精霊契約②
そこは、人間の街とは何もかもが違った。
まず目に入ったのは、世界樹を上り下りするための不思議な移動手段。
シャボン玉のような魔力の塊が、世界樹の幹に沿って絶えず昇降を繰り返している。
その中に入れば、遥か上にある枝まで簡単に登ることができるらしい。
「おぉ~……。」
試しに一つへ乗ってみる。
足元に不思議な浮遊感があったけど、揺れはほとんどない。
魔力の塊は私を包んだまま、ゆっくりと世界樹を上っていく。
人間の街なら階段や昇降機でも作りそうなところだけど、ここでは移動手段まで魔力だった。
さらに、仮に誤って世界樹から落ちてしまっても大丈夫なように、雲のような足場が至るところに浮かんでいる。
高低差が凄いため、安全面はちゃんと配慮されているらしい。
「怖いけど、意外と安全なのかも。」
下からではてっぺんが見えないほど高いので、高所が苦手な私は住みたいとは思わないけどね。
そして何より、人間の街と大きく違うのは住人たちだった。
長い耳を持つエルフ。
小さな羽で空を飛ぶ妖精。
花びらを身に纏った花の妖精。
獣の耳や尻尾を持つ獣人。
見渡す限り、人間以外の種族ばかりだ。
もちろん、ゾディアック王国でもこういった種族を見たことはある。
冒険者として旅をしていれば、エルフや獣人とすれ違うことだって珍しくはない。
それでも割合としては圧倒的に人間の方が多かった。
だけど、ここでは完全に逆。
むしろ人間を探す方が難しい。
「すごい……。」
ゲーム画面では何度も見てきた光景。
でも、自分がその中に立っていると全然違う。
飛び交う妖精たち。
世界樹の葉の間から差し込む光。
枝から枝へと渡された道。
見たことのない種族の人たちが当たり前のように生活している。
私はその光景に、ただただ酔いしれていた。
「君は誰だ?」
「ひゃっ。」
突然、背後から声を掛けられた。
景色に夢中になりすぎて、近づかれていたことにも気付かなかった。
何事かと思い、声のした方へ視線を向ける。
そこにいたのは、このアールヴヘイムの警備員らしき人物。
低い背丈、立派な髭、太く逞しい手足。
それは紛れもなくドワーフだった。
「この国に何の用か。」
警戒されているというより、入国者を確認するための普通の質問らしい。
私は慌てて姿勢を正した。
「サモナーになりたいと思って訪れました。」
「サモナーに?」
「はい。」
それを聞くと、ドワーフは立派な髭を撫でながら何かを考え始めた。
そして、じーっと私の顔を見る。
じーっ。今度は頭から足元まで見る。
「……。」
この流れを私は何度も経験してきている。
絶対に来る。年齢か、身長か?その両方について聞いてくる時の流れだ。
覚悟をしてその時を待った。
「君のような赤ん坊がかね?」
「赤ん坊じゃないです!」
予想を遥かに超えてきた。
「さすが妖精の国……。」
子供に間違えられたことなら何度もある。
十歳くらいに見られたこともある。
でも、赤ちゃん扱いされたのは人生で初めて。
失礼すぎて、逆に失礼に感じなくなるほどだ。
多分、このドワーフは本気で言っている。
「私だって去年から十センチ伸びたもん……。」
今では身長百四十六センチメートル。
ちゃんと成長している。
二次性徴だって始まって、体つきも少しずつ大人っぽくなってきた。
少なくとも去年の私とは全然違う。
――違う、はず。
ちなみに身長は、この二か月ほど一ミリも伸びていない。
いや、まだ大丈夫。これから伸びる。伸びるんだ。
成長期はまだ終わっていない。
私は絶対に諦めない。
「それはすまない。私にはそう見えたんだ。」
「……分かっています。」
確かに悪意はない。むしろ申し訳なさそうに謝られた。
だけど悪意の無さこそが今は一番の刃物だ。
本気で赤ん坊だと思われていたことが分かるだけに、余計に複雑な心境になる。
「でも、もう人間の年齢では成人してますので。」
「成人!?」
「そんなに驚きます?」
ドワーフは目を大きく見開いたまま私を見る。
もう一度、頭から足元まで確認された。
だから見ても変わらないから。
「すまない、こんな小さい人間がこの国に来たのを見るのが初めてでな。」
なるほど。これはあれだ。
西洋人が東洋人を見ると、実際の年齢より幼く見えることがあるとか、そういう感覚なんだろう。
人間と妖精では寿命も成長速度も全然違う。
妖精たちは最低でも千年は生きるから見た目から受ける印象が違うのは仕方ないのかも。
少しだけ納得できた。
「理解してもらえて助かる。」
「はい。」
全く許してはいないけど。
赤ん坊扱いされたことは、しばらく覚えておくことにした。
でも、ここで目くじらを立てるようなことはしない。
来て早々に問題を起こして、ティターニアとの接点が無くなるのは宜しくない。
ここは大人らしく寛大な心で許してあげよう。
「す、すまなかった。君の願いが叶うことを祈る。」
「ありがとうございます。」
そう言うと、ドワーフの警備員は少し気まずそうにその場を去っていった。
「ふぅ……。」
いきなり赤ん坊扱いされるとは思わなかったね。
さっきのドワーフが妖精には声をかけずに去っていたところを見ると、どうやら人間の街では妖精が目立つように、妖精の国では人間が目立つらしい。
今も珍しい来訪者が気になるのか、妖精たちが興味津々といった様子でこちらを窺っている。
私と目が合うと慌てて隠れる子もいれば、堂々と近くまで飛んできて観察している子もいた。
「そんなに珍しいのかな。」
話しかけられたら普通に応対すればいい。
でも、精霊たちには少し注意が必要だ。
彼らの中には悪戯好きで、他人が困っている姿を見るのが大好きな困った精霊もいるから。
道案内された先に落とし穴があった。
突然眠らされた。
アイテムを騙し取られた。
そんな前世の童話でもよく見たような話が、この世界では実際に起こる。
もちろん全ての精霊がそういう性格なわけじゃない。
でも、人間の常識がそのまま通じる相手だと思わない方がいいだろう。
「気を引き締めていかないとね。」
せっかく半年以上も準備してここまで来たのだ。
しょうもない悪戯に引っかかって転職失敗なんて絶対に嫌だ。
私は改めて気を引き締め、アールヴヘイムの中へ足を踏み出した。
「まずは人間用の宿があるか調べないとね。」
ここに何日滞在することになるか分からない。
ティターニアに会えるまで一日で済むのか。
それとも何日、何週間とかかるのか。
長期戦になる可能性も考えれば、行動するための拠点は確保しておきたい。
周囲を見渡しながら歩いていると、木の枝に腰掛けている女性を見つけた。
獣人族『オンスロ』の女性だ。
オンスロには犬、猫、兎、鳥の四種族が存在している。
長い兎の耳が生えている彼女は兎人族『ラビ』で間違いないだろう。
ピンク色の髪に、同じ色の長い耳。
足をぶらぶらさせながら木の枝に座っている姿も相まって、とっても可愛い獣人さんだった。
「すいません。」
「あら?」
「異国から来た人間が泊まれる宿はありますか?」
「あら~、妖精郷にいらっしゃい。」
ラビの女性はにこやかに笑ってから、うーんと首を傾げた。
「人間が泊まれそうな宿ねぇ……。」
随分考え込んでいる。
すぐに思い浮かばないくらいには、そういう施設が少ないということだろうか。
ゲームでもアールヴヘイムに宿屋は存在しなかったので、ある程度は覚悟していたけど。
「宿は知らないけど、世界樹の根っこ近くにある湖で冒険者が野宿してるのを見かけるわ。」
「野宿……。」
できれば避けたかった選択肢が、いきなり最有力候補になった。
もう少し詳しく話を聞いてみる。
そもそも、精霊は家を持っていないらしい。
家を持って生活しているのは、エルフやドワーフ、オンスロ。
それから、正式な居住許可を得ている一部の人間くらいだそうだ。
「なるほど……。」
言われてみれば、精霊に家は必要ないのかもしれない。
彼らは自然の化身。
体が汚れてもすぐに綺麗になるし、荷物だってほとんど持たない。
それに何より、世界樹そのものが、彼らにとって大きな家みたいなものなのだろう。
わざわざ人間と同じような家を作る必要がない。
「となると……。」
私に残された選択肢を頭の中で整理する。
世界樹の根元で野宿する。
誰かにお願いして家へ泊めてもらう。
あるいは、夕方になったらアールヴヘイムを出て別の街まで戻る。
「う~ん……。」
正直に言うと、どれもあまり選びたくない。
野宿はできれば避けたいし、見ず知らずの人に泊めてもらうのも気が引ける。
毎日別の街から通うのも面倒だ。
「教えてくれてありがとうございます。」
「いーえいーえ。じゃあね~。」
ラビの女性は笑顔で手を振ると、軽やかに枝の上を歩いて去っていった。
「……。」
宿が無い。
これは予想以上に困った。
ティターニアに会えるまで何日かかるか分からないのに、長期滞在するための場所がない。
だったら。
「こうなったら電撃作戦を決行するしかない。」
長期滞在する必要がないくらい、早く目的を達成すればいい。
目指すは、ゲーム時代にも存在した『転職クエスト』。
「最速でサモナーになってやります。」
宿が無いなら、その日のうちに用事を終わらせればいい。
私は予定を大幅に変更し、最速転職を目指して行動を開始することにした。




