新しい街、新しい出会い⑤
ネネさんの宿に泊まるようになってから七日目の朝。
いつものように朝食をいただいてから冒険の準備を始める。
宿は昨日、一週間分の延長料金を支払い済みである。
「いってらっしゃい、アイラ。」
「ネネさん、行ってきまーす!」
ネネさんともすっかり仲良くなった。
冗談だとは思うけど、もし冒険者を辞めることがあったら、うちの看板娘として働かないか?
なんて言ってもらえるくらいの仲になれたのが嬉しい。
「これとこれください。」
途中の露店でサンドイッチを買うと、お弁当袋に入れていつものように西門を出た。
魔導都市レオに来てから二日目以降、クレスの姿は見ていない。
「私としては好都合なんだけど。」
どうして魔導都市レオにいたのかが少し気になる。
クレスの家系は騎士の家系だ。
冒険稼業よりも王国に所属して任務に当たるのが普通である。
「そのクレスが魔導都市レオまで来ていた?」
ちょっと違和感がある。
もしかしたら王国から何か命を受けて、ここまで来るようなことがあったのかな。
「……考えても分からないかぁ。」
今、分からないことは考えないことにした。
時刻は十五時頃。
「大漁大漁♪」
私は大漁の歌を歌いながらご機嫌に帰ってきた。
いつものようにルカさんに素材を売ったら、今日は露店巡りでもしてみようと思っている。
あれから一週間。
日に日に稼ぎも増えて、最初にパパとママから出してもらった路銀くらいは稼げそうだった。
幸いなことにルカさん経由で色んな人とも人脈ができてきて、仕事の依頼も任されそうになってきている。
これは、そろそろ生活向上のための日用品などに手を出してもいいかもしれない。
「もしくは銭湯に行くとか。」
うん、それも良いかもしれない。
いい加減ちゃんとしたお風呂に入りたい頃合いだ。
「無駄遣いは避けるべきだけど、これは人間の尊厳を守るための戦いだから。」
私は自分の正当性を主張した。
「ルカさん、今日も買取お願いします。」
今日も強面のおじさんのお店に買取をお願いする。
「今日も来たのかアイラ。お前、こんな毎日冒険に行って怪我とかしねぇのか?」
「おーおー、親父が心配してやがるぞ、アイラちゃん。」
「てめぇ! 誰が親父だ!」
「あはは。」
もうここの人たちとも打ち解けた。
ルカさんって強面なのに、露店街の弄られ役なんだね。
人は見かけによらないようだ。
「アイラ、ちょっと待ちな。」
いつものように買取をしてもらって、お礼を言って立ち去ろうとした時にルカさんが私を引き留めた。
「どうしたの?」
「良いから。」
ちょいちょいと手招きをする。
こっちに来いということらしい。
私が近付くと、ルカさんが小声で話しかけてきた。
「最近な、お前さんくらいの年齢の女の子が行方不明になっているらしい。」
「えっ!?」
思わず大きな声が出た私に、ルカさんは口に指を当てて静かにするようジェスチャーした。
「一人や二人なら珍しい話じゃないんだがな。どうにも組織的なものを感じるらしいんだ。」
安全なところで狩りをしていたはずのパーティメンバーが、目を離した隙に突然姿を消した。
夕方には帰ると一人で冒険に出かけた子が戻ってこなかった。
宿に泊まっていたはずなのに、朝になったら姿を消していた。
そんな事件が増えているというのだ。
「全員、冒険者になって一年にも満たないひよっこばかりだって話だ。」
私も完全に条件に当てはまっている。
もしも犯罪者が関わっているのであれば、狙われても不思議じゃない。
「アイラ、お前パーティとか組むつもりは無いのか?」
「ごめんなさい、今のところパーティは組む気が無くて。」
心配して言ってくれてるのは分かってる。
多分ルカさんの知り合いなら、安全な人とパーティが組めるだろう。
でもそうなると私の実力を晒さないといけないし、いざという時にGMコマンドを使って対処しづらくなる。
「そうかい。」
ルカさんは大きなため息をつく。
「なら、これを持っていけ。」
「――え?」
渡されたのは、最後に泊まった宿のある街に緊急転送できるアイテム『冒険者のお守り』。
ネームレスオンラインでは、非常に面倒なクエストをクリアするともらえるアイテムだった。
最後に泊まった宿のある街へ瞬時に戻ることができる。
でも転生してからは一度も見たことがない。
これが希少なアイテムであることは、聞かずとも分かった。
「こんなもの、もらえません!」
「こいつを知ってるなら話が早いな。これを持っていれば危険度が下がるはずだ。持っていけ。」
何度断っても、ルカさんは頑なに譲らない。
「どうして?」
私が本当に困っていると、ルカさんはぽつりと呟いた。
「俺の娘にあげるはずだったものだ。」
あげる、はずだった?
困惑する私に、ルカさんはさらに続ける。
「冒険者になった娘にあげるはずだったものなんだよ。……もういないがな。」
「え?」
そしてルカさんは話してくれた。
ルカさんには昔、娘がいたこと。
冒険者になって家を出て行ったこと。
プレゼントに『冒険者のお守り』を用意したこと。
そして――家に帰ってくる予定の日に、娘は帰ってこなかったこと。
「そんな大事な物、出会って一週間の私に……なおさらもらえません!」
「もらってやってくれないかなぁ、アイラちゃん。」
気付けば周りのおじさんたちが集まってきていた。
「ルカはさ、顔が怖いだろ。」
知ってる。
「でよ、娘がいなくなってから全然笑わなくなっちまって。」
それは初めて知った。
「客が来ねぇのに愛想笑いもできねぇから、知ってる奴らしか店にも来なくなってよ。」
うん。私も最初は話しかけづらかったよ。
「でも、小さい女の子が店に来るようになってからさ。」
小さいは余計だと思う。
「毎日さ、楽しそうにしてんだよ。」
……。
「なぁ、軽い気持ちじゃないと思うんだ。受け取ってやってくれないか?」
それは、ずるい言い方だと思う。
「アイラ、受け取ってくれ。」
ルカさんはまっすぐ私の方を見て、笑いながら言った。
私は大粒の涙をボロボロこぼしながら、『冒険者のお守り』を受け取った。
「……ありがとう、ルカさん。」
「ああ。気をつけろよ、アイラ。」
『冒険者のお守り』をぎゅっと握る。
それを大事にウェストポーチに付けた。
「まぁアイラはうちの娘より強いし、しっかりしてるから大丈夫だと思うが。」
そんな風に思ってたんだ。
「小さいだけで。」
……そんな風に思ってんだ。
パン!
「いでっ! 俺だけ叩きやがって!」
ちょっとだけ腹が立ったので、ルカさんの太ももを思いっきり叩いてやった。
私は宿のベッドの上で、今日の出来事を考えていた。
「失踪事件、かぁ。」
失踪そのものは何も珍しくない。
若い冒険者ほどその確率も高い。
「だけど、同年代の女の子って言うのがちょっと気になるよね。」
もちろん、自分から首を突っ込みたくはないと思ってる。
だけど、もしも人間が関わっているなら――。
「……どうしようか。」
多分、GMコマンドを使えば事件は解決できる。
だけど、それは本当に慎重な行動と言えるのか。
GMコマンドがあるから、なんて考えはやめようと誓ったのに。
ルカさんもそんなつもりで、このお守りを渡したわけじゃないだろう。
「でも、ルカさんやルカさんの娘さんみたいな人が増えてるってことだもんね。」
大切な人が帰ってこない。
何があったのかも分からないまま、ずっと待ち続ける。
そんな人が、今も増えている。
闇雲に探し回ったりはしない。
自分から危険に飛び込むつもりもない。
でも、その影を掴めたらその時は-―。
《Storage》からレーヴァテインを取り出して、その柄を握る。
「絶対に容赦はしない。」
私はレーヴァテインを《Storage》に戻すと、目蓋を閉じた。




