新しい街、新しい出会い③
「さて、と。今日の仕事に取り掛かりますか。」
十分に景色を堪能したところで、今日の目的に取り掛かることにする。
実はさっきから、私の周りには何体かモンスターの姿が見えていた。
この辺りにいるのは基本的に非アクティブモンスターばかり。
こちらから手を出さない限り襲ってくることはないので、景色を眺めている間も特に警戒はしていなかった。
まずは一番近くにいるモンスターへ近づいていく。
キリッとした眉。
丸くてつぶらな瞳。
そして、大きく開いた口は笑っているようにも見える。
見覚えのある水まんじゅう型の体。
ただし、その色は紫色。
それは紛うことなき――。
「『ポイム』だ。」
「ポ?」
愛らしく鳴きながら、ぷるんっと体を揺らした。
可愛い。
ポイズンスライムだからポイム。
本当に分かりやすい名前である。
こんな気の抜けた顔をしているけど、体中に毒を纏っている危険なモンスターだ。
素手で触れば皮膚が爛れるし、傷口から毒が入れば生死に関わることもある。
とはいえ、それ以外の性質は普通のスライムと大差ない。
毒にさえ気を付ければ、冒険者にとってそれほど大きな脅威にはならないモンスターだ。
「ごめんねっ!」
胸元に魔力を集める。
使用するのは昨日覚えたばかりのスキル。
「『ウィンドカッター』!」
放たれた風の刃がポイムの体を切り裂く。
パァン!
そのまま体が弾け、紫色の体液が周囲へ飛び散った。
死亡したことで毒性を失った体液の中に、小さな核が残されている。
「うん、ちゃんと倒せた。」
昨日は空に向かって撃っただけだった。
モンスターを相手に自分の魔法だけで戦ったのは、これが初めてになる。
威力も問題なさそうだ。
ポイムの核を拾い上げる。
今回狙っていた素材とは違うけど、これも売ればそこそこいいお金になる。
「使わせてもらいます。」
奪ってしまった命に手を合わせてから、核を《Storage》へしまった。
次に見つけたのは、カタツムリのような見た目をしたモンスター。
「あ、いた!」
今日探していたモンスターの一種。
『シースネイル』。
魔力を帯びた大きな殻に覆われているモンスターだ。
この子も分類上は虫型モンスターなんだけど、見た目に嫌悪感はなかった。
蜘蛛みたいに脚がいっぱい生えてるわけじゃないからね。
「とはいえ、あの分泌してる体液はさすがに触りたくないけど……。」
地面にはシースネイルが通った跡が、ぬらぬらと光っている。
うん。
絶対に触りたくない。
今回欲しいのは殻だけだ。
それなら――。
「燃やした方が綺麗に取れるかな。」
私は魔力を練り、『ファイアアロー』の準備を始める。
すると。
「……あ。」
こちらへ向かってシースネイルが動き始めた。
――そうだった。
シースネイルは殻で周囲の魔力を感じ取り、魔法を使おうとする外敵へ反撃する習性がある。
つまり、今の魔力に反応したわけだ。
「…………。」
ずり。
ずり。
こちらへ向かって懸命に進んでくる。
「遅い。」
移動速度で言えば、子供が歩くよりも遅い。
そこら辺はしっかりカタツムリだった。
詠唱に反応することはできても、私のところへ辿り着く前に魔法が完成する。
「『ファイアアロー』!」
火の矢がシースネイルへ突き刺さる。
そのまま炎に包まれ、柔らかい体だけが焼け落ちていった。
やがて炎が消えると、地面には殻だけが残される。
「ごめんね。素材は大事に使うから。」
残された殻を拾い、《Storage》へしまった。
ちなみにシースネイルの名誉のために言っておくと、決して弱いモンスターではない。
武器で攻撃しても、表面を覆う体液のせいで刃が滑ってしまう。
そのうえ魔力を感知して反撃してくるので、普通の新米冒険者が一人で倒せるような相手ではないのだ。
今回は単純に相性が良かった。
……あと、私の魔法が新米冒険者の枠じゃない。
昨日の件もあるし、そこはちゃんと自覚しておこう。
そして最後に見つけたのは――。
「いた。」
ひらひらと空を飛ぶモンスター。
蝶のような大きな羽。
だけど頭部には蜂のような顎があり、腹部からは鋭い針が伸びている。
虫型モンスター『バタビー』。
「これはちょっと虫っぽいけど……まだ大丈夫。」
蜘蛛よりは遥かにマシです。
毒は持っていないものの、鋭い顎で噛みつかれたり、針で刺されたりすれば大怪我をする。
しかも空を飛んでいるので攻撃を当てづらく、何より厄介なのがその素早さだ。
ゲームでも回避能力が非常に高く、初心者が不用意に手を出すと痛い目を見るモンスターだった。
「バタビーも魔力に反応するから気を付けないと。」
あちらから襲ってくることはない。
だけど、こちらから攻撃すれば話は別だ。
「しかも速いから、人間の足じゃ逃げられないんだよね。」
一度戦闘になれば、逃げ切るのは難しい。
だからこそ、攻撃する前に倒し方を決めておく必要がある。
私は一度深呼吸した。
昨日、自分の実力を把握できていないことを反省したばかりだ。
相手が格下だからと油断はしない。
「よし。」
作戦は単純。
まずは『ファイアアロー』でこちらを狙わせる。
おそらく最初の一発は避けられる。
そこから私へ向かって一直線に飛んでくるはず。
その瞬間を狙う。
私は魔力を練った。
バタビーがこちらの魔力に反応する。
「『ファイアアロー』!」
火の矢を放つ。
その瞬間、バタビーが大きく横へ動いた。
「やっぱり!」
『ファイアアロー』は何もない空間を通り抜けていく。
それと同時に、バタビーはこちらへ狙いを定めた。
羽音が一気に近づいてくる。
速い。
ゲームで知ってはいたけど、実際に目の前で見ると想像以上だ。
それでも逃げない。
「まだ……。」
真っ直ぐ。
こちらへ向かって飛んでくる。
「まだ……!」
腹部の針が見える。
あと少し。
もう少しだけ引き付ける。
そして、針が私の体へ届く直前。
「今!」
横へ体を逸らすと同時に魔力を放つ。
「『ウィンドカッター』!」
至近距離から放たれた風の刃が、バタビーの胴体を切断した。
二つに分かれた体が勢いのまま地面を転がる。
「ふぅ……。」
思わず大きく息を吐いた。
予想通り。
距離があれば、こちらの魔力に反応して魔法を回避されてしまう。
だから最初から一発目を避けられることを前提に、こちらへ向かってくる瞬間を狙った。
作戦は上手くいった。
「……でも、ちょっと近すぎたかも。」
あと少し判断が遅れていたら、針が刺さっていた可能性もある。
今回は成功したけど、もっと安全に倒せる方法を考えた方が良さそうだ。
安全第一。
勝てる相手だからって、わざわざ危険な戦い方をする必要はない。
「でも、羽は綺麗に取れて良かった。」
バタビーの羽は良質な魔力素材だ。
風属性の魔法触媒として利用できるほか、『フライ』の効果を宿した消耗品を作る材料にもなる。
傷つけないよう慎重に羽を回収する。
「よし。」
ポイムの核。
シースネイルの殻。
そしてバタビーの羽。
初めての素材集めとしては十分な成果だ。
満足しながら、回収した羽を《Storage》へしまった。
お昼過ぎ。
ご飯も食べずに黙々と狩りを続けた結果、バタビーも危なげなく倒せるようになっていた。
最初はあれだけ慎重に引き付けていたけど、何度も戦ううちに動きの癖も少しずつ分かってきた。
今では無理に至近距離まで近づけなくても、安全に仕留められる。
素材も十分に集まってきていた。
「今日はこれくらいで終わりにしよっと。」
最後に倒したバタビーから羽を回収する。
ただし、今回は《Storage》には入れない。
持ってきた小包へ丁寧に収めた。
今日集めた素材のうち、いくらかを換金してお金を作っておこうと考えたのだ。
「冒険に出てるのに、全然稼ぎがないのも怪しいもんね。」
宿代、食事代、消耗品。
冒険者として生活していれば、当然お金は減っていく。
それなのに素材を一度も売らず、ずっと生活できていたら不自然だ。
ほどほどにお金のやり取りはしておいた方がいいだろう。それに、
「今日の素材を欲しがってる人に売れれば、個人的な依頼をもらえるかもしれないしね。」
冒険者ギルドを通さない依頼も、立派な冒険者の仕事だ。
素材を売るうちに顔を覚えてもらえれば、直接仕事を頼まれることもあるかもしれない。
二次職になるためにも、冒険者としての実績や名声は少しずつ積んでおきたい。
「よし。」
素材を入れた小包の口をキュッと縛る。
これなら、見た目にも普通の新米冒険者っぽい。
私は満足して、来た道を戻ることにした。
ここから歩けば、十四時半くらいには街へ着けるだろう。
そこから素材を買い取ってくれる店を探して。
少し街を見て回っても、夕食前には宿へ戻れるはず。
「この時間なら、冒険者ともあまり出会わないだろうし……完璧な作戦かも。」
我ながら見事な立ち回りである。
私は少し得意げになりながら、魔導都市レオへ向かって歩き始めた。




