10 中国の客
九 中国の客
中国から来た男は、正式な使節ではなかった。
肩書は中央政府の高官だったが、持ってきた書類には国章も署名もない。会談場所はフロリダの天幕。CIAは遠くから監視し、室内の音声も記録していた。
男は流暢な英語で言った。
「以前、閣下が求めたものを用意できます」
「私は以前、多くのものを求めた」
「核兵器です」
カダフィーは表情を変えなかった。
ライスの指だけが机の下で止まった。
「中国は以前、売らなかった」
「時代が変わりました」
「中国政府の正式な提案か」
「必ずしも最高指導部の承認を必要とはしません」
「核兵器を売るのに国家主席の承認がいらないのか」
「特別な経路があります」
「CIAは承知しているか」
中国官僚の目が一瞬だけ動いた。
そこから先、カダフィーは価格、引渡し場所、運搬方法、仲介者を聞いた。
核兵器の性能だけは一度も聞かなかった。
誰が売るのか。
誰が保証するのか。
誰が、この会談そのものを必要としているのか。
男は最後まで答えなかった。
会談後、CIAは報告書を作った。
《カダフィーは核兵器取得の提案に強い関心を示した》
ライスは完全な録音を別に保存した。
最後の言葉も、そのまま残した。
「核兵器はいらない。だが、この商談を誰が作ったのかには興味がある」
数週間後、中国官僚は本国へ戻り、消息を絶った。
正式発表では、重大な規律違反と国家機密漏洩によって処分されたとだけ伝えられた。
後任の中国代表が、カダフィーへ言った。
「前任者は、今後二度と外国機関と接触しません」
「死んだのか」
「現在は、多くの国民の身体の中で生きています」
「どういう意味だ」
「腎臓、肝臓、角膜などです」
ライスの顔から表情が消えた。
カダフィーも、しばらく何も言わなかった。
「中国人は無駄を嫌うな」
「そこで冗談を言わないで」
「冗談ではない」
彼は低い声で言った。
「私より静かに恐ろしい、と言っている」
正式な中国使節団が次に持ってきたのは、核兵器ではなく鉄道計画だった。
トリポリとベンガジを高速鉄道で結ぶ。
「完成希望はいつですか」
「五年後」
中国代表は地形と距離を見た。
「用地、港湾、電力、支払いが滞らなければ可能です」
「土地は用意する。現金で払う」
「融資ではなく?」
「借金はしない」
車両形式はCRH400Liと決められた。
CRHはChina Railway High-speed。四〇〇は設計最高速度。LiはLibya仕様。
営業速度は三百五十キロと説明されたが、カダフィーは四〇〇という数字を消させなかった。
「四百出せる列車を、なぜ三百五十で走らせる」
「保守費、騒音、消費電力、線形の問題です」
「なら線路を良くしろ」
「十分良い線路です」
「もっと良くしろ」
中国側は、そういう客に慣れていた。
問題は空調だった。
外気温が五十度に近づく。強い日射を受ける。駅では扉を開ける。満員の乗客を乗せても冷やし続けなければならない。
カダフィーは、日本から高性能装置を持ってくるよう求めた。
「車体は中国製です」と中国側。
「空調は川重だ」
「契約が複雑になります」
「暑ければ乗客の方が複雑な状態になる」
川崎重工は難色を示したが、現金払い、知的財産の順守、長期保守、技術者の安全保証が並んだ。
最後にはカダフィー本人が電話した。
「砂漠で壊れないものを造ってくれ」
「特殊仕様になります」
「高性能版にしてくれ」
「なぜそこまで空調にこだわるのですか」
「暑い国で冷房は贅沢品ではない。人間を正常に動かす装置だ」
川重は折れた。
JR東海は激おこになった。
ライスは報告書を読んで笑った。
「あなた、日本の鉄道会社まで怒らせたの?」
「契約していない会社だ」
「そこが余計に面白いのよ」




