それぞれの道へ⑤
宿に着くと、『ライト』を解除してから部屋に戻る。
扉の鍵をしっかり閉めてから、持ってきた荷物をまとめて部屋の隅にある籠へ入れた。
「この部屋、ちょっと寒いね。」
お風呂でしっかり温まったせいか、部屋の空気が余計に冷たく感じる。
せっかく温まったのに、寝るまでに湯冷めしたらもったいない。
私はさっきよりも光を強く、そして熱も少し強めるように意識して『ライト』を出した。
小さな光の球をベッドの上に浮かべる。
暖かい空気が少しずつ部屋に広がっていった。
「アイラちゃん、いつもこんなことしてるの?」
「うん。スキルの練習にもなっていいよ。」
セリーちゃんが興味深そうに『ライト』へ手を近づける。
「わ、本当に温かい。」
「あんまり近づけると危ないから気を付けてね。」
「はーい。」
セリーちゃんはもう一度手を翳して、じんわりとした熱を確かめている。
「へぇ~……。」
しばらく眺めた後。
「アイラちゃんのこと、ずるいなって初めて思ったかも。」
「ずるいって何。」
その表現がおかしくて、思わずケラケラ笑ってしまった。
「だって、冬でも部屋を温かくできるんだよ?」
「便利だよね。私も冬が楽しみなのは初めて。」
この世界の冬は寒さも、食料も厳しくなる。
「私の部屋なんて寒かったら布団に包まるしかないもん。」
「じゃあセリーちゃんも、こういう魔道具を作って売る商人になったら?」
「え?」
冗談半分のつもりだった。
でも、考えてみれば悪くないのかも。
暖かい空気を作る魔道具。
冷たい空気を作る魔道具。
昼間みたいに飲み物を冷やすものだって作れるかもしれない。
前世では当たり前に会ったものが、この世界で商品化できたなら、人々の暮らしにきっと役立つ。
「……いいの?」
「ん?」
質問の意味が分からず、首を傾げた。
「そのアイディアを使って商品にしたら、アイラちゃんがお金持ちになれるかもしれないのに。」
「あぁ、そういうこと。」
言われて初めて気付いた。
そういう発想もあるのか。
でも、お金持ちになることが私の人生の目標じゃない。
もちろんお金はあった方が良いよ?
でも生活に困らないくらいのお金があって、好きなものをたまに買える。
そんな風に暮らせればそれでいい。
それに前世で賢い人たちが必死で考えた技術でお金儲けするのも気が引ける。
「うん、いいよ。」
「本当に?」
「うん。それが上手くいったら、私にも一個譲ってね。」
「そんなの、タダであげるよ。」
「お金は払うよ~。」
「いらないよ~。」
また始まった。
昼間の宿代と同じような攻防に、二人で笑ってしまう。
でも、セリーちゃんが何か新しいことを始めるきっかけになれたなら嬉しい。
彼女は自分で集めた良いものを必要としている人へ届けたいと言っていた。
このアイディアだって、きっと上手く使ってくれると思う。
それにもしセリーちゃんのアイディアや商品を悪い人が利用しようとしたら。
その時は私が守ってあげられるくらい強くなればいい。
そのためにも、まずは名声を積まないとね。
「そろそろ寝ようか。」
「うん。」
部屋も十分に温まった。
これなら気持ちよく眠れそうだ。
私は浮かべていた『ライト』を消す。
光が消えると、部屋は一気に暗くなった。
窓から入る月明かりだけが、薄っすらと室内を照らしている。
「アイラちゃんは壁側に寝て?」
「分かった。」
靴を脱いで、言われた通り壁側へ寝転がる。
少ししてセリーちゃんも隣に入ってきた。
二人で一枚の布団を掛ける。
「……。」
「……。」
不思議な沈黙が流れた。
さっきまではあんなにいっぱい話していたのに。
いざ同じベッドで横になると、何を話せばいいのか分からなくなる。
私には、セリーちゃんに聞きたいことがいくつかあった。
昨日、本当に大丈夫だったのか。
パーティを解消すると決めた時、どんなことを考えていたのか。
でも、これは聞かない方がいいよね。
そう思って一つずつ飲み込んでいくと、結局何も言えなくなった。
隣を見る。
セリーちゃんも何かを言おうとして。
「……。」
口を閉じる。
少しして、またこちらを見る。
そして、また止める。
多分、セリーちゃんにも私に聞きたいことがあるんだと思う。
だけど、どちらも聞けないまま、静かな時間だけが過ぎていった。
「……セリーちゃん。」
「ん?」
「手、繋いで寝ていい?」
言ってから少し恥ずかしくなった。
子供っぽい。
十二歳なんだから前世の感覚では子供で間違いないんだけど。
この世界では成人済みだし、中身の年齢を考えると余計に恥ずかしい。
でも今日はどうしても手を握って眠りたかった。
「いいよ。」
セリーちゃんが優しく笑う。
「手、繋ごう?」
私が伸ばした手に、セリーちゃんの手が重なった。
そのまま指を絡ませる。
「……温かい。」
「うん。」
そういえば冒険者になる前日の夜も、パパとママとこうやって手を繋いで眠った。
右手でパパ。左手でママ。
あの日も、安心して眠れたっけ。
……私、結構甘えん坊なのかも。
「くぁ……。」
大きな欠伸が出る。
手を繋いだ安心感のせいだろうか。
全身から力が抜けて、急速に眠気が押し寄せてくる。
瞼が重い。
「おやすみ、アイラちゃん。」
私の様子に気付いたセリーちゃんが、優しい声で言った。
「おやすみ、セリーちゃん……。」
返事をした。
それが、その日の最後の記憶だった。




