それぞれの道へ①
「いってきます!」
ネネさんに挨拶をして、今日も宿を出る。
昨日、セリーちゃんには「また明日」と言った。
でも、一緒に冒険する約束をしたわけじゃない。
だから今日は待ち合わせ場所にいないかもしれない。
それでも私は、いつもの場所に向かった。
「いた。」
セリーちゃんはすでに待っていた。
だけど、今日はいつものマーチャント服じゃない。
長い袖の服にスカート。
腰には膝まで覆うエプロンを巻いて、大きめのショルダーバッグを肩から下げている。
足元もいつもの冒険用の靴ではなく、ミュールタイプ。
どう見ても冒険に行く格好ではなかった。
でも、それより先に。
「え、セリーちゃん可愛い!」
思ったことがそのまま口から出た。
「おはよう、アイラちゃん。ふふ、ありがとう。」
「あ、おはよう……。」
そうだった。先におはようって言うべきだった。
つい可愛さに目がいってしまった。
「その服、どうしたの?」
「これ? 故郷の服なんだ。」
「故郷の……。」
改めて服を見る。
何となく見覚えがある。
「あれ? セリーちゃんの故郷って『アクエリアス』なの!?」
「そうだよ。よく分かったね。」
『港町アクエリアス』。
商人の町として有名で、マーチャントギルドの本部も置かれている。
大きな漁港があり、漁業だけでなく他国との貿易も盛んな町。そして、
「私のママもアクエリアスの出身なの!」
「えっ、そうなの!?」
「うん。似たような服を持ってるから、それで分かった。」
「へぇ~! アイラちゃんのお母さんも!」
セリーちゃんの顔が一気に明るくなった。
そこから話は止まらなくなった。
アクエリアスの名物。
港に並ぶ大きな船。
朝になると開かれる魚市場。
セリーちゃんが小さい頃によく遊んでいた場所。
私もママから聞いた話を思い出しながら話していく。
「ママも市場はすっごく賑やかだって言ってた。」
「うん! 朝なんてすごいよ。あっちでもこっちでも値段を叫んでるの。」
「一度行ってみたいなぁ。」
「来て来て! 私が案内してあげる!」
「本当!? 約束ね!」
「うん、約束!」
共通の話題が見つかったのが嬉しくて、ついつい長く話し込んでしまった。
本当は最初から気になっていることがある。
どうして今日はそんな格好をしているの?
でも、セリーちゃんが楽しそうに話してくれるものだから、聞けないまま時間が過ぎてしまった。
それに昨日の傷だって、まだ残っているはずだ。
マーチャント服を着ていないことにも、もしかしたら何か理由があるのかもしれない。
冒険者を辞めるつもりだったら。
そんな考えも少しだけ頭をよぎった。
だからこそ、無理に聞きたくなかった。
話したいことがあるなら、セリーちゃんの方から話してくれるまで待とう。
「アイラちゃん。」
「ん?」
「今日は一緒に遊ばない?」
セリーちゃんの方から話を切り上げて、そう尋ねてきた。
「うん、もちろん!」
断る理由なんてない。
むしろ今日はどうするんだろうと思っていたところだ。
「よかった。それじゃあ、昨日のクッキーのお礼もさせてね。」
「いいよ、そんなの。」
私が勝手にしたことだ。
お礼をしてもらうために買っていったわけじゃない。
「だーめ。」
「えぇ。」
セリーちゃんは小悪魔みたいな顔で笑って、私の言葉を却下した。
そこからは二人で魔導都市レオ巡り。
まず向かったのは、街の中心近くにある真っ白な柱。
魔王が封印されていると伝えられている巨大な柱だ。
その次はウィザードを育成する学校。
さらに魔道具専門店。
魔法に関する古書を扱うお店。
見たこともない素材が並んでいる露店。
魔導都市という名前だけあって、この街にしかないものがたくさんある。
「すごーい!」
思えば、魔導都市レオに来てからは冒険ばかりしていた。
情報収集のために街中を歩き回ったことは何度もある。
だけど、こんな風にゆっくり見て回ったことはほとんどない。
それに。
「セリーちゃん、あれ見て!」
「わ、何あれ!?」
お友達と一緒だと、すごく楽しい!
一人だったら少し見て終わっていたようなものでも、二人なら感想を言い合える。
気になるものを見つけたら一緒に近づいて。
知らないものなら二人で首を傾げて。
それだけなのに楽しかった。
「いっぱい回ったね。少し休憩しよっか。」
「賛成!」
セリーちゃんの提案で、露店の果実水を買う。
近くにあったベンチに並んで腰を掛けた。
ちなみにこれは昨日のクッキーのお礼ということで、セリーちゃんの奢りだ。
「ありがとう、セリーちゃん。いただきます。」
一口飲む。
リンゴだ。
「甘くておいしい。」
歩き回った後だから余計に美味しく感じる。
もう一口飲んで。
少し考える。
「でも、もう少し冷たかったらもっと美味しいかも。」
この国には冷蔵技術なんてない。
だから当然、果実水も常温だ。
「セリーちゃん、ちょっとそれ貸して。」
「どうしたの?」
セリーちゃんから果実水を受け取る。
自分の分と並べて持って、意識を集中させた。
極小の『アイスランス』を作る時と同じ要領。
凍らせないように気を付けながら、少しずつ冷気を流し込んでいく。
冷たく。
でも、凍らない程度に。
「これくらいかな。」
容器を触って確認する。
うん、いい感じ。
「はい、飲んでみて。」
「……わ、冷たい。」
セリーちゃんが驚いた顔をした。
もう十一月だから、容器まで冷たくしてしまったのはちょっと失敗だったかもしれない。
でも、果実水はちょうどいいはず。
「いただきます。」
セリーちゃんが一口飲む。
「……!」
目を大きく見開いた。
「美味しい!」
「でしょ?」
私も自分の分を飲んでみる。
「うん、美味しい。」
やっぱりリンゴジュースは冷たい方が好きだ。
もしかすると、これがウィザードを選んで一番正解だったと思える瞬間かもしれない。
「すごい、本当にすごいよ、アイラちゃん!」
「え、そんなに?」
「だって魔法をこんなことに使う人、見たことないよ!」
セリーちゃんは冷たくなった果実水を両手で持ちながら大興奮している。
そんなに珍しいことなのかな。
魔法が使えるなら、誰でも思いつきそうだけど。
「冒険に満足したら、こういうお店を開いてもいいかもね。」
「お店?」
「うん。温めたり冷やしたりするお店。」
夏は冷たい飲み物。
冬は温かい飲み物。
食べ物だって温められる。
王都みたいな人の多い場所なら、それなりに需要がありそうだ。
「名前は何がいいかな。『温め、冷まし屋さん』とか?」
「そのままだね。」
「分かりやすいでしょ?」
「ふふっ。」
二人で笑う。
もし冒険者を引退したら。
そんな人生も悪くないかもしれない。
「……本当に、凄い。」
「ん?」
さっきまで笑っていたセリーちゃんが、ぽつりと呟いた。
「セリーちゃん?」
少しだけ顔を伏せている。
両手で持った果実水を、じっと見つめていた。
「……。」
どうしたんだろう。
やっぱり昨日のことが頭から離れないのかな。
マーチャントの服を着ていないのも。
今日は冒険じゃなくて遊びに誘ったのも。
もしかして。
冒険者を辞めようとしている?
そんな悪い考えが頭をよぎった。
「アイラちゃん。」
「うん。」
セリーちゃんが顔を上げる。
その目を見て、少し驚いた。
悲しそうでもない。
怖がっているわけでもない。
むしろ、とても力強い目だった。
何かを決めた人の顔。
セリーちゃんは、まっすぐ私の目を見る。
そして。
「私、アイラちゃんとのパーティを解消しようと思うの。」
「……え?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
冒険者を辞める。
そう言われる覚悟なら、少しだけしていた。
だけど。
パーティを解消する?
私と?
「……どうして?」
ようやく出てきたのは、それだけだった。
彼女の提案は、私には信じられないものだった。
仕事から帰って新しい幕間を準備していたら、こんな時間になってしまいました。
本編のお話は先に進んでしまいましたが、章ごとに用意している幕間については、もう少しお待ちいただけますと幸いです。
楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、完成次第投稿させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。




