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幕間 小さな勇者様

「きゃ――んんん!?」

まだ朝も早く、冒険者たちがほとんど動き出していない時間。

いつもの待ち合わせ場所でアイラちゃんを待っていた私は、突然後ろから複数の男たちに襲われた。

「んー! んんー!?」

口を強く押さえつけられて、声が出せない。

必死に手足を動かして抵抗する。

だけど多勢に無勢だった。

「暴れんな!」

「んんっ!」

ドンッと地面に押さえつけられる。

その拍子に、いつも付けていたお気に入りのカチューシャが頭から外れた。

地面に落ちる。

「っ……。」

拾いたいけど腕を押さえつけられていて、手を伸ばすことすらできなかった。

そのまま目隠しをされる。

猿轡を噛まされる。

最後には両手までロープで縛られた。

何も見えない。何も言えない。逃げることもできない。

「『ポータル』を出していいぞ。」

私を押さえつけている男が言った。

目隠しの向こう側に、青白い光がぼんやりと浮かぶ。

「んんっ……!」

嫌だ。必死に体を捩る。

だけど誰も助けてくれない。

まだ人通りが少ない時間だ。

きっと、誰にも見つけてもらえなかった。

何も分からないまま私は青白い光の中へ連れ去られた。


「んっ!」

転送が終わった直後、乱暴に地面へ転がされた。

ガチャンと鉄格子のような音がする。

鍵を閉められた?

状況は未だに分からない。

ただ、どこかの牢屋に閉じ込められたことだけは理解できた。

「お嬢ちゃん、突然のことで混乱してるよな?」

誰かが私に話しかけてきた。

声が妙に反響している。

ここは洞窟か何かの中?

「うぅ……。」

何をされるか分からない。

下手に逆らって相手の機嫌を損ねるのは怖かった。

喋ることはできないので、小さく首を縦に振る。

「へぇ、物分かりが良い娘は好きだぜ。」

「……。」

誘拐犯に好かれても嬉しくない。

心の中ではそう思ったけど、態度には出さなかった。

「お前はこれから変態に売られるんだよ。」

「……っ!」

ぞくり。

背筋が一気に冷たくなった。

聞いたことがある。

最近、魔導都市レオでは私と同じくらいの年齢の女性が何人も行方不明になっている。

それに表では絶対に扱えないような物が売買される闇市では、人間まで商品として売られているという話も。

――それをしているのが、この人たち?

急に呼吸が苦しくなった。

状況は、思っていた以上に絶望的だ。

人目につく街中から私を攫って、その場ですぐに『ポータル』を使った。

こんなことを平然とやっているということは、きっと簡単には足がつかない自信があるのだろう。

何とか彼らと話をして情報を引き出せないだろうか?

そう考えたけど猿轡のせいで喋ることすらできない。

人数さえも目隠しをされていて、数えることができない。

場所も人数も逃げ道も分からない。

私はただ、どこかへ売られていくのを待つだけの子羊だった。


どれくらい時間が経ったのか分からない。

男たちは少し離れたところで、ずっと楽しそうに話していた。

そんな時だった。

「あの貴族の銀髪チビの方が高く売れそうだったが、こっちも悪くないな。」

「……?」

銀髪。チビ。貴族?

誰のことを言っているのかは分からない。

分からないはずなのに。

頭の中に、一人の女の子の顔が浮かんだ。

――アイラちゃん?

まさかこいつらアイラちゃんのことまで狙ってるの?

「……っ!」

嫌だ。それだけは絶対に嫌だ!

こんな奴らに私の大切な友達までくれてやるもんか!

さっきまで恐怖で震えていた体が、今度は怒りで熱くなっていく。

もし本当に狙われているなら――。

「この間のパーティの女も悪くなかったけど、俺はこういう子の方が好みだなぁ。」

「……。」

思考が止まる。

「できるだけ泣き叫んでくれると嬉しいな♪」

自分の置かれている状況を思い出した。

怒りなんて一瞬で消えた。

私、これから、この人たちに――?

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

「んんん!! ん~~~っ!」

必死に暴れた。

助けてって叫んだ。

猿轡のせいで声にならなくても、それでも叫び続けた。

怖い。男たちの笑い声が、恐ろしいモンスターの鳴き声みたいに聞こえる。

誰でもいい。お願い。

『誰か助けて!!』

その時だった。

ゴン!

「がっ――!?」

鈍い音。

続いて、男の小さな悲鳴が聞こえた。


「……んん?」

何が起きたの?仲間割れでもした?

「おい、どうした……?」

周りの男たちまで困惑している。

違う。仲間割れじゃない。

「おい、気を付けろ。何かいるぞ! 『ライト』しろ!!」

――何かいる?

もしかして助けが来たの?

分からない。まだ目隠しをされている。

目隠しの向こう側に『ライト』の光だけがぼんやりと映った。

「どこだ!?」

「何もいねぇぞ!」

男たちの焦った声が聞こえる。

そして。

「がっ!」

一人。

「ぐえ!」

また一人。

「ぎゃあ!」

「うあっ!」

次々と悲鳴が上がる。

足音が減っていく。

何が起きているのか、私には全然分からない。

見えない誰かが男たちを次々に倒している。

逃げようとする声も聞こえた。

何かの魔法を使おうとして、それを邪魔されたような声も。

そして、しばらくすると静かになった。

「……。」

さっきまであれだけ騒いでいた男たちの声が、一つも聞こえない。

全員倒されたの?

震えながら待っていると、突然猿轡が外された。

「……っ。」

続いて両手の拘束。

最後に目隠しまで解かれる。

「いったい、何が……?」

周囲を見る。

男たちは全員、地面に倒れていた。

だけど私を助けてくれたはずの人がいない。

「……?」

確かに誰かがいるはずなのに。

その時、何もない空間から、初心者用の大きなケープが突然現れた。

「え……?」

そして、それが私の肩へそっと掛けられる。

破られてしまった服。

必死に隠していた肌。

それを見えないように覆ってくれた。

前も丁寧に結んでくれる。

――この人、優しい。

「……?」

だけど、何か変。

ケープを掛けてくれている位置が、思ったより低い。

この人、私より小さい?

私は同年代の女の子と比べても背が高い方じゃない。

それなのに、この見えない人は、私よりさらに小さいように感じた。

「ありがとうございます……?」

何も見えない場所へ向かってお礼を言うけど震えが止まらない。

助かった。もう大丈夫。

頭では分かっているのに体が全然言うことを聞いてくれない。

せっかく助けてもらったのに怖がっていると思われたら失礼だ。

私は何とか震えを抑えようと、両腕に力を込めた。その時、

「……っ。」

突然、誰かに抱きしめられた。

姿は見えないけど確かにそこにいる。

抱きしめてくる腕の位置。この大きさ。

私がよく知っている女の子とあまりにも似ていた。


その後は、騎士団の人たちが助けに来てくれた。

後から聞いた話では、騎士団は元々、今回の連続失踪事件を追っていたらしい。

「……。」

それを聞いた時、改めて怖くなった。

もし、あの人が来てくれなかったら。

私はどうなっていたんだろう。

売られていた?殺されていた?

それとも今もどこかで行方不明のままだった?

「私が助かったのって……奇跡だったんだね。」

誘拐されたこと自体は不運だった。

でも、あそこから助けてもらえたことは、きっと、とんでもなく幸運だった。


あれから、ずっと考えていた。

洞穴で私を助けてくれたのは、いったい誰だったのか。

姿は見えなかった。

だけど、その背丈は私がよく知っている人物と一致していた。

極めつけは、宿の部屋でアイラちゃんが私を抱きしめてくれた時のことだ。

あの時に感じた体の大きさ。

抱きしめられた時の腕の位置。

どれも洞穴で私を抱きしめてくれた誰かと、とてもよく似ていた。

本人はまるで何も知らないみたいな顔をしていたけど。

「……。」

アイラちゃん、さすがにバレバレすぎるよ。

思い返せば初めて一緒に冒険した時から、おかしいところはいくらでもあった。

私より後に冒険者になったはずなのに魔法の威力がおかしい。

何度も何度も魔法を使っているのに、全然苦しそうにしない。

普通なら、あれだけ魔法を使ったら休憩が必要なはずなのに一度もそんな素振りを見せなかった。

妙に質の良い素材を持ち帰っていたり魔法を誰も思いつかないような使い方に応用してみたり。

街で噂だった『天使様』のように可愛らしい女の子。

仲良くなりたいと思った私の最初のパーティメンバー。

彼女は本当に天使様だったのかもしれない。


だからこそ悔しかった。

私がアイラちゃんの足手まといになることが悲しかった。

もっと一緒に色んなところへ行きたかった。

でも私じゃ、きっとアイラちゃんと実力が違いすぎて一緒に歩けない。

アイラちゃんは私といると、全力を出せない。

私がいるせいで、力を隠してしまう。それは嫌だった。

だってあれだけの力があって、あんなに優しいんだから。

その力はきっと私なんか一人のためだけじゃなくて困っているもっとたくさんの人のために使える。

だから私はパーティを解消してほしいとお願いした。

でも、本当は寂しかったよ。

アイラちゃんに、『パーティ解消しても、友達?』なんて聞かれた時はあまりにも可愛くて、思わず笑っちゃったけど。

『もちろん、ずっと友達だよ。』

そんなの、決まってる。

きっとこれからもアイラちゃんはバレバレな嘘をつきながら困っている人を見つけたら、放っておけずに助けるのだろう。

いつか有名になって、勇者と呼ばれたとしても初めて一緒に冒険したのは私だ。

「ふふっ。」

それくらいは私だけの自慢にしてもいいよね。

いつかあなたの名前が、私のいる場所まで聞こえてくるくらい有名になった時。

私はきっと皆に自慢する。

『あの小さな勇者様と最初に冒険したのは、私なんだよ』って。

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