設は速いな」
副官は答えなかった。
司令官は写真の端へ指を置いた。
「ベオグラードの中国大使館では、古い地図を使ったそうだな」
「閣下。その話は記録に残せません」
「では記録するな」
司令官は新しく並んだ橋脚を見た。
「……また誤爆してやろうか」
副官は聞こえなかったふりをした。




