力の方向⑨
小一時間ほど待ってから、私はセリーちゃんの泊まる宿に向かった。
宿の女将さんは騎士団から何か話を聞いていたのか、セリーちゃんに気を遣って私を通すのを躊躇った。
「友達が来たって伝えてください。会いたくないって言われたら帰りますから!」
そうゴリ押しして、何とか取り次いでもらう。
少し待っていると、セリーちゃんも私に会いたいと言ってくれたらしい。
その言葉にホッとしながら、セリーちゃんの部屋までお邪魔することにした。
ここに来る途中で買ってきたクッキーと水をお盆に乗せて、扉の前に立つ。
コンコン。
ノックをすると、中から小さく「どうぞ」と返事があった。
鍵は開いていたので、そのまま扉を開ける。
「お邪魔します。」
部屋の中では、憔悴した顔のセリーちゃんがベッドに座っていた。
「アイラちゃん……。」
「うん。」
ちゃんと部屋の鍵を閉めてから、持ってきたお盆をテーブルに置かせてもらう。
それからセリーちゃんの隣に座った。
「……。」
重い沈黙が流れた。
ここまで来たけど、何て言えば良いのか分からない。
大丈夫だった?
そんなこと、聞けるはずがない。
無事じゃなかったことを私は知っている。
怖かった?
それだって聞くまでもない。
何を言うか、ちゃんと考えてから来れば良かった。
私が迷っていると、セリーちゃんの方から口を開いた。
「アイラちゃん、私のことを探してくれたんだよね?」
こちらから何かを話しかけてあげたかったのに、逆に気を遣わせてしまった。
「うん。いっぱい探した。」
申し訳ない気持ちになりながら、事実だけを伝える。
それより先の本当のことは言えないけど。
「私、ルインダンジョンで会ったローグの人に攫われたんだ。」
「あの人、やっぱり犯罪者だったんだね。」
「うん、そうみたい。」
あのローグの顔を思い出しただけで腹が立つ。
あの時、もっとちゃんと調べていれば。
そうすればセリーちゃんがあんな目に遭うこともなかったかもしれない。
だけど、今さら考えても遅い。
「私、目隠しもされてたから、どこに連れていかれたのか分からなかったんだけど……。」
セリーちゃんは膝の上で両手を握り締めた。
「騎士団の人たちが言うには、ルインダンジョンの奥にあった隠れ家みたいなところに連れていかれたんだって。」
「そんなところに……。」
あの墓の下は本当に厄介な場所だった。
レーヴァテインを装備した状態で探知系スキルをいくつも併用しなければ、あんなに早く見つけることはできなかったと思う。
もし見つけるのがもう少し遅れていたら。
そう考えるだけで、また頭が熱くなりそうになる。
「そこで……乱暴されそうになって……。」
「セリーちゃん。」
じわっとセリーちゃんの目尻に涙が浮かんだ。
私は慌てて話を止めようとする。
無理して話さなくていい。
そう言おうとした。
だけど、セリーちゃんがまっすぐ私を見つめてきたので、言葉が止まった。
「でも、大丈夫だったの。」
セリーちゃんは涙を堪えながら笑った。
「誰かが助けてくれたから。」
無理をして作った笑顔じゃない。
心から安心している笑顔だと分かった。
「そっか。」
「うん。」
「良かった……。」
今さらそんな言葉しか出てこなかった。
もっと早く助けてあげたかった。
怖い思いなんてさせたくなかった。
それでも今こうしてセリーちゃんが目の前にいて、笑ってくれている。
それだけで良かった。
私はセリーちゃんをギュッと抱きしめた。
「アイラちゃん……。」
「本当に、良かった。」
「……うん。」
背中にセリーちゃんの手が回る。
しばらくそのままでいると、耳元で小さな声が聞こえた。
「やっぱり……。」
「ん?」
「……ううん。何でもない。」
何かを呟いた気がしたけど、聞き返しても首を横に振るだけだった。
今は無理に聞くことでもない。
私はそれ以上触れなかった。
「セリーちゃん、クッキーを買ってきたの。」
私の気持ちも少し落ち着いたので、おやつを食べる提案をしてみた。
こういう時は甘いものを食べるに限るもんね。
「ふふ、いいね。」
ようやく少しだけ、いつものセリーちゃんに戻った気がする。
二人で手を繋ぎながらテーブルに移動した。
「お先どうぞ。」
「いただきます。」
私がクッキーを差し出すと、セリーちゃんはパクッと齧り付いた。
「おいしい。アイラちゃんも食べて。」
「いただきます。」
私も一枚取ってパクッと齧り付く。
前世で食べてきたクッキーと比べると、少し粉っぽい。
昔のクッキーは油脂が少なくて粉っぽかったと聞くから、これもそういうものなのかもしれない。
本当なら、あの一口ケーキを買ってきたいところだったけど。
さすがにそのためだけに王都へ行くわけにはいかないから、今回はこのクッキーで許してほしい。
「セリーちゃん、あーん。」
最後の一枚。
私はそれをつまんで、セリーちゃんの口元に近づけた。
「ひええええ。」
それが恥ずかしかったのか、奇怪な声を上げながら顔を真っ赤にしている。
「ほら、あーん。」
そんな様子がおかしくて、笑いながらさらにクッキーを近づける。
セリーちゃんは口をパクパクさせた後、覚悟を決めたように目を瞑った。
「あ、あーん……。」
パクッ。
「ふふっ。」
「わ、笑わないでよぉ……。」
「ごめんごめん。」
少しだけ。本当に少しだけ、いつもの時間が戻ってきた気がした。
その後は、日が茜色に染まるまで雑談した。
事件のことにはお互いに触れず、他愛のない話を繰り返す。
好きな食べ物の話。
故郷の話。
子供の頃の思い出。
冒険者になってから失敗したこと。
お互いにずっと笑いながら、いろんなことを語り合った。
だけど、そんな話の途中。
セリーちゃんは時折、窓の外を遠く見ることがあった。
「……。」
何かを考えているようだった。
怖かったことを思い出しているのかもしれない。
それとも、別の何かを考えているのかもしれない。
私はそれには触れなかった。
話したくなった時に話してくれればいい。
今はただ、一緒に笑っていようと思った。
「もうそろそろ宿に帰らないとね。」
窓の外を見ると、随分と日が傾いている。
このままこの部屋に泊まることも少し考えた。
でも、一人でゆっくり考える時間も必要だろう。
「それじゃあ、また明日!」
私が部屋を出ようとした、その時。
ギュッ。
セリーちゃんが私の手を握った。
「ありがとうね、アイラちゃん!」
振り返る。
セリーちゃんは目から涙を溢しながら、それでも笑っていた。
あんな目に遭ったのに、本当に強い子だ。
「うん。今日はゆっくり休んでね。」
「うん。」
そっと手を離す。
私は扉の前でもう一度手を振って、部屋を出た。
今日は本当にいろんなことを考えさせられた。
冒険に出てから初めてできた、大切な友達。
その友達が危険な目に遭った。
もし私にGM権限がなかったら。
考えれば考えるほど怖くなる。
これから先、同じようなことが起きない保証なんてどこにもない。
だから、私はもっと強くならないといけない。
私のことを大切に思ってくれる人たちを、必要以上に心配させないためにも。
そして何より犯罪者が簡単に手を出そうなんて思えないくらいの存在にならなきゃ。
必要な力まで隠し続ければ、いつかまた誰かを危険に巻き込むかもしれない。
「もう少しだけ、強いところを見せてもいいのかもね。」
全部を晒す必要なんてない。
GM権限を知られる必要もない。
少なくとも、簡単に手を出していい相手じゃないと周りに思わせるくらいなら。
私は茜色に染まった街を歩きながら、そんなことを考える。
これからは少しだけ。
自分の力を隠すやり方を変えてみよう。
そう決心して、ネネさんの待つ宿へ戻った。




