力の方向②
翌朝、今日は雨だった。
雨音が今日の冒険の中止を物語っていた。
湿度で少し跳ねた寝癖が残る髪をそのままに一階まで降りる。
年頃の娘としては少しはしたないが、すっかりこの宿に慣れてしまった証でもある。
「ネネさん、おはようございます。」
「おはよう、アイラ。」
いつもの挨拶をネネさんにして桶を借りようとすると、ネネさんが何かを見ていることに気が付いた。
「何を見ているんですか?」
「あぁ、号外さ。」
ネネさんは見ていた紙を私に手渡す。
「昨日、ルインダンジョンの深層で、八人パーティが行方不明になったんだってよ。」
私はその紙の内容を見て固まった。
「え……?」
消息を絶った時刻が十四時頃。
間違いなく、昨日見たパーティの人たちだった。
つまり私たちと別れてから、それほど経たないうちに行方不明になったということになる。
「何か知っていたら冒険者ギルドに教えてほしいってさ。」
私が知っていることも、昨日あの人たちを見かけたことくらいだ。
もしかしたら最後に会った人間が私たちだったという可能性があるくらい。
何か情報を求められたら提供するけど、こちらからは出向かなくて良いかな。
だけど、絶対にあのローグが怪しいと思った。
確証がない以上、憶測で報告はできない。
それにこの情報を集めている人間が良い人とも限らない。
「何か知ってそうだね?」
コクンと首を縦に振る。
そしてネネさんに昨日会ったことを小声で話した。
出会ったばかりだけど、信用しても良い人だと思ったから。
「……それは、確かに怪しいね。」
「信じてくれるんですか?」
見ず知らずの人を勝手に怖がって悪く言ってる可能性だってある。
でもネネさんは私を信じてくれた。
「馬鹿だね、私はアイラを信じるよ。」
こんなに信頼してもらえるなんて嬉しい。
ますますネネさんのことが好きになってしまった。
「でも、それなら今後ルインダンジョンの深層には近づかないと約束しておくれ。」
「もちろん、私だって危険なことは嫌だもん。」
ネネさんはホッとため息をつくと、満足げに私の頭を撫でる。
「よろしい。他の連中に見られる前に、まず寝癖を直してきな。」
「はーい。」
私はいつも通り桶を借りて井戸水を汲みに行った。
いつものように身だしなみを整えて朝ご飯を食べた後。
ネネさんに宿の貸し出し用の傘を借りて待ち合わせ場所に向かう。
雨天決行とはいえ、もしかしたらセリーちゃんが待ってるかもしれないから。
そしてやっぱりセリーちゃんは昨日の場所で待っていた。
「あ、アイラちゃん……。」
だけど、いつもと様子が違う。
どこか顔色が悪い。
今日の冒険のことよりもそちらが気になってしまった。
「セリーちゃん、どうしたの?」
「その……。」
周りを気にするように視線を動かしている。
ここで話を聞くのも何かと思い、私の泊まっている宿まで連れていくことにした。
部屋に招くと「お邪魔します」と言いながらおずおずと入ってくる。
「それで、何かあったの?」
「今朝、冒険者ギルドから出てた号外、見た?」
やっぱりそのことだったか。
宿まで連れてきて正解だったかも。
「うん、見た。あれって昨日すれ違った人達だよね。」
人相などは載っていなかったが、人数や消息を絶った場所、時間まで一致している。
まず間違いないだろう。
セリーちゃんは力なくコクリと頷いた。
「あの後、行方不明になったって……。」
「うん。」
「じゃあ、あの人達……。」
セリーちゃんの声が震える。
「私たちと別れた後、深層に向かったんだよね……?」
「……そうなるね。」
思い出す、あのローグの顔。
あの時感じた嫌な感覚。
私たちを呼び止めようとした直後に八人の冒険者が現れて、ローグは私たちから視線を外した。
そしてその八人は、そのまま二層へ向かった。
その後、消息を絶った。
偶然と言ってしまえばそれまで。
だけど、何も関係がないと考えるには出来すぎている気がする。
「どうしよう、私、怖い……。」
セリーちゃんも同じ人物を怪しんでいるようで、少し体が震えている。
「もしあの人達が来なかったら、私たち……。」
そこまで言ってセリーちゃんは口を閉じた。
私も同じことを考えていた。
あの時、八人組が来なかったらローグは私たちに何をしようとしていたのか。
分からない。
分からないけど、考えたくない想像はいくらでもできる。
「落ち着いて、大丈夫。」
セリーちゃんの肩をポンポンと叩いて落ち着かせようとする。
それでも恐怖は拭い切れない様子だった。
「どうしたらいいかな……?」
弱々しい声を聞いて、私は少し考えてから自分の考えを伝える。
「まず、今日の冒険は雨なので中止。」
「……え?」
思っていた返事と少し違ったのか、セリーちゃんが困惑しながら上目遣いで私を見る。
「だって雨の日に無理して冒険する必要ないでしょ?」
「それは、そうだけど……。」
「それに今日は街にいれば、昨日の怖い人とも会わないよ。」
「……うん。」
少しだけセリーちゃんの表情が和らいだ。
「それと、このことは信頼できる人にしか話さない方が良いと思う。」
「どうして?」
やっぱりそこは気になるよね。
「もし昨日のローグが本当にあの人達の失踪に関わっていたとして。その情報で冒険者ギルドが動いたら、誰が一番怪しまれると思う?」
「……あっ。」
セリーちゃんも気付いたようだ。
「昨日、あそこにいた私たちだよ。」
あのローグが八人の失踪に関わっている。
そして冒険者ギルドが突然、そのローグについて調べ始める。
そうなれば、昨日あの場にいた私たちが何かを話したと考える可能性は高い。
――この世界には写真なんてないから。
顔を知っている人物を始末してしまえば、いくらでも逃げようはある。
「でも、冒険者ギルドなら……。」
「うん。私も冒険者ギルドが悪い組織だとは思ってないよ。」
そこは勘違いしてほしくない。
「でも、そこで働いている人全員が絶対に信用できるかは分からないでしょ?」
「……そっか。」
「それに、今回の捜索を依頼した人がどんな人なのかも私たちは知らない。」
八人の仲間かもしれない。
家族かもしれない。
純粋に行方を心配している人かもしれない。
でも、そうじゃない可能性だってある。
それに――。
「私、もう一つ気になってることがあるの。」
「何?」
「あのローグが犯人だったとして、一人で八人全員をどうにかできると思う?」
セリーちゃんが考え込む。
「……難しいと思う。」
「だよね。」
もちろん、圧倒的な実力差があれば不可能じゃない。
この世界には一人で大人数を相手にできる人だっている。
でも、あの八人は二層に挑戦できるだけの実力を身に着けてきたと言っていた。
少なくとも全員が何もできずに一人のローグにやられたと決めつけるのは早い。
「もしかしたら仲間がいるのかもしれない。」
「仲間……。」
「うん。それが一人なのか、もっと大勢なのかも分からない。」
そして最近、この街では若い女性冒険者の失踪事件が増えている。
まだ全部が繋がっている証拠はない。
昨日の八人だって、モンスターに襲われただけかもしれない。
だからこそ、今は動けない。
「私たちは何も見てない。何も知らない。それで良いと思う。」
「……うん。」
「もし誰かに聞かれたら、昨日あの人達を見かけたことだけ話そう。それ以上は私たちの想像だから。」
「分かった。」
セリーちゃんは何度も頷いた。
「それと、しばらくは人が多い安全な場所で収集しよ。」
「うん!」
「ルインダンジョンも行くなら一層まで。二層には絶対に近づかない。」
「うん。」
「一人で危ないところにも行かない。」
「分かったよ。」
ようやくセリーちゃんの顔に笑顔が戻ってきた。
「アイラちゃんと一緒なら、安心だね。」
「え?」
思ってもいなかった言葉に今度は私が固まった。
「一昨日も助けてもらったし、今日もこうやって一緒に考えてくれたし……。これからもアイラちゃんと一緒に冒険できるなら安心だなって。」
そう言ってセリーちゃんは嬉しそうに笑った。
「……そっか。」
何だか照れ臭い。
でも、それ以上に嬉しかった。
私をそんな風に思ってくれる仲間ができた。
「じゃあ、これからもよろしくね。セリーちゃん。」
「うん。よろしくね、アイラちゃん!」
一昨日できたばかりの友達。
だけど、少しずつ本当の仲間にもなれている気がした。




