アイラが見る夢④
◇
あの後、ママに服を脱がされ、身体中の血を綺麗に拭いてもらうと、新しい服に着替えさせられてそのままベッドへ寝かされた。
『リザレクション』のおかげで傷痕一つ残らなかったけれど、念のため今日は安静にすることに。
血の流し過ぎで貧血になるんじゃないかと思ったけど大丈夫らしい。
あれだけ血を流したというのに、血液まで元に戻っているというから驚きだ。
さすが神の奇跡。
確かにゲームでも貧血なんて状態異常は存在しなかったもんね。
「これを飲みなさい。」
そう言ってパパは、何かの入ったコップを差し出した。
水にしては少し白く濁った液体を、私は恐る恐る一口飲む。
それは果実水だった。
前世の基準ではそれほど甘くはない。
それでも、この世界ではとても貴重な飲み物だ。
以前、おばあちゃんが一度だけ飲ませてくれたことがある。
あの時、パパとママがおばあちゃんへ「こんな高いものをありがとうございます」と何度も頭を下げていたのを覚えていた。
――私のために、買ってきてくれたんだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「美味しくなかったか?」
気が付くと、パパとママが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
一口飲んだまま動かなくなった私を心配したのだろう。
「ううん、違うの。前におばあちゃんがくれた、美味しいお水だって思い出して。」
しまった。また心配をかけちゃった。
私はもう一度コップを口に運び、ゆっくりと飲み干した。
二人はほっとしたように顔を見合わせ、その様子を静かに見守っている。
「美味しかった。ありがとう、パパ、ママ。」
私がお礼を言うと、パパは優しく頭を撫でてくれた。
「夕飯まで寝てなさい。」
飲み干したコップをママが受け取り、二人は静かに寝室を出ていく。
小さな家だから、薄い壁越しでも二人の気配が途切れることはない。
それでも、私が休めるように話し声一つ立てず家事をしてくれているのが分かった。
その気遣いが、本当に嬉しかった。
二人が部屋を出ていき、ようやく私は今日起こった出来事を整理し始める。
前世の私は『ネームレスオンライン』というMMOの運営をしていた。
働きすぎて過労死し、生まれ変わった私は崖から足を滑らせ、大岩に頭を打ったことで前世の記憶を思い出した。
そして、ここが『ネームレスオンライン』の世界だと気付いた。
――ここまでが、さっきまでのお話。
ゲームでは十二歳になると冒険者として登録し、世界中を旅することになる。
旅先で様々な依頼をこなしながら名声を上げていく。それが『ネームレスオンライン』の物語だ。
私は名声そのものに興味はない。
だけど、その旅の中で起こる数々の出来事は、この目で見てみたい。
「それなら、やっぱり冒険者になるしかないかな……。」
前世でも、死の間際にこの世界で自由に生きたいと願った。
もしかしたら、その願いが神様に届いたのかもしれない。
だったら、その夢を叶えるためにも、まずはいくつかの問題を考えなければならない。
まず一つ目は、この世界の死亡率の高さだ。
さっきの果実水ですらお祝いの日などでしか飲めない高級品。
生活水準は低く、病気や餓死は決して珍しくない。
幸い、私の家は裕福ではないものの、餓死するほど貧しくもない。
だから食べ物の心配は少ない。
けれど、病気やモンスターや賊に襲われて命を落とさない保証はどこにもなかった。
そしてこれも無視できない問題。
両親ともに平民である私は、体も小さく魔力量も少ない。
冒険者としては、かなり不利だ。
正直、決して楽な道ではないと思う。
それでも、溢れ出した好奇心はもう止められなかった。
ゲームで何度も潜った巨大なダンジョン。
王都、世界樹、魔導都市、神政国家。
広大なフィールドとダンジョン。
そして、数々の『ネームドモンスター』。
そのすべてが、今は私の手の届く場所にある。
歩いてみたい。
この目で見てみたい。
この世界で、本当の冒険をしてみたい。
胸に灯ったその炎は、もう決して消えることはなかった。
だけど――。
「……ふわぁ」
五歳の体は、あっさりと睡魔に負けようとしていた。
ダメ。
まだ考えたいことが、たくさん……。
……あ……。
私はそのまま、夢の世界へと落ちていった。




