一人前の冒険者⑤
街を出て、顔見知りの人たちに話しかけられながら町の南へ向かう。
道中には『スライム』や『スタンプ』、『ピーグ』といった昔戦ったモンスターの姿もあった。
今となっては戦う必要もないので、そのまま素通りする。
いや、スライムとスタンプは可愛いから「癒やし」として眺めるけど。
「ポヨポヨしてて可愛い。」
スライムが地面を跳ねる姿を少しだけ眺めてから先へ進む。
ピーグは駄目ね。虫は許可してません。
視界に入れないように足早に通り過ぎた。
サジタリウスから大きく南へ進むと、動物型モンスターが多く生息する森がある。
この辺りでよく見かけるのが『ヴォルフ』。
名前の通り、狼のような見た目をしたモンスターだ。
基本的に群れで行動しており、一匹だけだと思って不用意に近づくと、茂みの中から仲間が次々現れることもある。
新米冒険者が囲まれて命を落とすこともある危険なモンスターである。
その反面、肉は食用になる。
毛皮も衣服や防寒具の素材になる。
牙や爪だって加工すれば使い道がある。
捨てるところの少ない、素材としてはかなり有用なモンスターだ。
「サジタリウスの周辺にはこういう動物型モンスターが多いから、ハンターの町になってるんだよね。」
他にも熊や猿、狸、猪なんかのモンスターも生息している。
出会うことがあれば、その時に紹介したい。
そんなことを考えながら森を歩いていると、早速前方にヴォルフが二匹見えた。
「いた。」
まだ向こうはこちらに気付いていない。
ヴォルフは鼻が良い。
姿を隠した程度では臭いで見つかってしまうので、近づくなら戦闘になることを前提にした方がいい。
「さて、どうしようかな。」
まず使う魔法を考える。
ヴォルフは火属性が弱点ではあるけれど。
「森で火を使うのは怖いし、毛皮も駄目になっちゃうから却下。」
特に今は秋。乾いた落ち葉も多い。
こんなところで『ファイアアロー』なんて撃って森火事でも起こしたら洒落にならない。
それに燃やしてしまったら毛皮や牙がダメになってしまう。
「となると、風かな。」
『ウィンドカッター』なら狙った場所を切断できる。
上手く首を狙えば、素材への被害も最低限で済むはずだ。
「一人でやったことないけど、血抜きまでしないといけないもんね。」
魔力を集め、風の刃を形成する。その瞬間。
「ヴォッ!」
一匹のヴォルフが勢いよく顔を上げた。
「気付かれた!」
さすが野生の獣。
魔力の動きを感じ取ったのか。
それとも私の臭いに気付いたのか。
二匹揃ってこちらを睨む。
「ヴォオッ!」
そして一斉に走り出した。
速いけど、この距離ならまだ間に合う。
「『ウィンドカッター』!」
完成した風の刃を放つ。
首を狙い澄ました一撃が通り抜けて首が飛んだ。
一匹目がそのまま地面へ倒れ込む。
「よし――」
「ヴォガァ!」
だけど、もう一匹が止まらない。
仲間が倒れたことにも構わず、一直線にこちらへ走ってくる。
「えっ、速っ!」
次の『ウィンドカッター』を撃つために、魔力を集め始めるも、
――間に合わない。
思ったより距離を詰めるのが早い。
魔法を完成させるより、ヴォルフが私に届く方が先だ。
「まずっ!」
私は魔力を練りながら背を向け、全力で走った。
足音がどんどん近づいてくる。
一対一なら余裕。
でも実際には、二匹を連続して相手にするだけで魔法を準備する時間が足りなくなる。
――これ、かなり危ない!
最悪の場合は《HidePC》を使うことも考えた。
だけど、できるなら自分の力だけでどうにかしたい。
後ろから聞こえる足音。
距離はどんどん縮まっている。あと三秒。二秒。
――来る!
私は足音を頼りにタイミングを計り、勢いよく前へ転がった。
直後、ぶわっと頭上を何かが通り過ぎる。
「うわっ!」
ヴォルフが私の真上を飛び越えていった。
首元へ噛みつこうと跳びかかっていたらしい。
「あっぶない!」
慌てて立ち上がる。
ヴォルフも着地して、すぐにこちらへ振り返った。
再び地面を蹴る。だけど、
「今度はこっちが早い!」
逃げながら練り続けていた魔力は、もう十分に溜まっている。
「『ウィンドカッター』!」
風の刃が走る。
再び飛びかかろうとしていたヴォルフの首を切断した。
その体が勢いを失い、地面へ転がっていく。
「……ふぅ~~。」
その場で大きく息を吐いた。
「怖かったぁ……。」
これまでの人生で、一番危険な戦いだったかもしれない。
ヴォルフそのものは、今の私から見ればかなり格下のモンスターだ。
一発当てれば倒せる相手だけど一匹倒している間に、もう一匹が距離を詰めてきた。
「分かっていたことだけど、こういう相手とは相性悪いね。」
特に今の私のスキル構成は単体戦に偏っている。
一匹ずつなら問題ないけど、集団で一気に距離を詰められると、途端に選択肢が減ってしまう。
「こんな時に『ライトニングケージ』みたいな対集団用のスキルがあれば楽なんだけどね。」
残念ながら、それはサモナーになってから習得する予定だ。
「今できる対策を考えないと。」
高い場所から攻撃するとか、緊急脱出用のアイテムを用意するのが現実的だと思う。
今後の課題が一つ増えた。
「……強いモンスター相手の時じゃなくてよかった。」
危ない目には遭ったけど、今ここで気付けたのは良かったと思うことにしよう。
「ごめんなさい。」
最初に倒したヴォルフのところへ戻ることは諦めた。
素材を無駄にしてしまうことにはなる。
だけど、あの場所にはすでに血の臭いが広がっているはずだ。
ヴォルフは群れで行動する。
その臭いに釣られて他の個体が集まってくる可能性が高い。
そんなところに一人で戻って解体作業なんて始めたら、今度こそ《HidePC》に頼ることになるかもしれない。
自分の命を優先するのも冒険者として必要な判断だと思う。
だから今回は、本当に申し訳ないけど諦めることにした。
二匹目のヴォルフだけは、しっかり持ち帰る。
脚を縛り、サジタリウスの近くまで運んできた。
モンスターにはそれぞれ縄張りがある。
ヴォルフが町の近くまで追ってくることは滅多にない。
仮に来たとしても、群れ全体で追跡してくる可能性は低い。
十分に安全な場所まで戻ったところで作業を始めた。
「さて……。」
まずは血抜き。
パパの仕事を手伝ったことがあるので、ここまでは私にもできる。
詳しい方法まで説明すると気分が悪くなる人もいそうなので、そこは割愛します。
内臓も必要な処置を済ませてある。問題は皮。
「これは無理だよね。」
綺麗に毛皮を剥ぐには熟練した技術が必要になる。
下手に私が触って価値を落とすより、パパにお願いした方がいい。
後は直接水分が付かないように包んで氷の魔法で周囲を冷やす。
「これで大丈夫かな。」
肉が傷みにくい状態にはできたんだけど問題は持ち運び。
「……重い。」
当然ながら、私一人で町まで担いでいくにはかなり大変だ。
なので、運搬は《Storage》を使ってズルすることにした。
誰もいない場所で一度GM専用倉庫へ入れる。
そのままサジタリウスの近くまで歩き。
人通りのない細道で再び取り出す。
「よし。」
これで、さも自力でここまで運んできました感は出せる。
町の近くまでヴォルフを引いて歩いていると、当然目立つ。
「おい、アイラちゃん!」
「それ一人で倒したのか!?」
顔見知りの冒険者たちが集まってくる。
「はい。ちょっと大変でしたけど。」
「すげぇな!」
「血抜きまでしてあるじゃねぇか。」
「しかも冷やしてるぞ。」
「こんな処置までできるなら、うちのパーティに欲しいな!」
ヴォルフを倒せる冒険者自体は珍しくない。
でも、獲物を綺麗に処理して。
その場で冷却までして持ち帰るウィザードは、さすがに珍しいらしい。
気付けば周りがワイワイ騒がしくなっていた。
「えっと……。」
このままだとまた囲まれる。
「すみませ~ん。取ってきた素材が傷んじゃうので~。」
それっぽい理由をつけて逃げることにした。
「あ、おい!」
「今度うちのパーティも考えてくれよー!」
「はーい、考えておきまーす!」
もちろん入るとは言ってません。
私はヴォルフを引きながら足早にその場を離れた。
……なお、町中に入っても、今度は町人たちに捕まったのは説明するまでもない。




