11 海が三つの国に来た日
十 海が三つの国へ来た日
二〇一一年三月十一日、日本近海で巨大地震が起きた。
最初の報告で、日本の太平洋沿岸に甚大な被害が出たことは分かった。
米国はトモダチ作戦を開始し、第七艦隊が動いた。
しかし、この世界の津波は、史実として知られていた規模より広く、強かった。
真珠湾では係留設備、倉庫、沿岸住宅が損傷した。燃料施設の一部が止まり、港内には漂流物が入った。太平洋を渡った波は米国西海岸へ届き、サンフランシスコ湾周辺の港湾、船舶、交通にも大きな被害を出した。
日本を助けるはずだった米国自身が被災国になった。
ホワイトハウスの机には二種類の報告が積まれた。
一つは、いま起きている災害。
日本では町が消え、人々が流され、死者数さえ集計できない。ハワイとカリフォルニアにも救助を待つ人がいる。
もう一つは、これからリビアで起きると予測される虐殺だった。
CIAの報告書には、カダフィーがフロリダからリビア軍を遠隔操作している可能性が高い、とあった。
本人は米国の監視下にいる。
軍への直接通信は確認されていない。
それでも分析は疑いを捨てなかった。
軍が動けば秘密命令かもしれない。止まっていても、欺瞞かもしれない。暴動が起きれば弾圧の結果、起きなければ恐怖が効いているからだと説明できる。
スーザン・ライスは介入を強く求めた。
「今行動しなければ、大量虐殺が起きます」
オバマは報告書を見た。
「現在、確認された死者は」
「まだいません。しかし軍が動けば――」
「日本では」
「集計不能です」
「真珠湾は」
「救助活動中です」
「サンフランシスコは」
「港湾被害が拡大しています」
「リビアで、いま助けを求めている町はどこですか」
「起きてからでは遅いのです」
オバマは黙った。
彼にとって一番つらい種類の判断だった。
起きている惨事へ戦力を送れば、これから起きる虐殺を見過ごすかもしれない。予測された虐殺を止めようとすれば、すでに海へ流された人の救助が遅れる。
どちらにも、人がいた。
飛行禁止区域だけなら限定的だという説明もあった。防空施設を破壊するだけ。地上軍は送らない。
一つ一つは小さく見える決断だった。
オバマは、その先まで見ようとした。
フロリダでは、カダフィーとコンドリーザ・ライスが同じ報告書を読んでいた。
「彼らは、私が何をしても命令したことにする」
「あなたが過去に、記録を残さず命令したからよ」
「今回はしていない」
「だから証明するの」
「証明しても信じない」
ライスはしばらく黙った。
「なら、信じない人を説得するのはやめる」
カダフィーが顔を上げた。
「どうする」
「決める人に、逃げ道のない材料を渡す」
彼女はオバマへ直接連絡を取った。
公開された軍命令記録。各基地の映像。Google Map carが撮った道路。地方行政との通信。油田の操業状況。
「リビアで起きるかもしれないこと」と、「日本、ハワイ、カリフォルニアで今起きていること」を同じ机へ置いた。
オバマは署名寸前で手を止めた。
そのとき第七艦隊から報告が入った。
能力が足りない。
輸送、医療、給油、救難、港湾復旧。
太平洋全体が支援を求めていた。
オバマは命令した。
「第六艦隊指揮下から、救難と揚陸の任務群を回す」
米国のリビア攻撃は、そこで止まった。




