新米冒険者⑩
人通りが多いところは声を掛けられやすい。
かといって、人通りが少ないところは犯罪に巻き込まれる危険が高くなる。
一長一短。
どちらを選んでも、それなりにリスクがある。
「それなら、人目にはつくけど話しかけづらい絶妙な場所を探せばいいんじゃない?」
辺りを見渡す。
目の前には川が流れていた。
「……いいこと思いついた。」
私は立ち上がると、すぐ近くを流れる川まで歩いていく。
ゲームではただの背景だったから分からなかったけど、実物を見ると意外にも浅瀬の流れは穏やかだった。
水もかなり澄んでいる。
覗き込めば、自分の顔がはっきり映るくらいだ。
これなら飲むこともできそうだけど――。
「上流で何を流してるか分からないもんね。」
人が多く暮らしている場所を流れる川の水は、さすがにそのまま飲む気にはなれない。
それはともかく。
「よいしょっと。」
私は川辺に転がっていた石を拾い、浅瀬へ一つずつ積んでいく。
秋の川は冷たい。
足を滑らせて濡れないよう、慎重に石を置いて足場を作る。
何度か川岸と浅瀬を往復すると、私一人が座れるくらいの小さな足場が完成した。
最後に少し大きめの石を置いて――。
「はいっ。」
そこへ飛び乗る。
石が沈んだり崩れたりしないことを確認する。
「うん、良い感じ。」
川岸を歩く冒険者たちからは私の姿が見える。
だけど話しかけるためには、わざわざ川へ入るか、私と同じように足場を渡ってこなければならない。
さすがにそこまでして話しかけてくる人はいないだろう。
人目があるから、何かあっても助けを求められる。
そして気軽には近づけない。
完璧だ。
「ようやく落ち着ける環境ができたぁ。」
これでやっと、本来やりたかったことを試せる。
「さて、と。」
ここからは初めての経験だ。
さっきウィザードへ転職した時、私の中にウィザードとしての知識が流れ込んできた。
その知識を頼りに、スキルを習得するところから始めてみよう。
以前、サジタリウスにいた冒険者から聞いたことがある。
頭の中に浮かんだスキルを強く意識すると、それを習得できることがあるらしい。
ゲームではスキルポイントを割り振るだけだったけど、この世界では本人の感覚としてそう認識されているようだ。
「だとすると、私のレベルは結構上がってるから、スキルポイントもあるはず。」
転職前からこっそりモンスターを倒して経験値を稼いできた。
ゲームと同じ仕様なら、その分のスキルポイントも貯まっているはずだ。
私は頭の中に浮かんでいるいくつものスキルへ意識を向ける。
その中から、今の自分に必要なものを選んだ。
ウィザードスキル『ウィンドカッター』。
ゲームでの性能は、風属性の単体指定魔法。
特別強力なスキルというわけではない。
だけど消費も軽く、比較的使い勝手の良い基礎スキルだった。
そして何より――。
「サモナーで欲しいスキルの前提になってるんだよね。」
将来を考えれば、どうせ習得することになる。
最初に覚えるスキルとしてはちょうどいい。
「よし。」
胸の前で両手を構える。
魔力を練るように意識を集中させた。
大丈夫。
スキルそのものは、レーヴァテインを使った検証で何度も試している。
発動する感覚も分かっている。
あとは、レーヴァテインの力を借りずに私自身が習得できるかどうか。
頭の中に浮かぶ『ウィンドカッター』へ意識を集中する。
何となくだけど、手応えがある。
――行ける。
そう確信した。
「『ウィンドカッター』!」
ざぁっと風が吹いた。
髪とローブが大きく揺れる。
「おおっ!」
思わず目を輝かせ――。
「……ん?」
何も起きない。
風はそのまま私の横を通り過ぎ、川岸の草木を揺らしていった。
魔力によって生まれた風ではない。
ただの自然の風だった。
「……あれ?」
おかしい。
確かにスキルを発動する条件は満たしていると思う。
魔力が動いた感覚もあった。
それなのに、『ウィンドカッター』は発動しなかった。
「もしかして、魔力が足りなかった?」
そこで、はっと気付く。
思えば私は、レーヴァテインを使ったスキル検証に慣れすぎていた。
あれを装備している時は、全能力が大幅に上昇する。
だから周囲を巻き込まないよう、ずっと魔力を抑えてスキルを使う練習をしてきた。
その感覚のまま、自分本来の魔力まで手加減してしまったのだ。
レーヴァテインを装備している時とは、使える魔力の量がまるで違う。
「それは、発動しないよね……。」
何となく視線を感じて、川岸へ目を向ける。
近くにいた先輩ウィザードたちが、生暖かい目でこちらを見ていた。
――見られてた。
「……こほん。」
すごく恥ずかしい。
だけど、今は気にしないことにする。
もう一度。
胸元へ両手を翳し、その中心に魔力を集めるイメージ。
今度は手加減しない。
自分が使える魔力を、しっかり込める。
「よし。」
空へ狙いを定めた。
失敗しても誰かに当たる心配はない。
今度こそ――本気で!
「『ウィンドカッター』!」
集めた魔力を一気に放つ。
ヒュンッ!
目には見えにくい風の刃が空へ向かって飛んでいった。
今度は自然の風なんかじゃない。
間違いなく、私が生み出した風だった。
「……できた。」
数秒遅れて、実感が込み上げてくる。
――やった。
やった、やった、やった!
初めてだ。
レーヴァテインの力でもない。
GMコマンドでもない。
私自身の力だけで、魔法を使えた。
「ふふっ。」
思わず頬が緩む。
威力も悪くなかったと思う。
空へ撃ったから正確には分からないけど、これならゴブリンくらいのモンスターなら十分に倒せそうだ。
冒険者として、自分の力だけでもちゃんと戦える。
その事実が、何より嬉しかった。
「え、成功したのか?」
「あんな小さい子が?」
「おい、声を掛けた方がいいんじゃないか?」
「……ん?」
喜んでいると、川岸から何やら不穏な声が聞こえてきた。
正面から見るのは怖いので、横目でそっと様子を窺う。
さっきまで生暖かい目を向けていた先輩ウィザードたちが、今度は驚いた顔で私を見ていた。
何人かは、こちらへ近づこうとしているようにも見える。
「あ、まずい。」
さっそく目立っちゃった?
ついさっき、できるだけ目立たずに過ごそうと決めたばかりなのに!
面倒事に巻き込まれるのは避けたい。
誰かが声を掛けてくるより先に、私は石の足場を蹴った。
「はいっ!」
川岸へ飛び移ると、そのまま魔導都市レオへ向かって走り出す。
後ろから何か声が聞こえた気もするけど、振り返らない。
冒険者になって初めて、自分の力だけで魔法を使えた。
記念すべき瞬間だった。
――そして同時に。
目立たず過ごすという目標が、思っていた以上に難しいことも分かった。
「良くない!」
街中へ戻ったところで、思わず声が漏れた。
初日から悪目立ちしすぎている。
目立たないように過ごそうと決めた直後にこれだ。
思えば安全性を重視するあまり、今の自分がどれくらいの実力なのか、ちゃんと測ったことがなかった。
レーヴァテインを使わずに戦ったこともない。
「一般的な冒険者と比べて、今の私はどれくらいの位置にいるの?」
少なくとも、これまでレベルアップした回数を考えれば、ゲーム時代のレベル七十相当にはなっているはずだ。
――じゃあ、一般的な冒険者のレベルは?
「……知らない。」
そもそも、この世界にはレベルを確認する方法がない。
誰も自分がどれくらいのレベルなのか測っていないのだから、知る由もなかった。
「ゲーム時代の感覚で考えちゃってたかも。」
私は改めて、この世界の人たちとの認識のズレを感じていた。
今後はレーヴァテインを使わない状態で、自分がどれくらいの強さなのかも調べておいた方が良さそうだ。
「それは今度考えるとして……。」
空を見上げる。
太陽の位置から考えると、まだ十四時前くらい。
宿を探すには少し早い。
「習得できるスキルの確認も終わってないしね。」
今日は冒険者になったばかり。
できることなら、もう少し自分の能力を確認しておきたい。
だけど、さっき悪目立ちしてしまった西門側へ戻るのは嫌だ。
「となると、東門かな。」
魔導都市レオの反対側。
そちらなら、さっきの騒ぎを見ていた冒険者たちもいないだろう。
「だけど、その前に……。」
足を止める。
さっき街へ逃げ込む直前、一度だけ後ろを振り返った。
その時、私を追いかけるようにこちらへ向かってくる冒険者が何人か見えた。
あのまま東門へ向かえば、ついて来られるかもしれない。
「それは困る。」
東門の外まで追われてはたまったものではない。
街中にいるうちに、一度撒いておく必要がある。
周囲を見渡しながら走っていると、公共のお手洗いが目に入った。
「あそこ!」
私は迷わず女性用のお手洗いへ駆け込んだ。
中に誰もいないことを確認する。
《HidePC》
素早く念じると、私の姿が消えた。
これなら大丈夫。
そのまま入口付近で少し様子を窺っていると――。
「いない……。」
「こっちに入ったと思ったんだけど。」
女性冒険者が二人、お手洗いへ入ってきた。
入口で立ち止まり、中を見渡している。
――うわ、本当に追ってきてた。
別に悪いことをしようとしているとは限らない。
さっきの魔法について聞きたいだけかもしれないし、純粋に私を勧誘したいだけかもしれない。
だけど。
「……怖いよ。」
見知らぬ人たちに集団で追いかけられて、平気でいられるほど肝は据わっていない。
二人の横をそっとすり抜け、お手洗いの外へ出る。
「…………。」
そこには男性冒険者が五人いた。
全員、お手洗いの入口が見える場所で待っている。
「うわぁ……。」
すごく嫌かも。
いくら仲間の女性冒険者に中を確認してもらっているとはいえ、女性用のお手洗いの前に男性五人で待機するのはどうなのだろう。
少なくとも、私は絶対に嫌だ。
幸い《HidePC》を使っているので、向こうから私の姿は見えていない。
私は七人の顔を一人ずつ確認した。
「……覚えた。」
何があっても、この人たちとはパーティを組まない。
冒険者初日。
私の中に、早くも要注意人物リストが完成しつつあった。




