新米冒険者⑬
新米冒険者をどこで区切るか決めてなかったせいで長くなってしまいました。
まだ続きますので、もう少しお付き合いください。
渡された鍵を使って部屋の鍵を開ける。
「う~ん……。」
鍵穴を少し観察してみる。
非常に単純な構造だ。
ピッキングの知識がある人なら、簡単に開けられてしまうだろう。
安心できる鍵というより、気休め程度の物だと思っておいた方が良さそう。
だから、貴重品を部屋に置いたまま出掛けるのは危険だ。
宿に貴重品を置いて少しだけ外出したら、その間に盗まれてしまった。
そんな話も、サジタリウスにいた冒険者から聞いたことがある。
では、普通の冒険者はどうやって荷物を管理しているのか。
一番一般的なのは、各街にある冒険者専用倉庫へ預ける方法だ。
冒険者一人ひとりに個別の専用倉庫が用意されていて、中身はすべて異空間で管理されている。
別の街からでも同じ倉庫を利用できるので、旅を続ける冒険者にとっては非常に便利な仕組みだ。
ただし、当然無料ではない。
利用するたびに宿一泊分くらいのお金が掛かる。
一日に何度も開け閉めしていたら、それだけでとんでもない出費になってしまう。
普段使う物は自分で持ち歩き、本当に大切な物だけ預ける。
そのくらいの使い方が一般的らしい。
「まぁ、私の場合は《Storage》に全部入れておけばいいんだけどね。」
私だけが利用できるGM専用倉庫。
利用料も掛からない。
だけど、冒険者用の倉庫を一度も使わないのも少し怪しい。
長く冒険者を続けているのに、荷物をどこへ預けているのか誰にも分からない。
そんな状態になれば、余計な疑問を持たれるかもしれない。
「本当に見られたくない物だけ《Storage》に入れよう。」
レーヴァテインやGMコマンドについて書いたメモ帳。
高額の素材。
そういった絶対に人へ見せられない物は《Storage》。
普通の装備や素材などは、必要に応じて冒険者専用倉庫を利用する。
「うん。これでいこう。」
荷物の管理方針は決まった。
次は、今後の冒険者活動について。
今日一日だけでも十分に分かった。
ちょっと目立つことをしただけで、あっという間に人が集まってくる。
私は別に英雄になりたいわけじゃない。
できるだけ平穏に冒険を楽しみたいのだ。
となれば、その辺りは上手く立ち回る必要がある。
「最初は近郊のモンスターの素材を集めて、徐々にステップアップ、だね。」
しばらくは新米冒険者でも倒せるようなモンスターを狩る。
そこで手に入れた素材を素材屋へ持ち込み、少しずつ実績を作っていく。
慣れてきたら、もう少し強いモンスター。
さらに時間が経ったら、その次。
いきなり高級素材を持ち込むのではなく、時間を掛けて少しずつ扱う素材の質を上げていけば不自然には見えないはずだ。
「まずはこれでやってみよう。」
問題が起きたら、その都度修正すればいい。
最初から完璧にやろうとする必要はない。
そんなことを考えているうちに、ふと窓の外が目に入った。
「もうこんな時間?」
部屋へ差し込んでいた光は、いつの間にか茜色へ変わっている。
そろそろ夜が近い。
私はさっそく今日覚えた魔法を試してみることにした。
「『ライト』。」
淡い光が生まれ、部屋全体を明るく照らす。
「わ、これすっごく明るい。」
昼間に使った時とは全然違う。
薄暗くなり始めていた部屋の隅々まで、はっきり見えるようになった。
この世界では、日が沈めば平民の家は暗くなるのが当たり前だ。
蝋燭や油だって無料ではない。
だから夜になれば、特にすることがない限り寝てしまう。
だけど『ライト』があれば、夜でも明るい部屋で過ごせる。
「これなら少しくらい夜更かししても大丈夫そう。」
そもそも冒険者は朝が遅い人も多い。
夜中まで酒場で飲み明かして、そのまま昼近くまで寝る。
そんな生活をしている冒険者も珍しくない。
宿の周辺には休んでいる人もいるので、外で騒ぐことは禁止されているけど、酒場の中なら話は別だ。
飲んで騒いで翌日は昼まで寝る。
それが冒険者たちの日常の一つらしい。
「とはいえ、夜中に道端で騒いだら衛兵が飛んできて牢屋行きだけどね。」
暗くなれば、普通の人は寝る。
そんな時間に街中で騒いでいれば、立派な迷惑行為だ。
それに冒険者が酔って暴れれば、普通の人よりずっと危険になる。
だから街の衛兵も弱くない。
指揮官には戦闘経験の豊富な貴族。
実際に街を巡回する衛兵にも、元ベテラン冒険者など腕の立つ人間が多く採用されている。
強い冒険者が暴れても取り押さえられるだけの戦力が、ちゃんと用意されているのだ。
「まぁ、私はお酒もそんなに好きじゃないし。」
前世でも、付き合いで飲む程度だった。
わざわざ危険な場所へ自分から飛び込む理由もない。
今まで実家で暮らしていた時と同じ。
夜になったら大人しく休む。
できるだけ規則正しい生活を続けよう。
――コンコン。
「ん?」
突然、部屋の扉がノックされた。
一瞬、体に緊張が走る。
今日だけでも色々あった。
知らない人なら、簡単に扉を開けるつもりはない。
「お嬢ちゃん、晩御飯だよ。」
聞き覚えのある声だった。
「女将さん、今開けます。」
鍵を開け、扉を少しだけ開く。
目の前には、お盆を両手に持った女将さんが立っていた。
「はい、これ。今日は『ワーボア』のお肉だよ。」
お盆を見る。
食べ慣れたサラダ。
お芋のスープ。
そして、動物型モンスター『ワーボア』の肉料理。
「美味しそう。」
昼間に食べた串焼きとは違う、しっかりとした夕食だ。
「ありがとうございます。」
両手でお盆を受け取る。
「他に何か必要な物はあるかい?」
「あ、それなら体を拭くための布と桶はありますか?」
風呂なんて当然ない。
いつも実家でやっていたように、お湯か水で体を拭いてから寝るつもりだ。
「ああ。受付で貸し出してるよ。」
「分かりました。食器を下げる時に伺います。」
「あいよ。ゆっくり食べな。」
女将さんは笑顔でそう言うと、廊下を戻っていった。
「ありがとうございます。」
扉を閉め、もう一度しっかり鍵を掛ける。
受け取ったお盆を備え付けの小さなテーブルへ置いた。
椅子を引いて腰掛ける。
目の前には温かい夕食。
サラダ。
スープ。
いつもなら滅多に食べられない肉料理まである。
十分すぎるほど豪華な夕食だった。
「いただきます。」
手を合わせる。
「…………。」
返事はない。
当然だ。
今日はパパもママもいない。
料理の感想を言う相手も。
今日あった出来事を話す相手も。
スープを口へ運んだ。
ちゃんと温かい。
味だって悪くない。
お肉料理まである。
なのに。
人生で初めて一人で食べた夕食は、人生で一番味気ないご飯だった。




