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新しい街、新しい出会い④

西門まで戻ってくる。

予想通り、人通りは疎らだった。

まだ日は高い。

普通の冒険者なら、今頃は狩りや依頼の真っ最中だろう。

完全に計画通り。

昨日みたいに人が多くなる前に、さっさとここを離れよう。

そう思って足を速めようとした、その時だった。


「君。そこの君。」

「ひゃっ。」

突然、肩をトントンと叩かれた。

完全に油断していたせいで、思わず体が跳ねる。

慌てて振り返った。

「あぁ、ごめん。驚かせてしまったかな?」

そこにいたのは、中年くらいの男性だった。

身なりは整っていて、表情も穏やか。

着ている服には見覚えがある。

『ペドラー』。マーチャント系列の二次職だ。

「いえ……何か御用でしょうか?」

少し距離を取って男性を見る。

ペドラーはマーチャントの二次職。

つまり、この世界の基準で考えれば、それなりの経験を積んだ冒険者ということになる。


そんな人が、どうして私に?

「新米らしいウィザードの女の子が、一人で行動していると聞いてね。」

「……。」

「少し気になってしまったんだ。」

なるほど。確かに、後衛職であるウィザードが一人で街の外へ出ている。

しかも転職したばかりにしか見えない十二歳の女の子。

事情を知らない人から見れば、かなり危なっかしく映るだろう。

「お心遣いありがとうございます。でも、私は大丈夫ですので。」

丁寧に頭を下げる。

ただし、足は止めない。

――大丈夫なので、どうか構わないでください。

そんな気持ちを全力で態度に込めて、そのまま男性の横を通り過ぎる。


「そうかい。気を付けてな。」

「ありがとうございます。」

男性は追いかけてこなかった。

そのことに少しだけ安心する。

だけど。

「……。」

歩きながら、さっきのやり取りを思い返す。

言葉遣いは丁寧だった。

表情も穏やか。

強引に引き止められたわけでもない。

むしろ、昨日出会った人たちよりずっと普通に見える。


なのに。

「なんだろう……。」

妙な違和感が残っていた。

いきなり肩へ触れられたこと。

それから――。

話している間、時折向けられていた視線。

「気のせいならいいんだけど。」

相手が何か悪いことをしたわけではない。

ただ私が警戒しすぎている可能性だってある。

それでも、冒険者になった初日に散々な目に遭ったばかりだ。

わざわざ自分から信用する必要もない。

「一応、要注意……かな。」

昨日作ったばかりの頭の中の要注意人物一覧。

そこへ『ペドラーの中年男性』をそっと追加する。

冒険者二日目。

ブラックリストは、順調に人数を増やしていた。


街の買取屋を軽く回っていると、バタビーの羽を買い取っている店を二つ見つけた。

一つは、人相の悪い強面のおじさんのお店。

もう一つは、全体的に買取額が高いのに、なぜか客足が悪いお店。

「後者の地雷臭が凄い。」

前者は分からないけど、後者はピーンと来るものがあった。

これ、前世で見たことあるやつな気がする。

高い買取額を提示して客を呼び込んで、いざ品物を持ってきたらあれこれ文句をつけて安く買い叩くタイプのお店。

満額で査定が通ったところを見たことがないと口コミで有名なやつだ。


一割減なら辛うじて強面のおじさんのお店と同じくらい。

だけど、二割、三割と減らされたら……。

「う~ん。」

どうしようかと少し離れたところから様子を窺っていると、ちょうどシーフの男性が別の素材を売ろうとしていた。

「あぁ、これだとちょっと満額では買い取れないね。」

――やっぱり!

予想通りの言葉が出てきた。

「これじゃあ、半額でしか買い取れないね。」


「――。」

絶句。

私が見る限り、素材に大きな問題はない。

ママの露店を手伝いながら色々な素材を見てきたので、良し悪しくらいならある程度分かる。

少なくとも、半額まで落とされるような品には見えなかった。

「えぇ!?」

当然、シーフの男性も本気で困惑している。

その後も二人は何度も言葉を交わしていたけど、結局最後はシーフの男性が折れた。

「毎度あり~。」

「とほほ……。」

シーフの男性は肩をがっくり落としながら、来た道を帰っていく。


その姿を見ていた近くの人たちから、小さな声が聞こえてきた。

「よそ者か。かわいそうに、あいつの店に引っかかっちまうなんて。」

「よく初心者やよそ者が食い物にされてるからなぁ。」

酷すぎる。

でも、この世界ではこんなのも珍しい話じゃない。

最終的に売ると決めたのは本人だ。

納得できないなら断って別の店へ行くことだってできた。

それに、ここで私が助けたところで、次は別の誰かに騙されるかもしれない。

自分で相手を見極めることも、冒険者には必要な経験なのだと思う。


「ともかく、あっちのお店は無し。」

となると、強面のおじさんのお店かな。

見た目だけならこっちの方がよっぽど怖いんだけど。

「すいませ~ん。買取お願いします。」

「おう。何を買い取るんだ?」

「バタビーの羽を三枚お願いします。」

「分かった。品物を見せてくれ。」

私は小包を開いて、そのまま強面のおじさんに渡す。

おじさんは羽を一枚ずつ手に取って、表と裏を確認していった。


「うん。綺麗に取れてるじゃねぇか。」

「ありがとうございます。」

良かった。

これなら問題なく買い取ってもらえそうだ。

そう安心したところで、おじさんが少しだけ声を落とした。

「……だが、お前。どうやってこんな綺麗に羽を取ったんだ?」

「え?」

何を聞かれたのか分からず、気の抜けた返事が出てしまった。

おじさんは周囲を軽く確認してから、さらに小さな声で続ける。

「お前、見たところ十歳くらいだろ。」

「十二歳です!」

「冗談だ。そんな怒るな。」

本当に失礼な話だ。


「ウィザードの服を着てるんだから、十二歳以上なのは分かってる。だが、それにしたって手際が良すぎるんだよ。」

おじさんが手に持った羽を見せてくる。

「バタビーは素早い。新米が綺麗に倒して、ここまで傷を付けずに羽を持ってくるのは珍しい。」

「……あ。」

そこでようやく、おじさんが何を言いたいのか分かった。

「下手な店に持っていったら、盗品を疑われてもおかしくねぇぞ。」

「盗品……。」

そこまでは考えていなかった。

自分では普通に狩って持ってきただけ。

だけど、周りから見ればそうは見えない可能性がある。


「持ってくる店が俺のところで良かったな。下手すりゃ騒ぎになってるぞ。」

「……ありがとうございます。」

おじさんの言葉から、嫌なものは感じなかった。

疑って問い詰めているわけでもない。

むしろ、私が今後面倒なことに巻き込まれないよう教えてくれているみたいだった。

「これからは俺の店で買い取ってやる。俺が信用できねぇなら、他に信頼できる店を紹介してやってもいい。」

「ぷっ。」

思わず吹き出してしまった。


「何笑ってんだ?」

「だって、顔が強面なのに人が良すぎるなって。」

「はぁ!? 失礼なガキだな!」

怒られた。

でも、怖くはなかった。

この人は信じてもいい気がする。

多分、ネネさんと同じタイプの人だ。

見た目や言葉遣いだけじゃ、その人がどんな人なのかは分からない。

昨日から色んな人に会ってきたけど、それが少しずつ分かってきた気がする。

「ううん。この店が良い。」

「あん?」

「おじさんの名前教えて。私はアイラ。」

「……俺の名前は『ルカ』だ。」

「ルカさん。」

名前を忘れないように口にする。

「これからよろしくお願いします。」

私はぺこりと頭を下げた。


「ほらよ。これがお代だ。」

「わっ。」

両手を差し出すと、手のひらいっぱいにお金が乗せられた。

全部合わせれば、三日分の宿代になりそうだ。

「……。」

じっと手のひらを見る。

アイラになってから初めて、自分の力で稼いだお金。

冒険者になって。

自分でモンスターを倒して。

素材を集めて。

それを売って手に入れた。

その実感が、手のひらいっぱいの重みになって伝わってくる。

「ぐすっ。」

嬉しくて、ちょっとだけ涙が出た。


「お、おい。何泣いてんだ?」

「おーい、ルカ。女の子泣かせたのかよ?」

「お前の顔が怖かったんじゃねーか?」

周りにいたおじさんたちがハハハと笑う。

「ちげーだろ! ……違うよな?」

「……あはは!」

「おい、ウソ泣きか!?」

狼狽えるルカさんが面白くて、泣きながら笑っちゃった。

慌てて目元を拭って、もらったお金をウエストポーチにしまう。

「それじゃあ、また来ます!」

そのまま走って逃げることにした。

……泣き顔を見られて、ちょっと恥ずかしかったのもある。

「ありがとう、ルカさん。またね~!」

「おう、またなー。」

振り返ると、ルカさんが照れ臭そうに手を振っていた。

強面のおじさんだけど。

そんな姿が、少しだけ可愛い気がした。


「ネネさん、ただいま。」

「お帰り、アイラ。ほら、部屋の鍵だよ。」

「ありがとうございます。すぐに体を拭きたいんですけど、桶と布は借りられますか?」

「ああ。これを使いな。」

「お借りします。」

ネネさんから桶と布を受け取って、宿の外にある井戸へ向かう。

桶いっぱいに水を汲むと、そのまま部屋まで運んだ。

それからもう一度ネネさんのところへ戻って、小さな桶を一つ借りる。

大きな桶から飲み水にする分を小さな桶へ移して、残った水だけを昨日と同じ要領で温めていく。


「うん、これくらいかな。」

十分に温まったことを確認して服を脱ぐ。

温かいお湯に布を浸して、昨日と同じように体を丁寧に拭いていった。

「ふぅ~。」

やっぱり温かい。

お風呂には遠く及ばないけど、冷たい水で体を拭くよりずっと気持ちいい。

体が綺麗になったところで服を着る。

使い終わったお湯を宿の外の排水溝へ流し、桶と布を井戸水で何度か洗ってからネネさんに返した。

「ありがとうございました。」

「あいよ。」

自室へ戻る。先ほど小さな桶へ移しておいた水をコップに注いだ。

こく、こく。

「ふぅ。」

冷たい水が喉を通って、全身に染みわたる気がした。


窓の外を見る。

時間はおそらく十六時頃。

晩ご飯までは、まだ少しだけ時間がある。

「何しようかな。」

今日は朝からずっと冒険していた。

スキルの練習もした。

素材もたくさん集めた。

そして初めて、自分でお金を稼いだ。

今日はもう十分頑張ったと思う。


私は窓際まで椅子を運んで腰を下ろした。

窓の外には、街の子供たちが遊んでいる姿が見える。

少しずつ冒険者たちも街へ帰ってきていた。

商人たちはまだ店を開いていて、道を歩く人たちの表情も穏やかだ。

「平和だなぁ。」

本当に穏やかな光景。

この街の中に犯罪者が潜んでいたり。

街の外では今日も誰かがモンスターと戦い、命を落としているかもしれない。

そんな世界には、とても見えなかった。

「♪」

私は小さく鼻歌を歌う。

窓から入ってくる秋の風を感じながら。

ゆっくりと日が傾いていく街の光景を、何をするでもなく眺めていた。

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