力の方向⑧
私は抱きしめられたまま、これまでのことをそれっぽい内容に変えて話した。
こんなに心配してくれるネネさんに嘘を言うのは心苦しかったけど、本当のことなんて言えるはずがない。
セリーちゃんを探して街の外まで行っていたこと。
だけど見つけられず、セリーちゃんが保護されたらしいと聞いて帰ってきたこと。
それだけを伝える。
「そうかい、あんただけじゃなくて友達も無事で良かったねぇ。」
ネネさんはかなり強めに私の肩を叩きながら笑った。
「いたっ。ネネさん、痛いです。」
「あんたが心配かけるからだよ。」
そう言いながらも、本当に嬉しそうだ。
心配させてしまったことへの罪悪感がさらに増した。
それからネネさんにお昼ご飯を出されて、二人で宿のテーブルを囲んでいる。
「お腹も空いただろう。今日は特別だよ。」
パンとスープだけじゃなく、スクランブルエッグに小さいパンケーキまで付いていた。
「豪華……。」
これだけでも私の宿泊費の三日分くらいはしそうなメニューになっている。
最初はお金を払おうとしたんだけど、断られてしまった。
「あんたが無事ならそれでいいさ。」
そう言って、ママみたいな顔で笑った。
「……ありがとうございます。」
今度、何かお返ししよう。
そう心に決めて、少し豪華なお昼ご飯をいただいた。
お昼ご飯を食べ終わって、お水を飲んでいると、複数の足音が宿に近づいてきた。
「失礼する。」
――来た。
間違いなくクレスの声だ。
騎士館で話を聞いてから、まだそんなに時間は経っていない。
どうやら本当にすぐ私を探し始めたらしい。
意を決して、私は何も知りませんという顔で振り返った。
「あぁ、騎士団の方々。すみません、無事に帰ってきました。」
ネネさんがお辞儀をすると、クレスはホッとしたように眉を下げた。
市民の安否をこんなに気遣うなんて、前世の記憶通り高潔な人物なんだろう。
「なんと人騒がせな……。」
後ろにいた騎士団員の男性が、少し不愉快そうに呟く。
だけどクレスはそれを手で制すると、まっすぐ私を見た。
「あなたがアイラか?」
「はい、アイラと申します。騎士団の方々、いつもご苦労様です。」
何かを探るような視線。
私はそれに気付いていないふりをして、笑顔で返した。
「そうか、それは良かった。無事で何よりだ。」
心配していたのは本当らしい。
クレスは安心したように表情を緩めた。
「誘拐された子も帰って来たようで良かったですねぇ。」
ネネさんのその発言に、一瞬、騎士団員たちがキョトンとした顔をした。
「――。」
先ほど不愉快そうにしていた騎士団員が何かを言おうと口を開く。
だけど、それより先にクレスが手で制した。
「ああ、彼女は無事だ。犯罪者も捕らえた。今日は宿まで送り届けるつもりだ。」
見つかった時の状態は伏せて、必要な情報だけをクレスは伝えた。
「そうですか、それなら安心ですねぇ。」
ネネさんは何も気付いていない様子で世間話を続けている。
だけど、後ろの騎士団員たちはどこか納得がいっていない様子だった。
何だろう?
何か気になる。
でもクレスはこれ以上、詳しく話すつもりはないらしい。
そんなクレスが、再び私に視線を向ける。
「ところで、どこかで会ったことはないか?」
「え?」
「……たとえば、二年ほど前とか。」
ギクッとした。
来ると思っていた。
来ると思っていたけど、本当に聞かれると心臓に悪い。
先日の一件でクレスが私のことを覚えていると知らなかったら、思わず変な声を上げていたかもしれない。
「申し訳ありません。記憶にないです。」
また嘘をついた。
そうじゃないと、「どうしてあそこにいたのか?」と質問されることは確実だ。
「……そうか。」
納得した顔じゃない。
だけど私も話すつもりはない。
多分、それを察して引き下がった顔だった。
「どうやら人違いのようだ。不躾な質問をしてすまなかったな。」
「いえ、とんでもございません。」
これ以上クレスの顔を見ていたら、冷や汗が止まらなくなりそうだ。
私は目を瞑ってお辞儀した。
「それでは失礼する。」
クレスたちは宿から去っていった。
「ふぅ~~~。」
姿が完全に見えなくなったところで、私は大きく息を吐いた。
面倒事にならなくて本当に良かった。
クレスは多分、私が二年前の女の子だと確信している。
それでも深く踏み込んではこなかった。
何を言われたところで私が否認し続ければ、それ以上話は進まない。
貴族であり騎士団に所属しているクレスなら、無理やり調べるだけの権限だってあると思う。
だけど、彼はそれを使わないだろう。
少なくとも今のところは。
「すまないね、アイラ。あんたも誘拐されたと思って、捜索依頼を出してたんだ。」
「いいえ。心配してくれてありがとうございます。」
これは本心なのでスラスラ言える。
さっきまで嘘をつかないといけないことが多すぎて疲れた。
「本当に無事で良かったよ。」
「うん。」
私は笑顔で頷いた。
だけど、少しだけ。
さっきの会話の中で、騎士団の人たちが納得のいかないような顔をしていたことだけは気になった。




