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それぞれの道へ⑥

「アイラちゃん、アイラちゃーん。」

「んぁ……。」

ゆさゆさと体を揺らされて、意識が少しずつ浮かび上がってくる。

だけどまだ眠いのでもう少し寝かせておいてくれないかな。

「あと五分……。」

「ダメ。はい、起きましょ~。」

とっても押しが強い。

これは許してもらえなさそうなので、何とか上半身を起こす。

でも全然目が開かない。

こっくり、こっくり。何度も頭が前に落ちる。

「もう、しょうがないなぁ。」

そう言うと何かを手に取る音がした。

「ちょっと荒療治だけど。」

ぴと。

「~~~~~っ!!」

冷たっ!

何か冷たいものが顔に押し付けられて、意識が一瞬で覚醒した。

「な、なに!?」

慌てて目を開く。

目の前には濡れた布を持ったセリーちゃんがいた。

「あ、おはよう。」

「……おはよう。」

どうやら井戸水で濡らした布を、そのまま私の顔に押し付けたらしい。

「……。」

これはさすがにやりすぎだと思う。

しかも。してやった!みたいな顔をしている。

「セリーちゃん。」

「な、なに?」

私は無言で両手を伸ばした。

むにっ。

「いひゃひゃひゃひゃ!」

両頬を抓って横へ引っ張る。

「ひゃめへ~!」

「自業自得です。」

「ごめんってば~。」

「だめ。」

謝ってきても、すぐには許してあげない。

私は頬を掴んでいた手を離して、ぷいっとそっぽを向いた。

「早く朝ご飯、一緒に食べたかったの!」

「……。」

それを言われると弱い。

さっきまでは悪戯っ子に怒っていたけど、どうでもよくなってしまった。

だけど一応ポーズだけは崩さない。

「反省してる?」

「してる、した! 反省した!」

「……本当に?」

「本当本当!」

セリーちゃんの反応が軽いのだけが気になったけど、もう十分定番の流れはした。

「じゃあ許してあげる。」

「ありがとう、アイラちゃん。」

「その代わり、セリーちゃんがお水係。」

「はーい。降りてくる時、鍵閉めてきてね。」

「分かった。」

私に部屋の鍵を渡すと、セリーちゃんはパタパタと水を汲みに行った。

こっちはまだ寝間着のまま。

季節は秋の早朝。このままでは絶対に寒い。

着替えるのは少し面倒なので、籠の中の荷物を漁る。

中からローブだけ取り出すと寝間着の上から羽織った。

「よし、これで大丈夫。」

部屋の鍵を閉めてから、一階の食堂へ降りる。

「女将さん、おはようございます。」

「あぁ、小さい嬢ちゃん。おはよう。」

「……。」

この人もそっち系だった。

「これから大きくなります。」

むっとした顔で言い返しておく。

「あはは、そりゃ楽しみだ。」

全く失礼しちゃう。


朝ご飯は固いパンとスープ。

それに、半分に切られたコーンだった。

「いただきます。」

二人で手を合わせて食べ始める。

まずはコーンを一口。

「ん、おいしい。」

前世で食べたものほど甘くはない。

それでも瑞々しくて、噛むたびにぷちぷちとした食感がある。

問題はパンだ。

今日も今日とて固い。

そのままでは噛み切れないので、いつものようにスープへ浸す。

「……。」

「……。」

何か話そうにも、口の中のパンが無くならない。

お互いにもっもっと口を動かすばかりだ。

それがおかしくて、目が合うたびに少し笑った。

先に最後の一欠片を飲み込んだセリーちゃんが口を開く。

「アイラちゃん、今日はどうするの?」

私も口の中に残ったパンを一生懸命噛む。

ごくん。

「久しぶりに冒険者ギルドへ行ってみるつもり。」

「依頼探し?」

「うん。受けられそうなのがあったら挑戦してみようかなって。」

名声を稼ぐためには、人目につく仕事をできるだけ受ける。

昨日考えた、今後の方針の一つだ。

「そっか。」

「セリーちゃんは?」

「私は今日はマーチャントギルドのお手伝いをしてくるね。」

「お手伝いって何をするの?」

興味が湧いたので詳しく聞くと、それは日雇いのような仕事らしい。

『カート』に荷物を積んで、指定された場所まで運ぶ。

距離や量によって報酬が決まる出来高制。

「へぇ~、そんな仕事もあるんだ。」

ゲームには存在しなかった。

でも、この世界で実際に人が生活している以上、そういう仕事があるのも当然だよね。

「セリーちゃんならいっぱい運べそう。」

あんなに重そうな斧を軽々振り回しているのだから、荷物運びくらいなら問題なさそうだ。

「ふふ、いっぱい稼いでくるよ。」

「頑張ってね。」

「うん!」


ごくん。

最後のスープを飲み切る。

「ごちそうさまでした。」

二人で自分のお盆を片付けた。

その後は歯を磨いて、部屋へ戻る。

他愛のない話をしながら、それぞれ朝の準備を進めていく。

昨日から散々、パーティ解消の話はした。

もうしんみりする必要はない。

今日からは、お互いに自分のやりたいことをやる。それだけ。

「アイラちゃん。」

「ん?」

着替えをまとめていると、セリーちゃんが何かを差し出してきた。

「これ、受け取って。」

「……なにこれ?」

手渡されたのは、動物の尻尾を模したアクセサリーだった。

手触りがものすごく良い。

前世の観光地のお土産屋なんかで見かけた尻尾のキーホルダーに少し似ている。

「これ、私の家の商品なんだ。」

どこかで見たことあると思ったら、これ、どう見ても『仙狐』の尻尾じゃん。

仙狐は二次職のパーティが挑むような狩場にいるモンスターだ。

当然、その毛皮だって簡単に手に入るものじゃない。

これの取引価格がいくらするのかは分からない。

でも、下手したらこれ一つで半年くらい宿に泊まれるんじゃない?

「ダメだって! 絶対すごく高いでしょ、これ!」

「大丈夫だよ。」

「大丈夫じゃない!」

「受け取って。」

「さすがに無理!」

何度も拒否した。だけどセリーちゃんの方が上手だった。

「私の大切な友達にあげるための物なんだけどな~。」

「うっ。」

友達を言う言葉を巧みに利用して。

「もしかして受け取ってくれないのかな~。」

「……。」

「あ、もしかして友達だと思ってたのは私だけなのかな~。」

「それはずるい!」

罪悪感に訴えかけてくる友達にどんどん追い詰められていく。

「えーん。」

最後には明らかな嘘泣きまで始めた。

「分かった! 分かったから!」

結局、こうして私が折れた。

「やった。私の勝ち。」

「もう……。」

セリーちゃんって、結構いい性格してると思う。

でも手の中にある柔らかな尻尾を見る。

「……ありがとう。」

「うん。」

セリーちゃんから始めて貰ったプレゼント。

いささか高すぎる気もするけど大切にしよう。

「これ、渡してきたからには私が何を返してもちゃんと受け取ってよ。」

「う~ん。本当に良いんだけど。」

「絶対ダメ。」

「じゃあ……。」

セリーちゃんが少し考える。

「同じくらいの価値までなら受け取る。それより高いものは受け取らないよ。」

「……分かった。」

この辺が落としどころだよね。

お互いに納得できる条件が出たので、これ以上は粘らないことにした。


そろそろ出かける時間だ。

昨日からずっと一緒にいたから、今日の別れは特別に名残惜しい。

「また遊んでくれる?」

「もちろん。」

セリーちゃんが笑う。

「アイラちゃんも、私のこと無視しないでね。」

「しないよ!」

そんなこと友達にするわけない。

荷物をまとめて、二人一緒に一階へ降りる。

女将さんへ改めてお礼を伝えて、宿の外へ出た。

朝の空気が少し冷たい。

セリーちゃんとは、ここで別れる。

「それじゃあ、セリーちゃん。」

「うん、アイラちゃん。」

少しだけ間があった。

でも、どちらからともなく笑う。

「「またね!」」

同時だった。

私はセリーちゃんに背を向けて、ネネさんの宿へ歩き出す。

少し進んでから、一度だけ振り返った。

セリーちゃんもこちらを見ていて、大きく手を振っている。

私も手を振り返した。

ああ、ガイア様。私の大切な友達に、どうか素敵な加護を与えてください。

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