一人前の冒険者④
「ほら、ケン。いつまで寝てるの。」
「だってサラ……。アイラが知らない男たちに囲まれて……。」
「囲まれてないよ!」
話が勝手に進化してる。私は全部断ってるって言ったよね?
ママに引っ張り起こされたパパは、それでもまだ納得できないような顔で私を見ていた。
視線が私のウィザード服へ向かう。
「……本当にウィザードになったんだなぁ。」
今度はさっきまでとは違って、どこか感慨深そうな声だった。
そういえばパパには、まだちゃんと魔法を見せていない。
「アイラ、何か見せてあげたら?」
ママが助け舟を出してくれた。
「魔法?」
「ええ。ケンもそれを見たら少しは安心するでしょ。」
「何を見せてくれるんだ?」
さっきまで地面に転がっていた人とは思えない勢いでパパが立ち上がった。
切り替えが早い。
「じゃあ安全なのね。」
家の中で攻撃魔法を使うわけにはいかない。
私は指先に魔力を集めた。
「『ライト』。」
小さな光が生まれ、ふわりと天井近くまで浮かんでいく。
「おぉ……。」
パパが目を輝かせている。
その反応がちょっと嬉しくて、光にもう少し魔力を込める。
いつも宿でやっているように、明るさだけではなく温かさも持たせてみた。
冷え始めていた部屋の空気が、少しずつ暖まっていく。
「温かい……。」
パパが光へ手を伸ばす。
「これが『ライト』なのか?」
「うん。ちょっとだけ工夫して、温かくなるようにしているの。」
「ね、アイラは凄いでしょ。」
ママにも褒められた。何だか急に恥ずかしくなってくる。
「まあ、これくらいなら毎日使ってるから。」
パパはしばらく『ライト』と私を交互に見ていた。
「こんなにすごい魔法が使えるようになったんだな。」
パパは少しだけ困ったように笑う。
少しは私の成長を感じてくれているのかもしれない。
「ほら、二人とも。せっかくアイラが帰ってきたんだから、ご飯にしましょう。」
ママの一言で話はそこで終わった。
私も手伝って、出来上がった料理をテーブルへ運んでいく。
一か月ぶりに三人分の食器が並んだ。
さっき見せた『ライト』はそのまま部屋の明かりとして残して、暖房の効果も持たせてある。
久しぶりの我が家が、柔らかな光と温かさに包まれていた。
「アイラが家にいてくれたら、ずーっと暖かいのになぁ。」
「……。」
本当は『ライト』の話じゃなくて、私にずっと家にいてほしいって言ってるよね?
バレバレでちょっと可愛いけど、まだ世界中を旅する目標が達成できていない。
パパには悪いけど今は気付かないふりをした。
「いただきます。」
一か月ぶりの我が家。
冒険者になる前はいつも食べていたご飯を、他愛もない話をしながら家族三人でいただく。
「……おいしい。」
ネネさんには申し訳ないけど、やっぱり実家のご飯が一番美味しい。
使っている素材とか、味付けの問題じゃない。
こうやって家族みんなで食べるから美味しいんだと思う。
ご飯を食べながら、この一か月の冒険について最初からゆっくり話した。
王都リーブラの街並み。
冒険者登録をした時のこと。
魔導都市レオへ行ったこと。
ウィザードギルドで転職した時のこと。
変な男たちに声をかけられたり、追いかけられたりしたこと。
「なに!?」
「パパ、まだ途中だから。」
「ケン、黙って聞きなさい。」
「……はい。」
ママに怒られて、パパが大人しくなる。
魔法を覚えて、初めて自分の力だけで使った時のこと。
宿屋に泊まって、ネネさんと仲良くなったこと。
初めて魔法でモンスターを倒して、自分で素材を手に入れたこと。
買取屋を探していて、ルカさんと出会ったこと。そして、
「ルインダンジョンでね、セリーちゃんっていう同い年の女の子を助けたの。」
「まぁ。」
「それでお友達になったんだ。」
ママが嬉しそうに笑う。
パパもそこは素直に喜んでくれた。
誘拐事件については――話さなかった。
話せないことが多すぎる。
セリーちゃんが攫われたことを話せば、どうやって助けたのかまで説明しないといけなくなる。
それに、あんなことがあったと知れば、二人がどれだけ心配するか分からない。
だから、そこだけはそっと胸の中にしまった。
「アイラは可愛くて良い子だから、良い人と出会えるんだ。」
「私たちより冒険者の才能があって凄いわ!」
「えへへ……。」
二人とも大袈裟なくらい褒めてくれる。
……本当は全然そんなことないんだけどね。
GMコマンドを使って隠れて色々やってるし。
今こんなに順調なのだって、最初にこっそりレベルを上げていたおかげだ。
それを抜きにしたら、私はどこにでもいる普通の女の子だと思う。
「それで。」
パパが妙に真剣な顔になった。
「アイラに告白してきた奴はいなかったか?」
「そこ?」
どうやら一番気になっていたのはそれらしい。
「パーティのお誘いはいっぱいあったけど、そういうのは無かったよ。」
「……いっぱい。」
しまった。
何か別のところに引っ掛かった。
「男は狼だからな。パーティを組むなら女性だけにしなさい。」
「ケン。」
ママの低い声。
「あなただって男でしょう。」
「俺はサラ一筋だ!」
「そういう話をしてるんじゃないの。」
「あはは……。」
久しぶりに見る二人のやり取りが面白い。
「サラだって昔はモテたじゃないか。」
「やめなさい、アイラの前で。」
「え、聞きたい。」
「アイラまで。」
ママが少し恥ずかしそうな顔をした。
パパから昔モテていたとは聞いたことがあるけど、本人の前で聞くとやっぱり面白い。
「まぁ大丈夫だよ。しばらくはソロで頑張るつもりだから。」
これならパパも安心するでしょ。
そう思ってたけど。
「「えっ?」」
今度は二人揃ってぎょっとした。
「それも心配だ~~~!」
「えぇ……。」
どっちなの?
「ケンが言うことなんて気にしなくて良いのよ。」
「ママは良いの?」
「心配に決まってるでしょう?」
「じゃあどうしたら良いのよ。」
パーティを組んでも心配。
ソロでも心配。
どうやら私が冒険者をしている限り、二人を完全に安心させる方法はないらしい。
夜も更け、窓の外に星が綺麗に浮かぶ頃。
「くぁ……。」
大きな欠伸が出た。
今日は久しぶりの家族団欒が楽しくて、いつもより随分と夜更かししてしまった。
瞼が重い。
「アイラ、今日はどの部屋で寝るの?」
ママの何気ない質問。
その瞬間、パパの表情がぱぁっと明るくなった。
……何を期待しているのか分かりやすすぎる。
「自分の部屋で寝る……。」
「……そうか。」
露骨にしょんぼりした。
「大人は一人で寝るものだから……。」
私はもう十二歳。
立派なレディなのである。
パパと一緒に寝たりはしない。
……冒険者になる前日は十一歳なのでセーフです。
「おやすみなさい……。」
眠気に負けながらふらふらと自分の部屋へ向かい、寝間着に着替える。
「パパ、ママ、おやすみなさい……。」
「おやすみ、アイラ。」
「おやすみ。ゆっくり寝るのよ。」
「ん……。」
もうちゃんと返事をする気力すら残っていなかった。
一か月ぶりの自分のベッド。
倒れ込むように横になる。
懐かしい匂いに包まれたと思ったところで、そのまま意識が途切れた。
目を覚ますと、部屋の中がやけに明るかった。
「……んぅ?」
窓を見る。
太陽が随分と高い。
「寝すぎた……。」
昨日の夜更かしが良くなかったらしい。
体を起こして辺りを見回す。
家の中は静かだった。
「パパ? ママ?」
返事はない。
二人とも、もう仕事に出ているみたい。
テーブルを見ると、一枚の紙が置かれていた。
その隣にはパンと、蓋をされたスープ。
紙を手に取る。
『よく寝ていたので起こしませんでした。ご飯はこれを食べてください。』
ママの字だ。
「起こしてくれれば良かったのに。」
いってらっしゃいも言えてない。
一緒に朝ご飯も食べられなかった。
冒険に出る前までは当たり前だったことなのに。
たったそれだけのことが、今は妙に寂しい。
「……。」
冷めたスープに手を翳して魔力を流す。
ゆっくり温めてから、一人で椅子に座った。
「いただきます。」
昨日の晩ご飯はあんなに賑やかだったのに。
今朝の食卓は静かだ。
一人で食べることには、この一か月で慣れたつもりだった。
でも実家で一人だと、何だかいつもより寂しく感じた。
食べ終わった食器を洗いながら、今日の予定を考える。
一か月に一回は顔を見せる。
そう約束した。
「でも、何泊するかまでは約束してないんだよね。」
本当なら、今日からまた次の街へ向かうつもりだった。
朝起きて、パパとママと一緒にご飯を食べて、二人に見送ってもらって出発する。
そんな予定だったんだけど。
「……これは、パパとママにしてやられたかも。」
眠っている私を、わざと起こさなかった?
そう考えると妙に納得できる。
もし朝いつも通りに起こされていたら、私はそのまま出発していたかもしれない。
でも今から何も言わずに旅立つのは嫌だ。
せっかく帰ってきたのに。
ちゃんと「行ってきます」を言ってから出発したい。
「なら、もう一泊していくしかないか。」
別に急ぐ用事もないのでもう一泊くらいはしても良いだろう。
井戸から汲んできた水を魔法で少し温める。
顔を洗って歯を磨いて、身支度を整えながら考える。
「せっかくだし、今日はサジタリウスの周辺を冒険してみようかな。」
灯台下暗し。
この辺りの森には良質な狩り場がいくつもある。
小さい頃から何度も近くまで行った森。
冒険者になる前には、色んな人から話を聞いた場所。
だけど、ちゃんと冒険者として歩いたことはほとんどない。
「故郷の森を冒険するのも面白そう。」
なんだか楽しみになってきた。
私は部屋へ戻り、ウィザード服に着替える。
装備を確認。忘れ物もなし。
「よし。」
初めて『冒険者のアイラ』として、故郷の森を歩いてみよう。
私は家を出ると、サジタリウスの外へ向かって歩き出した。




