力の方向③
(2026/08/17 23:00頃 修正)
前回の編集時に、誤って1話分のEPを削除してしまっていたようです。
読んでくださった皆様、大変申し訳ございません。
改めて編集を行っておりますが、前後の接続の関係で、EP73につきましては文章量が多くなってしまっております。
また、投稿済みの部分に関しましては、物語を書いた際のメモを削除している関係で、プロットから文章を起こし直しております。
そのため、以前お読みいただいた文章から一部内容や表現が変化している場合がございます。ご了承ください。
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
今後とも楽しんでいただければ幸いです。
結局、雨は二日間続いた。
昨日の夕方頃には止んでいたのでセリーちゃんに、
「明日の朝、雨が降ってなかったらまた冒険に行こうね。」
と伝えると、目を輝かせて喜んだ。
友達が喜んでくれて、私も嬉しい。
いつものルーティンを終えて、久しぶりにウィザードの服に袖を通す。
二日間お休みしたので体調も絶好調だ。
「今日は頑張れそう。」
今ならネームドモンスターさえ倒せる気がする。
いや、レーヴァテイン無しは無理だけど。
靴紐をちゃんと締めて、かかとを合わせたら準備完了。
「ネネさん、行ってきまーす。」
「気を付けて行ってくるんだよ。」
歩きながら笑顔で親指を立てる。
宿の外へ駆け出し、待ち合わせ場所へ急いで向かった。
待ち合わせ場所に着くと、セリーちゃんはいなかった。
「あれ?」
いつもなら先に来て待っているのに珍しい。
もしかして、初めて私の方が早起きできたのかもしれない。
「ふふふ、今日は私の勝ちだね。」
別に勝負なんてしてないんだけど、何となく勝ち誇りたい。
少しくらい待っていてもいい。
でも、どうせなら宿まで迎えに行ってみようか。
セリーちゃんの宿はここから一本道だ。すれ違うこともないだろう。
「それが良いね。」
私は少し浮かれながら、セリーちゃんの泊まっている宿へ向かった。
「その子なら随分前に宿を出て行ったよ。」
セリーちゃんの泊まっている宿の女将さんから返ってきたのは、予想していなかった言葉だった。
「え?」
思わず聞き返す。
ここに来るまでもセリーちゃんとはすれ違わなかった。
私の宿にも迎えには来ていない。
随分前に宿を出たのなら、私がまだ会えていないのは少しおかしい。
「何か買い物に行くとか言ってましたか?」
「いいや、友達と冒険に行くって張り切ってたよ。」
友達と冒険に行く。その友達は、きっと私のことだ。
昨日だって、今日の冒険を楽しみにしていた。それなのに待ち合わせ場所には来ていない。
「……そうですか。ありがとうございます。」
頭を下げて宿を出る。
まだ何かあったと決まったわけじゃない。
何か買い物があったのかもしれない。
誰かに呼ばれたのかもしれない。
急にマーチャントギルドへ行く用事ができた可能性だってある。
だけど冷たいものが背筋を流れた。
――嫌な感じがする。
私はそのまま走ってネネさんのいる宿へ戻った。
「ネネさん!」
勢いよく宿へ入る。
「どうしたんだい、アイラ?」
「セリーちゃんが来ませんでしたか!?」
私の様子に何かを感じたのか、ネネさんの表情が少し真剣になる。
「いいや、来てないね。何かあったのかい?」
「……いえ。」
まだ分からない。
「待ち合わせ場所に来なかったので、もしかしたらすれ違ったのかなって。」
「そうかい……。」
ネネさんも少し心配そうな顔をする。
「見かけたらアイラが探してたって伝えておくよ。」
「お願いします!」
宿を飛び出し、もう一度待ち合わせ場所へ向かう。
もしかしたら今頃、何事もなかったみたいな顔で待っているかもしれない。
そんな期待を抱きながら走った。だけど。
「……いない。」
待ち合わせ場所には誰もいなかった。
少しだけしゃがんで、乱れた呼吸を整える。
「どこに行っちゃったんだろう。」
落ち着け。セリーちゃんだって冒険者だ。
私より三カ月も先輩で、一人でルインダンジョンに行けるくらいにはしっかりしている。
寝て起きて、冒険に出て、いつもの宿に泊まる。
そんな冒険者の街中での行動範囲はそう広くない。
可能性があるとしたらマーチャントギルド。
あとは買い物。それとも――。
昨日まで話していた失踪事件が頭をよぎる。
「……。」
まだそうと決まったわけじゃない。
もう少し待ってみるべきか。
それとも先にマーチャントギルドへ行ってみるか。
そう考えながら、何気なく視線を少し先へ向ける。
「……え?」
民家の壁際。大きな樽の横に、何かが落ちていた。
見覚えがある。茶色い髪によく似合っていた、小さなカチューシャ。
ドクン。心臓が大きく鳴った。
「……嘘。」
ゆっくり立ち上がる。
ドクン、ドクンと心音が鳴り響いて止まない。
一歩ずつ近づく。
見間違いであってほしい。似たような物なんていくらでもある。
セリーちゃんの物じゃないかもしれない。そう思いながら拾い上げる。
「……セリーちゃんのカチューシャ。」
間違えるはずがなかった。
昨日も、その前の日も。
セリーちゃんがずっと身に着けていた物だ。
しかも、ただ落としただけじゃない。
激しく地面に投げつけられたように傷つき、泥で汚れている。
「……っ。」
カチューシャを握る手が震えた。
セリーちゃんに、何かがあった。
どうしよう、冒険者ギルドに報告する?
ダメ。行方不明になってから、まだ間もない。
現時点で報告しても信じてもらえないかもしれない。
カチューシャだって、落としただけだと言われればそれまでだ。
信じてくれたとしても、動いてくれるのがいつになるか分からない。
その間にもセリーちゃんが今、どこかで――。
「だったら、私が見つけるしかない。」
まずは私が探そう。
もしお昼まで見つからなかったら、その時は冒険者ギルドと騎士団に相談しよう。
今は何より、早く動くことが先決だ。
一秒だって無駄にしたくない。
私は辺りを見渡して、人目につかなそうな場所を探す。
ちょうど街の死角になっている路地を見つけると、素早くそこへ入り込んだ。
周囲に誰もいないことを確認する。
《HidePC》で姿が消える。続けて《Storage》。
GM専用倉庫を開いた。
魔導都市レオに来てからは、できる限りGMコマンドを使わないようにしてきた。
頼り切らないように、余計なことに使わないように。ずっと自分を戒めてきた。
「だけど、そんなこと言ってられない!」
今は友達の命がかかっているかもしれない。
使えるものを使わない理由なんてない。
GM専用倉庫からレーヴァテインとギャラルホルンを取り出す。
ギャラルホルンはウェストポーチの横にしっかり取り付けた。
そしてレーヴァテインの柄をグッと握る。
瞬間、大きな力が私の中へ流れ込んできた。
さっきまで震えていた体が止まる。
逸る気持ちも少しだけ落ち着いた。
大丈夫、今の私なら探せる。
絶対に見つけてみせる。
「セリーちゃん、今助けに行くよ。」
カチューシャを大切に《Storage》へ仕舞う。
私は強く地面を蹴り、街の西門へ向かって走り出した。
まずは街の西門を抜ける。
野宿をしていた冒険者たちが、街の外壁沿いで寝ているのが見えた。
いくら活動している人間が少ない時間とはいえ、ここは人目が多すぎる。
テントなどもない。
下手をすればスライムに食べられてしまうため、冒険者は野晒しの状態だ。
誘拐されたなら、こんな目立つ場所を通って連れていくとは思えない。
現状で一番怪しいのはルインダンジョンだ。
どうする、《Warp》で飛ぶ?
「ううん、それはダメ。」
今まさに連れていかれているところかもしれない。
それなら道順を追って向かった方がいい。
いつもの道を進みながら、横道も警戒して探そう。
「『スピードアップ』、『ディテクション』、『シースルー』!」
速度増加に看破と探知。
素早く、それでいて隠れている相手も見逃さないように。
人一人見逃さない。
私はルインダンジョンまでの道を高速で駆け抜けた。
いつもなら一時間以上かかる道を、十分ほどで走り抜ける。
しかし、セリーちゃんを見つけることができないまま、ルインダンジョンの看板までたどり着いてしまった。
「道中にはいなかった……。」
薄々感じてはいた。
誘拐犯は、もしかしたらルインダンジョンを直接『ポータル』の転送先に登録しているのかもしれない。
ゲームではダンジョンへの直接転送は、MPKなどに繋がる恐れが高いためシステムで禁止されていた。
一方、この世界では『ポータル』でダンジョン内を登録すること自体はできる。
ただし、もしそれが発覚すれば重大な犯罪行為として刑に処される。
誤って他人を転送すれば重大な事故を招くことは必至。
そうでなくても犯罪に利用される危険性が高いのだ。
普通の人間なら絶対に行わない。
でも、今回は犯罪者が関わっている可能性が高い。
むしろ使っていると考えた方がいいかもしれない。
「だとしたら……。」
ここで私は新たな選択を迫られる。
ルインダンジョンの浅層から順番に探索するか。
それとも《Warp》を使って、一気に深層まで飛ぶか。
時間は惜しい。
一秒でも早くセリーちゃんを見つけたい。
だけど、もし浅層にいるのに深層へ飛んでしまえば、完全に行き違う。
それに、まだルインダンジョンにいると決まったわけでもない。
迷った末、私は前者を選択した。
「お願い、無事でいて。」
逸る気持ちを抑えながら、私はルインダンジョンの目印に沿って洞窟内を駆け抜けた。
セリーちゃんを見つけることができないまま、深層の入り口が見えてきてしまった。
「いない……。」
焦りばかりが募っていく。
私は浅層から深層へと続く崖の前まで来ると、下へ続く道を無視してそのまま飛び降りた。
地面に着地して、すぐに走り出す。
ここまで一つも上手くいっていない。
本当なら、こんな形で深層に来たくなかった。
浅層を十分に冒険して。
少しずつ実力を身につけて。
いつか自分の力でここまで攻略したかった。
だけど今は、そんなことを言っている暇はない。
私の友達は今もきっと怖い思いをしているのだ。
「人が隠れるとしたら、どこ……?」
走りながら、前世で見たルインダンジョンのマップ構造をできる限り思い出す。
モンスターの配置。
建物の位置。
探索に使えそうな場所。
人目につかず、大勢の人間が隠れられる場所。
「崩れた教会跡……もしくは民家。」
そこでハッとする。
「そうだ。」
ここは太古に人が住んでいた場所だ。
深層には廃墟となった建物が無数に残されている。
ゲームだった頃は背景の一部としてしか見ていなかった場所でも、今なら人が隠れるには十分使える。
「多分、そのどこかにいる。」
そう考えるしかない。
私は前世の記憶を頼りに、再び走り出した。
周囲を徘徊する亡者や魔獣の群れを無視して進む。
屋根の残った休憩所。
崩れた民家。
ボロボロになった教会跡。
冒険者が作ったらしい洞穴。
怪しいと思った場所は一つずつ確認していく。
「いない。」
次。
「ここにも……。」
違う。
「お願い……。」
何度探しても、人っ子一人見当たらない。
そろそろ街を出てから一時間になる。
時間だけが過ぎていく。
もしかしたら、もう別の場所へ連れていかれてしまったのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
「どこにいるの……。」
お願いだから見つかって。
フェンスの残った壁を飛び越え、昔の人々が眠る大墓地へ足を踏み入れる。
その瞬間。
ピッ。
『ディテクション』に反応があった。
「……っ!」
すぐにそちらへ視線を向ける。
続けて『シースルー』が周囲の構造を捉えた。
一際大きな墓。
その墓石の上に、一人の男が座っている。
「……あのローグ。」
間違いない。
この前、二層へ続く坂の前にいた男だ。
普通に見ただけなら、そこには誰もいないようにしか見えない。
『ハイド』を使っている。
『ディテクション』で見破らなければ、私もそのまま通り過ぎていただろう。
どうしてこんな場所で『ハイド』を?
さらに『シースルー』の反応を確認する。
「これは……。」
墓の下に何かある。
「大きな空洞?」
墓の中から地下へ向かって穴が延びている。
しかも、その先にもずっと道が続いていた。
こんな場所で。
『ハイド』を使ったローグが一人で墓の上に座っている。
「怪しすぎる……。」
偶然だとは思えなかった。
問題は、どうやって中へ入るか。
《HidePC》でも墓石をすり抜けることはできない。
空洞へ入るには、一度このローグをどかす必要がある。
もし何の関係もない人だったら、本当に申し訳ないけど。
今は確認を優先する。
「『スリープ』!」
睡眠のスキルをローグへ使用する。
本来なら、この程度の『スリープ』が通用する相手じゃない。
だけど今の私はレーヴァテインを握っている。
大幅に上昇したステータスによる『スリープ』に抵抗することはできなかった。
「……。」
かくりとローグの首が垂れる。
少し待つと、安らかな寝息が聞こえてきた。
「……寝た。」
自分でやっておきながら、少しだけ緊張する。
『ネームレスオンライン』はPKのないゲームだった。
ダンジョンで生きた人間を相手に攻撃スキルを使ったのは、前世から含めてもこれが初めてだ。
「……今は仕方ない。」
もし無関係だったら後でちゃんと謝ろう。
「よいしょ、と。」
眠っているローグを墓の上から退かす。
重い墓の蓋に手を掛けて開いてみると、その先には地下へ続く通路があった。
「やっぱり……。」
通路には一定間隔でランプが設置されている。
外の深層よりも明るいくらいだ。
自然にできた場所じゃない。
誰かが明確な目的を持って使っている。
念のため、眠ったローグもそのままにしておくわけにはいかない。
モンスターに襲われたら死んでしまうかもしれないから。
「んしょ……。」
首根っこを掴んで空洞の中まで引きずり込む。
十分に中へ入れたところで、開けた墓の蓋を元に戻した。
これなら外から見ても分からないだろう。
ローグは通路の隅へ置いておく。
「……。」
私はレーヴァテインを握り直した。
この先に何があるか分からない。
それでも進むしかない。
地下通路をゆっくりと進んでいく。
十メートルほど進んだところで、『シースルー』がこの先に大きな空間があることを捉えた。
同時に。
「……人がいる。」
一人や二人じゃない。
十人は超えているだろうか。
たくさんの人の気配がある。
足を止めて耳を澄ませる。
何かを話している声が聞こえてきた。
私は息を殺し、そのまま声のする方へ近づいていった。




