一人前の冒険者⑥
私が獲ってきたヴォルフを見て、パパもママもかなり驚いていた。
「本当にアイラが一人で?」
「うん。ちょっと危なかったけど。」
「……ちょっと危なかった?」
余計なところに過剰反応したパパは置いておく。
今日は夕飯より先に、大物の処理を済ませないといけない。
時間が経てば経つほど肉も毛皮も傷んでしまうから。
パパが慣れた手付きで毛皮を剥ぎ、肉と分けていく。
私はママと一緒に食べられる部位を取り分ける係だ。
「ここは?」
「そこはこっちね。」
「はーい。」
やっぱり実際にやってみると知らないことが多い。
パパの仕事を手伝ったことは何度もあるけど、最初から最後まで一頭を処理するのを見る機会はあまりなかったのでいい勉強にもなる。
肉の処理が終わったら、次は毛皮。
井戸水を使って汚れや脂を丁寧に落としていく。
十分に綺麗になったところで、溶剤を混ぜた水へ漬け込んだ。
「これで今日は終わりだな。」
「ふぅ~。」
これは思っていた以上に大仕事だった。
今日だけでは終わらなかった作業も残っている。
でも私は明日には家を出るつもりなので、この先の処理は二人に任せることにした。
「よろしくお願いします。」
「任せておけ。」
パパが胸を張った。
井戸の側で、血や汚れが付いた手とエプロンを洗っていると。
「昨日の話、本当だったんだなぁ。」
パパがぽつりと呟いた。
「昨日の話?」
「冒険者としてちゃんとやってるって話だよ。」
井戸水でエプロンを濯ぎながら、パパは少し寂しそうに笑った。
「まだ小さい娘だと思ってたのになぁ。」
「まさか一人でヴォルフを倒して持って帰ってくるなんてね。」
ママも隣で手を洗いながら続ける。
「……。」
何となく返事ができなかった。
しばらく、エプロンを水の中で洗う音だけが妙に大きく聞こえた。
「もうパパより強いかもな。」
「え?」
思わず顔を上げる。
「あら。認めちゃうの?」
「仕方ないだろ。」
パパは苦笑する。
「俺だって一人でヴォルフを狩ったことはないぞ。」
「……。」
それってもしかして、ずっと私を子供扱いしていたパパが、一人前として認めてくれたってこと?
胸の奥が急にむずむずした。
「私、大人になった?」
もちろん、十二歳で成人したとか、そういう話じゃない。
一人の人間として冒険者として。
この世界で生きていける大人として。
パパとママに認めてもらえたのか聞きたかった。
ママが優しく笑う。
「ええ。」
パパも私の頭に手を置いた。
「立派になったな、アイラ。」
「……っ。」
他でもないパパとママが認めてくれた。
「えへへ……。」
駄目だ。笑顔が止まらない。
頭を撫でられるのは子供扱いっぽい気もするけど、今日だけは気にしないことにした。
洗い物が終わったら、ようやく夕食の準備……の前に。
「温かい……。」
「生き返るなぁ。」
今は三人揃って、私の作った暖かい『ライト』に手を翳している。
井戸水をそのまま使って洗い物をしたのは完全に失敗だった。
宿に泊まっていた時は、水を少し温めてから使っていたのに。
久しぶりの実家で、すっかり忘れていた。
「ごめんね。」
「大人になっても、こういうところはそのままね。」
ママが呆れたように笑う。
「私も心配だわ。」
「うっ。」
昔からママには、『アイラはしっかりしてるのに、どこか抜けてる』と言われていた。
どうやら今日、大人として認めてもらっても、その汚名返上までは叶わなかったらしい。
「俺としては、多少子供っぽいところがあった方が安心するが。」
パパが腕を組んで頷く。
「あら。」
ママが楽しそうにパパを見る。
「じゃあ、子供っぽいアイラが悪い男に騙されても良いの?」
「それはダメだ!」
即答。
「……。」
本人を目の前にして、子供っぽい子供っぽいと連呼するのはどうなんだろう。
いや、そもそもさっき大人として認めてくれたよね?
「ケンは心配しすぎなのよ。」
「サラが心配しなさすぎなんだ!」
「私はアイラを信用してるもの。」
「俺だって信用してる!」
「じゃあいいじゃない。」
「それとこれとは別だ!」
「……。」
もういいや。
私を無視して言い合いを始めた二人は放っておこう。
家の外へ出る。
今日獲ってきたヴォルフの肉を、少しでも長く保存できるようにしたい。
「まずは……。」
地面へ手を翳す。
『アースニードル』を使う時の感覚を思い出しながら、土をゆっくり変形させていく。
ゆっくりと土を押し固めて、箱のような形にする。
「ん~……。」
思ったより難しい。
普段と違って壁の厚さや大きさ、中に入れられるだけの空間。
一つずつ意識しながら作っていく。
今回は作る物が大きいので魔力がごっそり持っていかれる。
「……できた。」
小さな土の釜が完成した。
ずっと使い続ける物じゃないので、耐久性まではそこまで求めていない。
それでも、雨風くらいなら防げるはずだ。
次に『アイスランス』。
いつもの槍状ではなく、今度は四角い氷の塊を作る。
それを土の釜の中へいくつか並べた。最後に、
「おがくずを入れてっと。」
氷の周りをおがくずで覆っていく。
「よし。」
簡易的な小型氷室の完成だ。
「ここにヴォルフのお肉を入れて……。」
処理した肉を包んだまま中へ入れていく。
「アイラ、これは何?」
「わっ。」
いつの間にか背後にママが立っていた。
興味津々といった様子で、氷室を覗き込んでいる。
「魔法で作った小型の氷室だよ。」
「ひむろ?」
「うん。中を冷たくして、お肉が傷みにくいようにするの。」
「へぇ~!」
ママの目が輝いた。
「これって別のことに使っても良いの?」
「全然良いけど。」
少し考える。
「初めて作ったから、どれくらい保つか分からないよ?」
土の釜そのものが崩れるかもしれない。
氷が思ったより早く溶けるかもしれない。
おがくずの量だって適切か分からない。
完全に実験段階だ。
「いいの。」
ママは楽しそうに笑った。
「こっちでも毎日様子を見てみるから。ね?」
「じゃあ……。」
毎月帰ってくる約束もある。
「それなら、帰ってきた時に氷だけ作るよ。」
「本当?」
「うん。その代わり、おがくずは用意しておいてくれる?」
「分かったわ。」
ママは嬉しそうに頷いた。
そのまま鼻歌まで歌いながら氷室を眺めている。
「ふふっ。」
上手くいけば家の食材保存が少し楽になる。
もし駄目だったら、次は土の壁を厚くしたり、形を変えたり、氷の量を増やしたり。
色々試してみればいい。
「せっかく魔法を覚えたんだから。」
戦うためだけに使うなんてもったいない。
こういう試行錯誤だって、きっと魔法の楽しみ方の一つだ。
「次帰ってきた時、どうなってるか楽しみだなぁ。」
私は完成した小さな氷室を眺めながら、次の改良案を考え始めた。




