精霊契約③
魔力塊を乗り継ぎながら世界樹を登り始めて三十分ほど。
無事に中腹までたどり着くことができた。
ここまで来ると精霊の数が多くなり、それ以外の種族が減ってくる。
正確な高さは分からないけど、東京スカイツリーよりも高いんじゃないかな。
下の方は……見たくない。
だって、ここは命綱もない木の上。
雲のような足場がそこら中にあると言っても、怖いものは怖い。
さっさと目的を果たして地上に帰りたい。
「生前の記憶が確かなら、この辺にあるはずなんだけど。」
私は今、クエストが発生するはずの木の枝を探している。
目印は、葉の生えていない世界樹の小枝だ。
注意深く周囲を見渡しながら、世界樹の周りを探していく。
少しずつ高いところへ登りながら、ぐるっと一周。
ゲームでは目印があり、簡単に見つけられた小枝も、現実に探すとなれば話は別だ。
あまりにも太すぎるその幹は、一周するだけでも大変だった。
ひょっとしたら、この作業だけで数日かかるかもしれない。
「やっと見つけた……。」
小枝を見つけたのは探し始めてから三日目のことだった。
ここまで本当に辛かった。
お腹が空いたり、眠くなったりしたら、一旦下まで降りないといけない。
緊急を要する場合でも、精霊がどこから見ているか分からないのでGMコマンドも使えなかった。
それに、登るときは意外と平気でも、降りるときの怖さは尋常じゃない。
下を見ないように一生懸命別のことを考えながら降り続ける時間は、まさに地獄だった。
それもようやく今日でお別れだと思うと、嬉しくてスキップしたくなってくる。
「こんな高いところでは絶対にやらないけどね。」
さてさて、そんなことは後でいいとして。
今は目の前の小枝だ。
世界樹の枝にしては細く、葉も付いていない。
私はその枝にそっと触れた。
「……だぁれ?」
その声は、耳で捉えたわけではなかった。
頭の中に直接届いてくるような、不思議な感覚。
「私? 私はアイラ。あなたは?」
ゲームのときと同じように自己紹介をして、その声の主が誰なのか尋ねる。
「わたしね、『ドライアド』だよ。」
すると小枝から、緑の髪をして頭に双葉を生やした精霊が姿を現した。
とても可愛らしい少女で、その姿はどことなく女神ガイアにも似ている。
「わぁ、にんげんだ。はじめてみた。」
「ふふ、私もドライアドを見たのは初めて。」
それも、生まれたばかりの姿で。
まさかドライアドの赤ちゃんが、こんなに可愛いとは思わなかった。
ドライアドは、この世界に存在する四大精霊の一つで、土精霊に属している。
サモナーになれば契約できるようになる精霊でもある。
そして、そんなドライアドが宿る小枝に、なぜ葉っぱがないのかというと。
「……あのね、ここ、おひさまがみえないの。」
そう、日当たりが悪いのだ。
邪魔になっている枝を切ってしまえば助けることができる。
でも、異邦人の私が勝手に世界樹を傷つければ投獄間違いなし。
そこで近くにいるはずのエルフが――いた。
探していたのは、鉈を持ったエルフの青年。
ゲームでもドライアドと話した際に近くを通りかかるエルフだ。
「あの、すみません。」
「……人間が何の用だ。」
不信感を隠しもせずにこちらを見てきた。
そう、このエルフ。人間のことがあまり好きじゃない。
ゲームではテキストだけの話だったけど、今は目の前で敵意剥き出しに話しかけられている。
正直、辛い。
「このドライアドが苦しそうだったので、助けてあげられないかと。」
「……何?」
私が小枝を見せると、エルフはすぐに様子を確認した。
「エルフ、はじめましてなの。」
「ドライアドがこんなところで生まれてしまっていたのか。」
「うん、わたしここでうまれた。」
ドライアドがこくんと頷く。
エルフは素早く周囲の枝を確認すると、光を遮っている枝を特定した。
「世界樹様。若き命を助けるため、失礼いたします。」
世界樹への信仰が強いエルフは、何度も畏まりながらその枝を断った。
やがて邪魔をしていた枝が取り除かれ、ドライアドに太陽の光が降り注ぐ。
「……おいしい。」
光合成を始めたのだろう。
小枝にはまだ葉がないけれど、ドライアド自身が気持ちよさそうに光を浴びている。
「危うく生まれたばかりのドライアドを死なせるところだった。人間よ、感謝する。」
「いえいえ、当然のことをしたまでです。」
素直に頭を下げたエルフからは、もう先ほどまでの敵意は感じない。
どうやら、このエルフの信頼を得ることには成功したようだ。
ドライアドは太陽の光を十分に浴びると、
「……おみず、ほしい。」
今度は水が欲しいと言ってきた。
「すまない、私は持っていない。」
「あ、私のお水ならあるよ。」
水袋に入れてあった水を、ドライアドに飲ませてあげる。
クエストでもこの場面があったため、水はいつもより多めに用意しておいた。
「んく、んく。」
目を瞑って、ちびちびと一生懸命水を飲んでいる。
その姿が人間の赤ちゃんみたいで可愛い。
「ぷはぁ。おいしかった。」
小さくても、そこは土の精霊だ。
明らかに体よりも多そうな量の水を、一気に飲み干してしまった。
一体、どこにそんなに入るんだろう。
「すまないな、人間。ほら、お礼を言うんだ。」
「ありがと。」
エルフに促されて、ドライアドがぺこりと頭を下げた。
それが本当に可愛くて癒される。
もうすっかりドライアドにメロメロにされてしまっていた。
「いいえ、私があげたいと思っただけですから。」
「そうか。」
エルフも完全に私を信用してくれたようだ。
先ほどまでの毒気も消えて、友好的な姿勢を見せてくれている。
「しかし、人間がアールヴヘイムに来た理由は?」
――来た。
この質問を待っていた!
「サモナーになりたいと思って訪れました。」
これを私から切り出してしまうと、警戒されて話が拗れてしまう可能性がある。
それはティターニアに会わせてくれと言うのと同義だから。
いきなり訪れた異邦人が国のトップに会いたいなんて言い出したら、警戒されるのも仕方ない。
だけど、今ならドライアドを助けた実績付き。
これでダメなら、また違う手を考えないとね。
「それは……いや、そうか。」
エルフは何かを考え始めた。
しばらく考え込んでから、ちらりとドライアドの方を確認する。
そして、ふぅと息を吐くと私に視線を戻した。
「良いだろう。上に取り次いでやる。ここでしばらく待っていろ。」
「ありがとうございます。」
「エルフ、ばいばーい。」
エルフが世界樹を登っていくと、私とドライアドだけが残された。
「やった、第一関門突破!」
私は小さくジャンプする。
どうやら上手くいったようだ。
「よかったねぇ。」
私が嬉しそうにしているからか、ドライアドもよく分かっていない様子で一緒に喜んでくれている。
この小さなドライアドを助けたことも大きいけど、決め手は生まれたてのドライアドが見えていたこと。
生まれたばかりの精霊は、この世界でもまだ希薄な存在だ。
それが見えているということは、魔法についての造詣が深いことを意味する。
そして、それは精霊への親和性が高いということでもある。
「ありがとう、ドライアドのおかげだよ。」
「わたしのおかげ?」
「うん、ドライアドえらいえらい。」
「えへへ。うれしい。」
もうすっかり、この子の虜になってしまった。
契約結べないかなぁ。




