精霊契約①
遂に防衛都市ジェミニでの冒険が。
――始まりません。
今の季節は既に春。もうすぐ初夏になる頃。
あれから実に半年以上も経ちました。
いや、別に何もしてなかったわけじゃないよ?
ちゃんと冒険して、色んな場所に行って、色んな依頼もこなしてきた。
ただ、その全部を話していたらいつまで経っても先に進めないのである。
今、ゾディアック王国で最も大きな話題は、歴代最年少のロードナイトの誕生だ。
その人物はもちろん、あのクレス。
ゲームの公式メインビジュアルを飾っていただけあって、ものすごい強さである。
風の噂では、自ら小隊を率いて闇市を壊滅させたり、辺境に出現したネームドモンスターを討伐したりと大活躍だ。
既に一部では吟遊詩人の歌のモデルともなっていて、この時代の勇者ではないかと囁かれている。
「さすが主人公。」
いや、ゲームの主人公じゃないけど。
それくらい言いたくなる活躍っぷりだった。
生前、正史のクレスが何歳で二次職になったかの公式資料は無かったけれど、この世界の方が明らかに活躍していた。
理由は、もしかしたら私が歴史を変えたせいなのかな~とも思ったりする。
後悔に飲まれて闇雲に藻掻いていた正史のクレスと違って、最も尊敬する父は騎士団に残ったままだし、功績に取りつかれる必要もない。
愛する家族がいる場所でのびのび成長した方が強くなるのも納得である。
本来なら失われていたはずの環境が、今のクレスを作っている。
そう考えると、歴史を変えたことが少しだけ誇らしくもあった。
もちろん、それによって別の何かが変わっている可能性もある。
これが何か重大な事件を引き起こさないことを祈るしかない。
それはそれとして、クレスが最年少でロードナイトになったなら、私だってそろそろサモナーになっても良いはず。
クレスとは同い年だったはずだし、私よりも先に最年少で二次職になった人がいれば、私への注目も減るでしょう。
何しろ歴代最年少のロードナイトなんていう、とんでもなく目立つ人が既にいるのだ。
私がその後ろに隠れたって誰も文句は言うまい。
私はクレスを隠れ蓑にして、自分より凄い人いますよアピールをすることにした。
目立つのは仕方ないにしても、目立ちすぎるのも良くない。
何か面倒事が降ってきたら、防波堤になってくれる存在が必要なのだ。
その点、クレスは同年代で最高級の存在であり、私の盾だ。
高潔なクレスなら誰かの盾になれるのは本望だろうから、これからも利用させてもらおう。
本人に知られたら怒られるかもしれないけど。
それに、クレス以外のネームドキャラクターも沢山いるしね。
私一人が多少変なことをしたところで、それ以上に凄い人なんて世界中にいる。
世界は意外に広いのだ。
これまで、サモナーになるための準備はしっかりしてきた。
まず防衛都市ジェミニでは、止まってしまった監視塔の機械装置を修理屋と一緒に直した。
これはゲームにもあったクエストと一緒で、機械装置の間に入り込んでしまったモンスターを発見して討伐するもの。
ゲームでは何度もやった簡単なクエストだけど、実際に巨大な機械装置の中へ入ってみるとなかなか迫力があった。
狭い場所も多いし、機械の隙間から突然モンスターが飛び出してくるので油断もできない。
それでも見事に解決。
お礼にアイテムを貰ったり、推定経験値を貰ったりもできた。
ゲームの強制力は働くもののようで、あれから何度も機械装置にモンスターが入り込んでいるらしい。
一度掃除したんだから、もう入らないように対策すればいいのに。
そう思ったけど、何度対策しても何故か入り込んでしまうそうだ。
今では機械装置が止まっては冒険者たちが掃除に来る、冒険スポットになっているらしい。
これもゲームの強制力なんだろうか。
他には、人食い植物の群生地に行って魔法を撃ち込み続けたりもした。
モンスターの名前は『ディオネア』。
傍に寄ると、モンスターだろうが魔物だろうが捕食してくる貪欲な奴で、移動しない代わりに動きが速く、鋭い牙を持っている。
不用意に近寄ったナイトなどが、気が付いたら手や顔が無いなんていうのは日常茶飯事だ。
絶対に近づきたくない。
遠距離から攻撃できるウィザードなら安全に倒すことができるものの、間違って近づけば大怪我間違いなし。
戦闘不能が死を意味するこの世界では、不人気なモンスターだった。
反面、ディオネアの牙などは優秀な小型刃物の素材になるので需要が高い。
危険だから誰も近づきたがらない。
でも素材は欲しい。
つまり遠距離から安全に狩れる私にとっては、とても美味しい狩場なのである。
セリーちゃんに譲ったら喜んでくれたので、定期的に取りに行っている。
「次はもっと綺麗な牙を持って帰ってあげよう。」
そんな小さな目標も、冒険を続ける楽しみの一つになっていた。
他には、ママにお願いされて維持していたあの氷室。
あれが凄く便利ということで、依頼をされて何個も作成した。
最初は家でお肉を保存するために作っただけだったのに、いつの間にか近所の人からも欲しいと言われるようになっていた。
そこから話が広がって、気付けばちゃんとした依頼になっていたのだ。
これは冒険者の依頼としては少し複雑なんだけど、作ってあげると皆が喜んでくれるし、大金も入って名声も得られるので、レベル上げよりも名声に拘っていた私には渡りに船だった。
モンスターを倒すだけが冒険者の仕事じゃない。
誰かの役に立って、それが実績として認められるなら、こういう仕事も悪くないと思う。
でも最初の頃は結構失敗が多くて、軌道に乗るまでは三か月かかったことも伝えたい。
氷が想像以上に早く溶けたり、釜に亀裂が入ったり。
作っては直して、また問題が出たら改良する。
何度も試して、ようやく人に渡しても大丈夫だと思えるものになった。
何事もいきなり上手く行くとは限らないのだ。
以上、この半年間でやってきたことを全て書き出していったらキリがない。
これでも内容の一部に過ぎない。
他にも依頼を受けたり、知らない街へ行ったり、失敗したり、時には危ない目にも遭った。
もちろん、一か月に一度はちゃんとサジタリウスにも帰っている。
パパとママとの約束だからね。
とにかく、やりたいこと、やれることは限られた時間の中で、できるだけしてきたつもりだ。
そして今日。
私は新しい場所に足を踏み入れた。
『妖精郷アールヴヘイム』。
王都リーブラから遥か南西へと進んだ森の奥深く。
『世界樹』を土台にして作られた精霊たちの街だ。
巨大なんて言葉では表現しきれないほど大きな世界樹。
見上げても枝葉の先が見えない。
その幹や太い枝の上に建物や道が作られ、一つの街を形成している。
初めてゲームで見た時も綺麗だと思ったけど、実際に自分の目で見ると全然違う。
「すご……。」
思わずそんな言葉が漏れた。
木の上に街があり、全ての住人が世界樹の管理者にして守護者だ。
殆どが精霊や獣人で構成されているが、少数ながら人間も住んでいる。
ちなみに『ポータル』での登録は認められていない。
『世界樹様の上にメモをするなど不敬にもほどがある』という考えなので、もしもそんなことをしたのが見つかったら、死ぬまで投獄されるだろう。
ほら、妖精って人間よりもはるかに寿命が長いから。
牢屋に何年入れたかなんて忘れられて、そのまま一生を牢屋で過ごすことになるだろうから注意したい。
「絶対に変なことしないようにしよう。」
ここでは郷に入っては郷に従え。
いつも以上に大人しくしておくつもりだ。
そんな綺麗で怖い国の最高権力者は、精霊女王『ティターニア』。
これはこの世界では公になっていないゲーム知識だけど、彼女は女神ガイアが直接生み出した存在で、世界樹が危機に瀕した時、それを守るべく加護を与えられた世界最古の『勇者』でもある。
年齢はおよそ三万歳以上って設定だった記憶がある。
多分、この世界にいる人の中で見ても一番の年長者だね。
三万歳。
改めて考えると、とんでもない数字である。
私の前世と今世を足したところで全く勝負にならない。
長い金髪に緑の目、虹色の蝶の羽とティアラとドレス。
事実上、不老不死の存在で、女神ガイアに最も近い存在でもある。
高貴で気品がある様子だけど、意外と新しいもの好きで好奇心旺盛。
甘味をこよなく愛しており、部下を使って人間界のスイーツを物色しているスイーツモンスターでもある。
公式設定を初めて見た時は、なんでそんな設定を付けたんだと思ったものだ。
でも今となってはありがたい。
趣味が同じ相手だと思えば、話も弾むというものだから。
サモナーになるためには、この人に認めてもらわないといけない。
何故なら、サモナーの力は精霊と契約することで発揮されるもので、精霊と契約するには、それに足る人間であると精霊女王に認められる必要があるから。
でも普通は精霊女王様になんて会うことは出来ない。
会いたいと言って王宮へ行って、はいどうぞと通してもらえるような人物ではないのだ。
だから名声を上げて、私がいるってことを知ってもらう必要があった。
この半年間、レベルだけじゃなく名声にも拘ってきた理由がこれ。
準備はしてきた。
後は、それがどこまで通用するか。
「会えそうならケーキくらいは持っていかなきゃ。」
こういうのは最初が肝心。
素敵なお土産でガッツリ心を掴むのが定石なのだ。
女神ガイアに最も近い世界最古の勇者を相手にする方法として正しいかは分からないけど。
少なくとも、手ぶらで行くよりは絶対にいい。
「いつでも《Storage》からケーキを出せるようにしておかないと。」
自分用に開発した携帯用氷室がGM専用倉庫に入っている。
その中には氷菓子やケーキなど、私のおやつとして買った様々なスイーツが入っていた。
サモナーになるための第一歩。
それは精霊との契約でも、厳しい試練でもなく。精霊女王様への賄賂から始まるのかもしれない。




