新しい街、新しい出会い②
部屋に戻ってウィザード服に着替え、ウェストポーチに必要な小物を入れていく。
忘れ物がないことを確認したら準備完了。
「よし、行こう。」
一階へ降りてネネさんのところへ向かう。
「それではネネさん。夕方に戻りますね。」
「ああ、アイラも行ってらっしゃい。」
「行ってきます!」
部屋の鍵をネネさんに返し、私は足早に西門へ向かった。
時刻はまだ朝の八時頃。
昨日とは違い、通りを歩いている冒険者の姿はほとんどない。
しめしめ。狙い通りだ。
これなら昨日みたいに大勢から声をかけられることもないだろう。
少しご機嫌になりながら、そのまま西門へ向かう。
もう少しで門に到着する。
そう思ったところで、前方に見覚えのある青年がいることに気付いた。
金色の髪。
背中には大きな剣。
あの後ろ姿は――。
「……クレスだ!」
幸い、向こうはまだ私に気付いていない。
私は反射的に近くの民家の陰へ飛び込んだ。
壁から少しだけ顔を出して様子を窺う。
朝練でもしてきたのだろうか。
少し汗をかいていて、髪も濡れている。
近くの川で頭でも洗ってきたのか、金色の髪から水滴が伝っていた。
「うわぁ……。」
思わず見入ってしまう。
普段の凜々しい姿とは少し違う。
濡れた髪から水が滴り落ちる姿は、私から見ても妙な色気があった。
「ネームレスオンラインの女性プレイヤーたちが見たら悲鳴を上げそう。」
もともと女性人気は高かったけど。
ゲームの中から出てきたキャラクターというのは、なぜこうもイケメンなのか。
――って、見惚れてる場合じゃない!
昨日の様子を見る限り、クレスは私のことを覚えている可能性が高い。
ここで見つかって声をかけられたら面倒なことになる。
私は民家の陰に隠れたまま、クレスが通り過ぎるのをじっと待った。
やがてその姿が完全に見えなくなる。
「……よし。」
念のためもう一度だけ確認。
いない。
「今のうち!」
私は民家の陰から飛び出すと、クレスと鉢合わせする前に急いで西門から街の外へ出た。
「まずは川を渡って、南の方に進もう。」
今日の行き先は決めてきている。
魔導都市レオの西門を出た先には、大きく分けて三つの行き先がある。
まず北へ進むと『ルインダンジョン』がある。
かつて魔王を生み出した罪深き都市の跡地。
魔王から漏れ出た瘴気によってダンジョンとモンスターが生み出され、瘴気が消えた今となっても冒険者を阻む地下ダンジョンとして存在し続けている。
ちなみに西門に冒険者が多いのは、このダンジョンに挑戦する人が多いから。
私もいつかは挑戦したいけど、今はまだ目立ちたくないのでしばらくお預け。
次に西、こちらには虫型モンスターの生息地が広がっている。
蜘蛛とか、蟷螂とか、そういうの……。
「こっちは絶対に行かない。」
大きい蜘蛛とか本当に無理。
しかも、こいつらは人間を餌としか思っていないので、不用意に近づけば問答無用で襲ってくる。
危険だし、怖いし、気持ち悪い。近づきたくない。
というわけで、私は今日は南に向かいます!
では南には何があるのかというと――。
「何もないんだよね。」
あえて言うなら、海に面した絶壁があるくらい。
高い崖の上から海を一望できる場所なのだけど、それ以外にはこれといったものがない。
そのため、冒険者もほとんど寄り付かない場所だ。
だけど、私にとっては都合がいい。
「そこにいるモンスターの素材が欲しいんだよね。」
将来、サモナースキルの使用に必要な素材を落とすモンスターがいる。
どうせ後で必要になるのだから、今のうちに集めておこうというわけだ。
街を出てから一時間ほど歩いた頃。
風に混じって、潮の匂いがしてきた。
「海だ。」
さらに歩いていくと木々が途切れ、一気に視界が開ける。
心地よい風が髪を揺らした。
その先に広がっていたのは、どこまでも続く青い海。
「すごーい!」
あまりの絶景に、思わず声が出た。
崖の向こうには大小いくつもの島が浮かんでいる。
海から突き出した岩の中には、どこか神聖な雰囲気を纏っているものまであった。
空を見上げれば鳥型のモンスターが悠々と飛び回り、時折海面へ向かって急降下する。
そのまま魚型のモンスターを捕まえると、再び大空へ舞い上がっていった。
「わぁ……。」
しばらく、その光景を眺める。
ゲームでも見れない、生き物が生活している風景。
画面越しに見るのとは、全然違う。
潮の匂いがする。
風が肌に触れる。
波の音が聞こえる。
モンスターたちが、この世界で生きている。
「この世界で、こういうのが見たかったんだよね。」
それは、私がずっと憧れていた光景の一つだった。
大好きだった世界を、自分の足で歩く。
自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の肌で感じる。
そのために私は冒険者になったんだ。
「……うん。」
胸いっぱいに潮風を吸い込む。
私の冒険は、まだ始まったばかり。
だけど。
その最初の一歩がこの景色で良かったと、心から思えた。




