09 空と砂漠の工場
八 空と砂漠の工場
最初に大きな契約を結んだ相手はロシアだった。
プーチンがフロリダの天幕へ入ると、カダフィーは鮮やかな紫と金の布を重ねた衣装で迎えた。プーチンは黒いスーツだった。
「私だけが普通の服に見えるな」
「普通に見せることも演出だ」
地図が広げられた。
「リビアに工場を造る」
「何の工場だ」
「MiGとスホーイを直す。アフリカと中東へ売ったロシア機を、ロシアまで戻さずに整備する」
「誰が金を出す」
「リビアだ。工場、試験装置、滑走路、技術学校。お前たちは技術者と認証を出せ」
「部品供給の管理はロシアが持つ」
「期限どおり送るならよい」
プーチンは地図を見た。
「これからもロシア機を買ってくれるのか」
カダフィーはうなずいた。
「ダー」
「ロシア語を覚えたか」
「それくらいは知っている。メルカバも買う」
プーチンの表情が止まった。
「それはイスラエル製だ」
「知っている」
「なぜ私に言う」
「驚くと思った」
メルカバは少数だけだった。大規模配備が目的ではない。イスラエルとの関係を簡単には元へ戻せなくするための政治的な錘だった。
本命は、防空レーダー、光学監視、暗号通信、無人機、国境監視装置。
フランスからはミラージュ系機材とミサイルの整備支援を受け、ダッソー系の整備棟も造った。
ロシア人、フランス人、イスラエル人の技術者が、同じ国の別々の建物で働く。
機械の互換性は低かった。
政治的な相互牽制はよく効いた。
「整備する人間が泣くわ」とライス。
「技術者は泣きながら賢くなる」
「故障した航空機の前で、その理屈を言わないで」
夏、ライスはリビアの航空整備工場を視察した。
海岸に近い格納庫には湿気と塩を含んだ風が入り、内陸側の試験場では砂が細い隙間へ潜り込む。外気温は四十度を超えていたが、風が乾いているので汗はすぐに消えた。
カダフィーは白い長衣の上へ薄い茶色の外套を掛け、大きなサングラスをしていた。ライスは淡い色のパンツスーツ。工場へ入る前に安全靴へ履き替えた。
MiGの機首レーダーが開かれ、技術者が説明する。隣の棟ではフランス製機器を試験し、別棟ではイスラエル製防空装置を校正していた。
ライスは通路の真ん中で立ち止まった。
「あなた、敵同士を一つの工業団地へ閉じ込めたのね」
「戦争をするより安い」
「情報を盗み合うでしょう」
「盗まれたくないものを、よく守るようになる」
「その発想を安全管理へ持ち込まないでね」
昼食は工場食堂だった。
羊肉と野菜の煮込み、クスクス、平たいパン、オリーブ、濃い茶。ロシア人技術者は辛いソースを入れすぎ、フランス人はパンの質を批評し、イスラエル人は黙々と食べていた。
ライスが笑った。
「外交晩餐より、こっちの方が本当の国際会議ね」
「皆、口に物が入っている間は戦争をしない」
食後、外へ出たライスの歩みが少し遅くなった。
安全靴が合っていなかった。
カダフィーは横目で一度見ただけだった。
次の視察先が変更された。
「格納庫内の会議室へ行く」
側近が聞いた。
「暑さのためですか」
「機密のためだ」
ライスは何も言わなかった。
会議室へ入って座ると、カダフィーが彼女の足元を見た。
「靴を脱げ」
「視察中よ」
「ここは会議室だ」
「機密のためでしょう?」
「そうだ」
「私の靴が?」
「国家機密だ」
ライスは笑って、安全靴を脱いだ。
カダフィーは側近へ言った。
「次から妻の靴は本人に選ばせろ」
「最初からそうして」
「今回は分かった」
そんなふうに、二人の間では小さな嘘が増えていった。
相手を守るための嘘だけは、たいていすぐ見破られた。




