力の方向①
翌朝、いつもの時間に目を覚まし、顔を洗って朝食をいただく。
食べ終わったら歯を磨いて、服を着替えて、ネネさんに行ってきますと伝える。
魔導都市レオに来てから何も変わらない朝。
だけど、今日はいつもとは少しだけ違う。
街の西方面、手入れされた花壇の前にまっすぐ向かう。
そこにはマーチャントの服を着た、茶髪のボブにカチューシャを付けた女の子が立っていた。
身長は十二歳の女の子の平均よりもやや低いものの、その胸には結構立派なものが付いている。
体に不釣り合いな大きなリュックを背負っており、そのアンバランスさが逆に可愛さを引き立てていた。
「セリーちゃん、おはよう。」
「アイラちゃん、おはよう。」
冒険に出てから初めてできたお友達と、初めて朝の挨拶を交わした。
それがなんだかくすぐったくて、思わず笑ってしまう。
セリーちゃんは今日もバターンと倒れた。
今日も昼食にハムレタスサンドを買って、ルインダンジョンに向かう。
目指すは昨日よりも深いところ。
でも、出現するモンスターが切り替わるところまでは行かない。
そういう約束で冒険することになった。
私の目的はダンジョン探索。
セリーちゃんの目的はルインダンジョンでしか採れない植物。
お互いの目的を邪魔しないので、気楽な冒険が楽しめそうだ。
「これは?」
「それは冒険者ギルドの人が付けた目印だね。この先に視界が悪い場所があるみたい。」
ダンジョン内で見慣れないものを見つけては、セリーちゃんに聞いてみる。
先輩冒険者のセリーちゃんは、何でも質問に答えてくれた。
ゲームでは分からなかった植生や冒険者ギルドの仕事が分かって面白かった。
「ポイ~。」
不意にモンスターが現れれば、セリーちゃんが気を引いている間に私が魔法を撃ち込む。
いきなり私が襲われない分、いつもより安全に冒険することができている。
話し相手もいるし、一人で冒険していた時よりも楽しいかもしれない。
こうして進んでいるうちに、私たちはとうとう二層に続く坂までたどり着いた。
『この先、熟練冒険者以外が進むことを禁ず』
一目で分かるように警告色で書かれた看板が置かれている。
その横では、ローグの男性が座ってこちらを見ていた。
何となく、今まで会ってきた冒険者とは雰囲気が違う。
「この先に行くつもりか?」
周りには私たちしかいなかったので、こちらに向けた質問だと判断した。
「いいえ。私たちでは実力不足ですから。」
この人からは、あまり良い感じがしない。
セリーちゃんも同じことを感じていたようで、私の袖を少し強く引っ張った。
「そうか。……いや、待て。」
そのまま立ち去ろうとすると引き留められる。
一瞬、周りの気温が少し下がったような気がした。
ただならぬ空気に動けず、私たちがゆっくり振り返ろうとすると、来た道の方から話し声が聞こえてきた。
「俺たちも頑張ってきたもんな。」
「あぁ、二層に挑戦するだけの実力は身に付けてきた。」
八人ほどはいるだろうか。
大人数のパーティが歩いてくる。
それを見て、ローグはふいっと視線を外した。
助かった。
本能的にそう感じた。
「おっと、ごめんよ。通してもらって良いかな。」
大人数のパーティの一人が、私たちに道を空けるよう声をかけてきた。
私たちは横に避けて道を譲ると、そのまま黙って来た道を戻ることにした。
二人とも無言で一分ほど歩いたところで、同時に大きくため息を吐く。
「はあぁ……。」
何となく分かってしまった。
あれは多分、人を殺したことがある人だ。
私たちに害意があったかまでは分からない。
でも、優しい人には感じなかった。
セリーちゃんも同じことを感じ取っていたようで、少し顔が青かった。
「アイラちゃん、さっきの人……。」
「多分そう。怖いから今日はもう帰ろう。」
「うん……。」
十分探索できた。
セリーちゃんの目的の植物も手に入ったし、一目見てみたくて二層の入り口まで来ただけだ。
命を懸けるような大冒険をしたいわけじゃない。
「『ライト』、『ライト』!」
私は『ライト』を二回使用して、一つを私のウェストポーチの隣へ。
もう一つをセリーちゃんのリュックに付けた。
ダンジョンが暗かったからじゃない。
『ハイド』による奇襲を警戒してのことだった。
私たちは来た時よりも足早に、出口を目指してルインダンジョンを進み始めた。
その後は危なげなく出口まで戻ることができた。
これからダンジョンに挑もうとする冒険者たちがごった返している。
いつもは少し騒がしいくらいの喧騒が、今は心地よかった。
何事もなく無事にここまで戻れた。
私たちは胸を撫で下ろす。
「ふぅ。」
もしかしたら追われているかもしれない。
その緊張感が自然と私たちの口数を少なくしていた。
行きはあんなに楽しく会話しながら進んでいたのに、モンスターが出たときの合図や、「そこ危ないよ」など、お互い最低限の会話しか交わすことができなかった。
ぐぅ、とお腹が鳴った。
緊張が解けて、お腹が空いているのを体が思い出したらしい。
「ふふ、お昼にしよっか。」
「だね。」
買ってあったハムレタスサンドを取り出す。
冒険中に少しだけ圧迫してしまったのか、端の方が少し潰れていた。
「いただきます。」
もぐもぐ。
レタスは少し萎びてしまっているけど美味しい。
パンは相変わらず硬いけど、前世のコンビニで売っていたものより厚めのハムとチーズはバランスが良い。
「美味しいね。」
「うん、このハムレタスサンド気に入ったかも。」
さっき怖い目に遭いながら気楽なものかと思うかもしれないが、モンスターとの戦闘だっていつも命がけだ。
少しの油断が死を招く。
常にそういう状況と隣り合わせなこの世界で、毎回引きずっていたら身が持たない。
会話は楽しく、ご飯は美味しく、寝るときは安らかに。
これが生活の基本なのだ。
硬いパンを何回も何回も噛んで、ようやく飲み込む。
最後は持ってきていた水を流し込んで完食。
私には少し多すぎるくらいだったけど、美味しく食べられた。
「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱい。」
「ふふ、私も。」
「少しだけ休んでから戻ろっか。」
「うん、そうしよ!」
お腹が落ち着くまで他愛のない会話をする。
サジタリウスを出てから同年代の子とこんな風にお話するのは初めてだから、話したいことがどんどん出てくる。
お互いの出身地のこととか、お友達のこととか、パパとママのこととか。
気付けばお腹が落ち着いてからも話し込んでしまった。
「凄い話し込んじゃったね、そろそろ戻ろうか。」
私は空を見上げて、今は十四時過ぎだと判断した。
そろそろ帰らないと宿に着くのが夕方になってしまう。
「うん、帰ろう。『カート』!」
セリーちゃんはどこからともなくカートを喚び出す。
これはマーチャントスキル『カート』。
荷物を運ぶためのスキルで、どこでも自由に出し入れできる。
セリーちゃんはパンパンになったリュックやポーチを荷台に載せていった。
「アイラちゃんの手荷物もどうぞ。」
少し重いと感じていたので、お言葉に甘えることにした。
空が明るいと気分も明るくなってくる。
ルインダンジョンでのことはもう忘れることにした。
冒険は楽しい方がいいもんね。
穏やかな並木道に川のせせらぎ。
一日に冒険者が何人も通ることで踏み固められた道のお陰で、カートも進みやすい。
「セリーちゃんはどうして冒険者になったの?」
私は何気なく質問をしてみた。
「私ね、商売人としてはあんまり才能がなくて。」
「どういうこと?」
思いもよらなかった返事にビックリして、聞き返してしまった。
「商売でお金を稼ぎたいって気持ちが足りないんだって。お父さんに叱られたの。」
あぁ、何となく分かった。
「お客さんに喜んでもらいたいとか、良いものを買ってもらいたいとか、そういう気持ちだけじゃ商売人はダメなんだって。」
私も運営の仕事を始めた時はそういう考えを持っていた。
だけど、会社で働いていくうちに、利益が無かったら予算は下りない。
予算が下りないと良いものは作れない。
そんな当たり前のことに気付かされたことがあった。
夢を叶えるのにお金が要る時もある。
セリーちゃんも、そのギャップを感じたのかもしれない。
「でもね、私には冒険者の才能があるってお父さんが言ってくれたんだ。」
なるほど。
確かにセリーちゃんは冒険者としては一流の才能がある。
それは今日の冒険を見ていても分かる。
新米らしからぬ実力と知識が彼女にはあった。
「だから自分で仕入れた良いものを市場に流すことはできると思ったの。」
「それは良い考えだね。」
夢の叶え方は確かに一つじゃない。
自ら素材を取りに行って困っている人に流す。
そういう姿もセリーちゃんらしいと思えた。
「応援するよ!」
私は彼女の夢が叶うのを心から願った。
「アイラちゃんは?」
「私? 私はね、この世界のいろんなものが見たかったから。」
街もダンジョンもモンスターも。
まだまだまだまだ、見たいものがたくさんある。
「へぇ~、ちょっとだけ意外かも。」
私は好奇心が強い方だと自認していただけに、意外に思われたことにちょっと驚いた。
「だってアイラちゃんって、パーティ勧誘を避けてるみたいだったから。」
ギクリとした。
人を避けるために人気のない狩り場に行ったり、声をかけてくる冒険者から逃げ回っていたのが逆に噂になっていたらしい。
確かに私の行動とさっき語った目的が合わないと思うよね……。
いろんな所に行きたいならパーティを組んだ方が良いんだから。
「それはほら、パーティを組むと自由に冒険できなくなるでしょ?」
それに人前でGMコマンドも使えないし。
「じゃあ何で私を誘ってくれたの?」
あ、そこはそうなるよね。
私の考えが足りなかった。
もしかしたら気を悪くさせてしまったかもしれない。
ここで起死回生の言葉を言わなくては。
「それは、セリーちゃんとお友達になりたかったから!」
これは本心だから。
私は嘘のない、でも全部は語らない塩梅の返答を笑顔で返した。
一瞬の沈黙。
もしかして選択を外したかと思った。けど、
「ひゅ。」
不思議な声を上げてセリーちゃんがばたんと倒れる。
「ちょ、セリーちゃん!? どうしたの!?」
――前言撤回。
こんなに体が弱いと冒険者は務まらないかも。
私は友達の今後を案じた。




