幕間 愛らしい子
「行ってきます!」の後に入れる予定だった幕間を入れ忘れていました。
アイラの両親の過去の話になります。
「アイラ。前に、どうして俺と母さんが結婚したのか知りたいって言ってたよな。」
ある日の夕食後。
食器を片付け、三人でのんびりと過ごしていた時だった。
パパが椅子に腰掛けたまま、どこか懐かしそうな顔をする。
「うん。聞きたい。」
「そうだなぁ……。」
少しだけ考えるように天井を見上げる。
「もう二十年以上も前の話になる。」
そうしてパパは、昔のことを話し始めた。
◇
当時の俺はまだ子供だった。
毎日弓の練習ばかりしていた、ごく普通の町の少年だ。
そんなある日。
サジタリウスへ一組の商人一家が引っ越してきた。
港町アクエリアスから来た一家らしい。
その家族の中に、一人の女の子がいた。
銀色の髪。
赤い瞳。
誰にでも優しく笑いかける、とても可愛らしい子だった。
その子の名前が――サラ。
毎日店番をしていたから、お店へ行けばいつでも会えた。
町のみんなと楽しそうに話して。
小さな子供にも優しく接して。
困っている人がいれば、すぐに手を貸す。
本当に明るい子だった。
今思えば。
俺は初めて会ったあの日から、あいつに恋をしていたんだと思う。
それから何年も経ち、サラが十二歳になる頃には町中の男どもが大騒ぎだった。
「将来は俺が嫁にもらう。」
そんな話ばかりしていた。
もちろん俺もその一人だ。
少しでも振り向いてほしくて、プレゼントを贈ったり。
用もないのに店へ通ったり。
今思い返せば、恥ずかしいことばかりしていた。
だけど結果は全員玉砕。
誰一人として特別扱いなんてされなかった。
後で本人から聞いた話なんだが――。
「一人を選んだら、他のみんなを傷つけちゃう気がした。」
そう思っていたらしい。
本当にサラらしい理由だ。
そんな日々がしばらく続いた。
そして、ある日のことだった。
サラのお父さんがアクエリアスへ仕入れに向かう途中、モンスターに襲われて行方不明になった。
その頃の俺は駆け出しのハンターだった。
一年ほど修行を積んでいたこともあって、捜索隊へ加わることになった。
必死に探した。
街道を歩き回った。
森の中も探した。
崖の下まで降りた。
そして――見つけた。
街道から外れた崖の下で。
……もう、瀕死だった。
できる限りの応急処置をした。
プリーストも呼んだ。
だけど間に合わなかった。
最後に静かに息を引き取って、そのまま動かなくなった。
俺は、その亡骸を背負って町へ帰った。
このまま誰にも見つからず、スライムに食べられてしまうなんて、どうしても嫌だった。
せめて家族と最後の別れだけはしてほしかった。
その日。
サラは、今まで見たことがないくらい泣いていた。
俺には何もできなかった。
だから話しかけなかった。
見舞いにも行かなかった。
何を言っても慰めにはならないと思ったからだ。
数日後。
サラは家から出なくなったと聞いた。
町のみんなも心配して、代わる代わる様子を見に行っていたらしい。
俺は行かなかった。
きっと今は、一人にしてあげるべきだと思った。
それから一週間ほど経った頃。
突然、サラが俺の家を訪ねてきた。
父親が最期にどんな様子だったのか。
苦しんでいなかったか。
何か言い残していなかったか。
震える声で、一つ一つ尋ねてきた。
俺は見たままを話した。
嘘はつかなかった。
誤魔化しもしなかった。
話し終えると、サラは深く頭を下げた。
「ありがとう。」
そう言って帰っていった。
その背中は、ほんの少しだけ前を向いているように見えた。
それからだった。
店へ行くたびに少しずつ話すようになった。
最初はほんの一言、二言。
それが少しずつ長くなって。
気が付けば、昔のように一緒に笑うことが増えていた。
もちろん、父親を亡くした悲しみが消えたわけじゃない。
それでもサラは少しずつ前を向いて、また町の看板娘として笑顔を見せるようになった。
そんな姿を見るたびに。
俺は、あいつのことをもっと好きになっていった。
◇
そして十八歳になったある日。
俺は意を決してサラを呼び出した。
何度も頭の中で練習した。
それでも、いざ本人を目の前にすると頭が真っ白になった。
「もし良かったら……。」
心臓が飛び出しそうだった。
「俺と、ずっと一緒にいてほしい。」
言った。
言ってしまった。
返事はゆっくりでいい。
そう続けようとした、その時だった。
「はい。」
「……え?」
二つ返事だった。
俺の方が驚いてしまったくらいだ。
後から理由を聞いた。
父さんが亡くなったあの日。
俺が無理に話しかけてこなかったこと。
見舞いにも来なかったこと。
それが、とてもありがたかったらしい。
もちろん、他の人たちの優しさも嬉しかった。
でも、あの頃のサラには、それを受け止める余裕がなかった。
誰かと話すことも。
励まされることも。
心配されることさえ、辛かった。
だから、一人にしてくれた俺に救われたと言った。
そして父親の最期を誤魔化さず、誠実に伝えてくれたあの日から。
少しずつ俺に惹かれていったのだと笑った。
正直、複雑だった。
俺はあの日、何もできなかった。
むしろ。
父親を救えなかった人間だ。
そんな俺を好きになってくれたことが、不思議だった。
だけど、サラは首を振った。
「ケンのおかげで、ちゃんと前を向けたの。」
そう言って笑った。
その笑顔を見た時。
この人を一生幸せにしたいと思った。
◇
それから三年後。
サラのお腹に、新しい命が宿った。
その知らせを聞いた日は、人生で一番嬉しかった。
「絶対に守る。」
「絶対に幸せにする。」
そう心に誓った。
だから危険な仕事からは離れることにした。
有名なハンターになれなくてもいい。
大きな功績なんて残せなくてもいい。
家族が笑って暮らせる人生の方が、俺にとってはずっと大切だった。
そして約八か月後。
予定より少しだけ早く。
小さな女の子が生まれた。
本当に小さくて。
とても愛らしくて。
銀色の髪も。
赤い瞳も。
まるでサラがそのまま小さくなったみたいだった。
俺は、その子に名前を贈った。
『アイラ』
愛らしい子になりますように。
そんな願いを込めて。
その日から。
娘の成長を見守ることが、俺の何よりの生きがいになった。
◇
「――っていうのが、俺と母さんの昔話だ。」
パパは少し照れ臭そうに笑った。
「あなた、そんなこと考えてたのね。」
「お、おい。サラも聞いてたのか?」
「最初から聞いてたわよ?」
ママが楽しそうに笑っている。
パパの顔がみるみる赤くなっていった。
「はぁ……。」
「ふふっ。」
私は二人の顔を交互に見る。
ずっと仲の良いパパとママ。
その二人にも、私が知らない時間がたくさんあった。
そして。
その先に私がいる。
なんだか、それが無性に嬉しかった。
「ねぇ、パパ。」
「ん?」
「ママを幸せにできた?」
パパは一瞬だけ目を丸くした。
そして、ママを見る。
ママもパパを見つめ返した。
「それは俺が答えることじゃないな。」
「そうなの?」
「ああ。」
パパは少し恥ずかしそうに笑った。
「母さんに聞いてみな。」
私はママを見る。
「ママ、幸せ?」
「ええ。」
迷う様子なんて少しもなく。
ママはいつもの優しい笑顔で答えた。
「とっても幸せよ。」
「……そっか。」
なんだか私まで嬉しくなってしまった。
「えへへ。」
私もいつか。
パパとママみたいな家族を作れたらいいな。




