一人前の冒険者②
「ネネさん、お世話になりました。」
最初に挨拶をするのはネネさん。
この街に来て、初めて名前を知った人。
初めて一人で宿に泊まった私にいつも親切にしてくれて。
困った時には私の味方になってくれた。
たった一カ月なのに、本当にたくさんお世話になった。
「冒険者が嫌になったら、いつでもうちの看板娘として働いておくれ。」
「考えておきます。」
はっきりノーとは言わない。
だけど、しっかりお断りする。
これが魂の故郷で身につけた断り方である。
角を立てずに拒絶することが可能なのだ。
「そうかい。アイラなら私の養子にしてもいいんだけどねぇ。」
「あはは……。」
それはさすがに無理だけど。
そこまで私のことを好きになってくれたことは素直に嬉しい。
しばらく別の街で活動することは、もうネネさんにも伝えてある。
だから本当に、今日でしばらくお別れだ。
「どうせ続けるなら、世界で一番の冒険者になって、この街まで名前を轟かせておくれよ。」
「世界で一番はちょっと……。」
「いいじゃないか。」
ネネさんの大きな手が私の頭に乗った。
ぽん、ぽん。
いつものように優しく撫でてくれる。
「そうしたら私も安心だから。」
「……っ。」
駄目だ。
それはずるい。
これ以上ネネさんの話を聞いていたら絶対に泣く。
「それじゃあ、行ってきます!」
「ああ。気を付けて行っといで。」
私は逃げるように宿を飛び出した。
それでも振り返って。
笑顔で大きく手を振る。
ネネさんも宿の入り口から手を振り返してくれた。
こうして私は、一カ月お世話になった宿から旅立った。
次に会いに行くのはルカさんだ。
いつもの露店街まで歩いていくと、見慣れた強面が見えてきた。
「ルーカさん、今日も相変わらず怖い顔してる~?」
「アイラ、テメェぶっ飛ばすぞ!」
絶対嘘だ。
声は怖いけど、笑うのを堪えてるのが丸分かりだもん。
「おい、ルカ。お前、怒れてないぞ。」
「口元緩んでるぞ~。」
周りのおじさんたちも早速茶々を入れ始めた。
「うるせぇぞ! テメェら!!」
今のは本当に怒ってる。
「ふふっ。」
このやり取りも、すっかり見慣れてしまった。
「んで。」
ルカさんは大きくため息を吐く。
「今日からしばらく来れなくなるのか?」
急に声が少しだけ静かになった。
「うん。一カ月に一回は家に帰って来いって言われてて。」
「そういや言ってたな。」
「ちょうどいいから、そのまま別の街も回ってみようかなって。」
「……そうか。」
ルカさんは露店に並んでいる商品を触りながら答える。
こっちを見ようとしない。
嫌われたわけじゃない。
多分これは、ルカさんなりに寂しいと思ってくれているんだろう。
そう考えると。
「……。」
なんだか可愛い。
「なんだよ。」
「なんでもなーい。」
「変な奴だな。」
少しして、ルカさんがようやくこちらを見た。
「またこの街に来たら、絶対この店に寄れよ。」
「当たり前じゃん。」
そんなこと言われるまでもない。
「この街にいる時は、ルカさんの店にしか卸さないよ。」
「……へぇ。そうかい。」
いや、だから。顔赤くして笑っちゃってるから。
全然威厳を保ててないから。
「ルカ~。お前、その顔でそれは無理だって。」
「ニヤけてんぞ~。」
「本当にぶっ殺してやろうか!!」
「あはは!」
またいつもの光景だ。
でも、このやり取りもしばらく見られない。
そう思うと急に名残惜しくなった。
「ルカさん。」
「なんだ?」
私は改めて頭を下げる。
「本当にお世話になりました。」
初めて素材を売った時。
私が盗品を疑われないように忠告してくれた。
危険な事件が起きていると教えてくれた。
そして娘に渡すはずだった大切な『冒険者のお守り』まで私にくれた。
「何言ってんだ。」
ルカさんはそっぽを向いた。
「俺が勝手にやったことだ。」
何でもないことみたいに言ってるつもりなんだろうけど、全然隠せてないよ。
本当に良い人に出会えた。
「じゃあ私も勝手にまた来るねー!」
「おう。」
「おじさんたちも、またねー!」
「元気でな、アイラちゃん!」
「怪我すんなよー!」
これ以上ここにいたら、私まで恥ずかしくなりそうだ。
私は手を振りながら走ってその場を離れた。
振り返る。
ルカさんも周りのおじさんたちも私の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振って送り出してくれた。
最後はセリーちゃん。
パーティを解消してからも、だいたい週に一回くらいのペースで遊んでいた。
一日中というわけじゃない。
お互いに仕事や狩りを終えた後。
お昼から夕方くらいまで一緒に過ごす。
喫茶店へ行ったり、露店を巡ったり、買い物をしたり。
それだけでも楽しかった。
前世でも放課後、友達とゲームセンターへ行ったり、カラオケへ行ったりしていた。
今思えば。
「もしかしたら私、あの頃に失った青春を取り戻してるのかも。」
そんな気がする。
待ち合わせ場所は、もちろんいつものところ。
そして今日も。
「やっぱり先にいる。」
セリーちゃんは私より早く来ていた。
「セリーちゃん、来るの早いよ。」
「アイラちゃんがお寝坊さんなんじゃないの?」
「うっ。」
これは事実なので強く否定できない。
「最後くらい私に花を持たせてくれてもいいのに。」
「えぇ~?」
セリーちゃんが口元に手を当てる。
「最後ってことは、もう会ってくれないの?」
「え?」
「アイラちゃんが私と会ってくれなくなる~。え~ん。」
「また嘘泣きか、この~!」
最近このパターン多い!
仕返しに脇腹をくすぐってやる。
「こちょこちょこちょ。」
「あははははは! ご、ごめん! アイラちゃん、やめて! あははははは!」
「ダメ。許さないから。」
「ごめんなさい! あはははは!」
しばらく二人でじゃれ合う。
通りかかった人に微笑ましそうに笑われて、ようやく恥ずかしくなってやめた。
「もう、セリーちゃんのせいだからね。」
「アイラちゃんからくすぐったのに。」
「原因を作ったのはセリーちゃんですー。」
「ふふっ。」
また二人で笑う。
少しして。
「アイラちゃんって、おとぎ話の『勇者』様みたいだったよ。」
「……え?」
突然、セリーちゃんが不思議なことを言い出した。
勇者? いやいや。
『勇者』っていうのは、女神ガイアが世界や種の危機に直面した時に直接加護を与えた存在のことで。
前世の知識をフル活用して脳内で突っ込みを入れる。
もちろん全部、虚しく消えていく。
「いやいや、私なんかが勇者になれるわけないでしょ。」
これは本心だ。そもそも私が目指しているものとは正反対である。
「そうかなぁ?」
「そうだよぉ?」
顔を見合わせる。
ぷっ。
どちらからともなく笑ってしまった。
「でも、ね。」
セリーちゃんが私に背を向ける。
そして空を見上げた。
「アイラちゃんには、私がいる場所にも聞こえてくるくらい有名になってほしいな。」
「え……?」
そこまでは私も望んでいない。
むしろ当初の目標に真っ向から反している。
私は静かに平穏に幸せに暮らしたい。
「そしたらね。」
セリーちゃんが振り返る。
「私は皆に自慢するんだ。」
満面の笑み。
「私が、アイラちゃんの初めての冒険仲間だって。」
「……っ。」
言葉に詰まった。
そんなことを言われたら。
ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。
有名になるのも悪くないかもしれないと思ってしまった。
これからも、できれば目立ちたくない。
英雄になんてなりたくない。
サモナーになったら、後は本当の力を隠してのんびり余生を過ごすつもりでいる。
でも、もし本当に力を隠せなくなった時は。
「……。」
その時くらい、思いっきり暴れてもいいのかもしれない。
その結果、英雄として祭り上げられそうになったら。
どこかの山奥にでも逃げて隠遁すればいい。
そういう選択肢だって――。
「って、ちょちょちょちょちょい!」
「え、どうしたの?」
危ない!危うく流されるところだった!
私の目標はあくまで静かで平穏に暮らすこと!
何かちょっといい感じの空気に騙されるところだった。
「私、有名になんてならないから!」
「そっかぁ。残念~。」
セリーちゃんはのほほんと笑っている。
今はこんな顔してるけど。
さっきのはかなり策士だったよね?
本当に油断も隙もない子だ。
「それじゃあ、アイラちゃん。」
セリーちゃんが一歩近づく。
ぎゅっと私に抱き着いた。
「……。」
一瞬驚いたけど、すぐに私も腕を回す。
「気を付けてね。」
「うん。セリーちゃんもね。」
「うん。」
次に会えるのはいつになるかは分からない。
私もいろんな街へ行く。
セリーちゃんだって、いつか世界中の素材を探しに旅立つ。
それでも私たちはずっと友達だ。
私はもう一度だけセリーちゃんを強く抱きしめてから、ゆっくりと腕を離した。




