新米冒険者⑫
「可愛いお嬢ちゃん、何か買っていかないかい?」
「ごめんなさい、新米冒険者でお金がないので~。」
東門の近くまで戻ると、今度は商人たちから何度も声を掛けられた。
露店には素敵なアクセサリー。
柔らかそうなタオル。
良い香りのする化粧水。
他にも欲しくなる物がたくさん並んでいる。
だけど、どれも今の私が気軽に手を出せる値段ではなかった。
「今のレベルなら、多分ベテラン冒険者くらい稼げるんだけど……。」
その気になれば、高価な素材を落とすモンスターだって倒せると思う。
でも、それは単純なレベルだけで考えた場合の話。
私はレーヴァテインを使わない実戦経験がほとんどない。
いくら能力が高くても、経験不足のまま危険な狩場へ行けば、判断を誤って命を落とす可能性がある。
実戦経験まで含めて考えれば、同じくらいのレベルの冒険者より一段階は評価を下げておいた方がいい。
それに突然、新米冒険者が高級素材を大量に持ち込んだらどうなるだろう。
「盗品とか疑われそう。」
それは絶対に嫌だ。
せっかく目立たないように活動すると決めたのに、自分から面倒事を呼び込んでは意味がない。
「流す素材も、少しずつ良い物にしていった方がいいよね。」
最初は新米冒険者らしい素材。
そこから時間をかけて、少しずつ価値の高いものへ。
それくらい慎重にやった方がいい。
となれば、目の前にある素敵な商品たちは、しばらくお預けである。
とはいえ、今までだって欲しい物を何でも買える生活をしていたわけじゃない。
特にショックはなかった。
「そうだ。」
買うなら、一か月後にしよう。
パパとママとは、一か月に一回サジタリウスへ帰る約束をしている。
その時に二人へのお土産を買って。
余裕があったら、自分用にも何か一つ買う。
「うん、それがいい。」
一か月頑張った自分へのご褒美。
勝手にそんな目標を作る。
「♪」
途端に楽しみになって、鼻歌まで出てしまった。
こんな人通りの多い場所で上機嫌に鼻歌を歌っていれば、当然近くの人たちにも聞こえる。
何人かに微笑ましそうに笑われてしまった。
「……ちょっと恥ずかしい。」
私は誤魔化すように歩く速度を少しだけ速めた。
「すみません。私一人でも安心して泊まれそうな宿を探しているのですが。」
東門の前に立っていた門番へ尋ねてみる。
街の治安を知っている人に聞くのが一番確実だと思ったからだ。
「ああ、それなら街の中央側にある宿が良いぞ。」
もう一人の門番も会話に加わる。
「逆に防壁側の宿はやめとけ。君みたいな子が一人で泊まるような場所じゃない。」
「分かりました。教えてくださってありがとうございます。」
二人へ頭を下げてお礼を言い、教えてもらった通り街の中央側へ向かう。
魔導都市レオには冒険者が大勢集まるだけあって、宿の数も多かった。
冒険者のほとんどは旅暮らしだ。
ソロで活動する人は宿を利用することが多く、パーティで活動する人は街の外で野宿することも多い。
パパやママのように、自分の家を持っている冒険者は全体から見れば少数派なのである。
何軒か外から様子を確認し、教えてもらった地域を歩き回る。
その中で、一軒の宿が目に留まった。
「うん。この宿ならお値段も手頃そう。中も綺麗そうだし。」
外観は派手ではない。
だけど建物はきちんと手入れされていて、入口周辺にもゴミは落ちていない。
窓も壊れていないし、出入りしている客も比較的落ち着いた人が多そうだった。
「ここにしよう。」
扉を開けて中へ入る。
もちろん、前世のホテルなんかとは比べることもできない。
設備も簡素だし、建物だって古い。
だけど十二年間この世界で暮らしてきた私には、それほど気にならなかった。
むしろ十分に綺麗な宿だと思う。
「すみません。こちらに泊まりたいのですが。」
カウンターで作業をしていた女将さんらしき女性へ声を掛ける。
「はいはい。あら、見ない顔だね。」
「はい。今日から冒険者になりました。」
「ああ、そうかい。これからもうちを贔屓にしてもらえると嬉しいねぇ。」
女将さんは人の良さそうな笑顔を見せた。
――うん。
第一印象は◎。
この宿、当たりかもしれない。
「それで、何泊を希望しているんだい?」
「では、一週間ほどお願いしてもよろしいでしょうか。」
「ああ、いいよ。」
女将さんは宿帳を用意しながら、ふと私の顔を見た。
「それにしても、さっきからお嬢ちゃん、お貴族様みたいな話し方するねぇ。」
「え?」
女将さんは少し身を乗り出し、声を潜める。
「……もしかして、どこか良い家の子だったりするのかい?」
なるほど。
冒険者には粗暴な人も多い。
丁寧な言葉遣いをする人が珍しいせいで、勘違いさせてしまったらしい。
「いいえ。生まれも育ちも平民ですよ。」
きっぱり否定する。
そして、少し胸を張った。
「パパとママの教育が良かっただけです。」
「……ぷっ。」
女将さんが吹き出した。
「あはは! それは良い親御さんだねぇ!」
「はい!」
そこは自信を持って答えられる。
どうやら女将さんから見た私の第一印象も悪くないらしい。
「それじゃあ、料金はどうする? 先払いと後払い、どっちでもいいよ。」
「先払いでお願いします。」
私はウエストポーチからお金を取り出し、一週間分の宿代をカウンターへ置いた。
「はいよ、確かに。」
女将さんは金額を確認すると、壁に掛けられていた鍵を一本取る。
「部屋は二階、奥から二番目だ。この鍵を使っておくれ。」
「ありがとうございます。」
鍵を受け取る。
小さな金属製の鍵。
ただそれだけなのに、手の中にあると妙に感慨深かった。
今夜からは、パパとママのいる家じゃない。
自分で選び、自分でお金を払って借りた部屋で生活する。
――本当に、一人暮らしが始まったんだ。
私は鍵を大切に握り、指定された二階の部屋へ向かった。




