それぞれの道へ⑥
◇
「アイラちゃん、アイラちゃーん。」
「んぁ……。」
ゆさゆさと体を揺らされて、意識が少しずつ浮かび上がってくる。
だけどまだ眠いのでもう少し寝かせておいてくれないかな。
「あと五分……。」
「ダメ。はい、起きましょ~。」
とっても押しが強い。
これは許してもらえなさそうなので、何とか上半身を起こす。
でも全然目が開かない。
こっくり、こっくり。何度も頭が前に落ちる。
「もう、しょうがないなぁ。」
そう言うと何かを手に取る音がした。
「ちょっと荒療治だけど。」
ぴと。
「~~~~~っ!!」
冷たっ!
何か冷たいものが顔に押し付けられて、意識が一瞬で覚醒した。
「な、なに!?」
慌てて目を開く。
目の前には濡れた布を持ったセリーちゃんがいた。
「あ、おはよう。」
「……おはよう。」
どうやら井戸水で濡らした布を、そのまま私の顔に押し付けたらしい。
「……。」
これはさすがにやりすぎだと思う。
しかも。してやった!みたいな顔をしている。
「セリーちゃん。」
「な、なに?」
私は無言で両手を伸ばした。
むにっ。
「いひゃひゃひゃひゃ!」
両頬を抓って横へ引っ張る。
「ひゃめへ~!」
「自業自得です。」
「ごめんってば~。」
「だめ。」
謝ってきても、すぐには許してあげない。
私は頬を掴んでいた手を離して、ぷいっとそっぽを向いた。
「早く朝ご飯、一緒に食べたかったの!」
「……。」
それを言われると弱い。
さっきまでは悪戯っ子に怒っていたけど、どうでもよくなってしまった。
だけど一応ポーズだけは崩さない。
「反省してる?」
「してる、した! 反省した!」
「……本当に?」
「本当本当!」
セリーちゃんの反応が軽いのだけが気になったけど、もう十分定番の流れはした。
「じゃあ許してあげる。」
「ありがとう、アイラちゃん。」
「その代わり、セリーちゃんがお水係。」
「はーい。降りてくる時、鍵閉めてきてね。」
「分かった。」
私に部屋の鍵を渡すと、セリーちゃんはパタパタと水を汲みに行った。
こっちはまだ寝間着のまま。
季節は秋の早朝。このままでは絶対に寒い。
着替えるのは少し面倒なので、籠の中の荷物を漁る。
中からローブだけ取り出すと寝間着の上から羽織った。
「よし、これで大丈夫。」
部屋の鍵を閉めてから、一階の食堂へ降りる。
「女将さん、おはようございます。」
「あぁ、小さい嬢ちゃん。おはよう。」
「……。」
この人もそっち系だった。
「これから大きくなります。」
むっとした顔で言い返しておく。
「あはは、そりゃ楽しみだ。」
全く失礼しちゃう。
朝ご飯は固いパンとスープ。
それに、半分に切られたコーンだった。
「いただきます。」
二人で手を合わせて食べ始める。
まずはコーンを一口。
「ん、おいしい。」
前世で食べたものほど甘くはない。
それでも瑞々しくて、噛むたびにぷちぷちとした食感がある。
問題はパンだ。
今日も今日とて固い。
そのままでは噛み切れないので、いつものようにスープへ浸す。
「……。」
「……。」
何か話そうにも、口の中のパンが無くならない。
お互いにもっもっと口を動かすばかりだ。
それがおかしくて、目が合うたびに少し笑った。
先に最後の一欠片を飲み込んだセリーちゃんが口を開く。
「アイラちゃん、今日はどうするの?」
私も口の中に残ったパンを一生懸命噛む。
ごくん。
「久しぶりに冒険者ギルドへ行ってみるつもり。」
「依頼探し?」
「うん。受けられそうなのがあったら挑戦してみようかなって。」
名声を稼ぐためには、人目につく仕事をできるだけ受ける。
昨日考えた、今後の方針の一つだ。
「そっか。」
「セリーちゃんは?」
「私は今日はマーチャントギルドのお手伝いをしてくるね。」
「お手伝いって何をするの?」
興味が湧いたので詳しく聞くと、それは日雇いのような仕事らしい。
『カート』に荷物を積んで、指定された場所まで運ぶ。
距離や量によって報酬が決まる出来高制。
「へぇ~、そんな仕事もあるんだ。」
ゲームには存在しなかった。
でも、この世界で実際に人が生活している以上、そういう仕事があるのも当然だよね。
「セリーちゃんならいっぱい運べそう。」
あんなに重そうな斧を軽々振り回しているのだから、荷物運びくらいなら問題なさそうだ。
「ふふ、いっぱい稼いでくるよ。」
「頑張ってね。」
「うん!」
ごくん。
最後のスープを飲み切る。
「ごちそうさまでした。」
二人で自分のお盆を片付けた。
その後は歯を磨いて、部屋へ戻る。
他愛のない話をしながら、それぞれ朝の準備を進めていく。
昨日から散々、パーティ解消の話はした。
もうしんみりする必要はない。
今日からは、お互いに自分のやりたいことをやる。それだけ。
「アイラちゃん。」
「ん?」
着替えをまとめていると、セリーちゃんが何かを差し出してきた。
「これ、受け取って。」
「……なにこれ?」
手渡されたのは、動物の尻尾を模したアクセサリーだった。
手触りがものすごく良い。
前世の観光地のお土産屋なんかで見かけた尻尾のキーホルダーに少し似ている。
「これ、私の家の商品なんだ。」
どこかで見たことあると思ったら、これ、どう見ても『仙狐』の尻尾じゃん。
仙狐は二次職のパーティが挑むような狩場にいるモンスターだ。
当然、その毛皮だって簡単に手に入るものじゃない。
これの取引価格がいくらするのかは分からない。
でも、下手したらこれ一つで半年くらい宿に泊まれるんじゃない?
「ダメだって! 絶対すごく高いでしょ、これ!」
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃない!」
「受け取って。」
「さすがに無理!」
何度も拒否した。だけどセリーちゃんの方が上手だった。
「私の大切な友達にあげるための物なんだけどな~。」
「うっ。」
友達を言う言葉を巧みに利用して。
「もしかして受け取ってくれないのかな~。」
「……。」
「あ、もしかして友達だと思ってたのは私だけなのかな~。」
「それはずるい!」
罪悪感に訴えかけてくる友達にどんどん追い詰められていく。
「えーん。」
最後には明らかな嘘泣きまで始めた。
「分かった! 分かったから!」
結局、こうして私が折れた。
「やった。私の勝ち。」
「もう……。」
セリーちゃんって、結構いい性格してると思う。
でも手の中にある柔らかな尻尾を見る。
「……ありがとう。」
「うん。」
セリーちゃんから始めて貰ったプレゼント。
いささか高すぎる気もするけど大切にしよう。
「これ、渡してきたからには私が何を返してもちゃんと受け取ってよ。」
「う~ん。本当に良いんだけど。」
「絶対ダメ。」
「じゃあ……。」
セリーちゃんが少し考える。
「同じくらいの価値までなら受け取る。それより高いものは受け取らないよ。」
「……分かった。」
この辺が落としどころだよね。
お互いに納得できる条件が出たので、これ以上は粘らないことにした。
そろそろ出かける時間だ。
昨日からずっと一緒にいたから、今日の別れは特別に名残惜しい。
「また遊んでくれる?」
「もちろん。」
セリーちゃんが笑う。
「アイラちゃんも、私のこと無視しないでね。」
「しないよ!」
そんなこと友達にするわけない。
荷物をまとめて、二人一緒に一階へ降りる。
女将さんへ改めてお礼を伝えて、宿の外へ出た。
朝の空気が少し冷たい。
セリーちゃんとは、ここで別れる。
「それじゃあ、セリーちゃん。」
「うん、アイラちゃん。」
少しだけ間があった。
でも、どちらからともなく笑う。
「「またね!」」
同時だった。
私はセリーちゃんに背を向けて、ネネさんの宿へ歩き出す。
少し進んでから、一度だけ振り返った。
セリーちゃんもこちらを見ていて、大きく手を振っている。
私も手を振り返した。
ああ、ガイア様。私の大切な友達に、どうか素敵な加護を与えてください。




