アイラが見る夢④
あの後、ママに服を脱がされ、身体中についた血を綺麗に拭いてもらった。
新しい服に着替えさせられると、そのままベッドへ寝かされる。
『リザレクション』のおかげで傷痕一つ残らなかったけれど、念のため今日は安静にすることになった。
あれだけ血を流したので、貧血になるんじゃないかと思ったけど大丈夫らしい。
何でも『リザレクション』によって、失われた血液まで元に戻っているというから驚きだ。
さすが神の奇跡。前世では考えられないような力だ。
思い返してみればゲームでも、貧血なんて状態異常は存在しなかったもんね。
「アイラ、これを飲めるか?」
そう言ってパパは、何かの入ったコップを差し出してきた。
「なにこれ?」
「きっと驚くと思うぞ。」
水にしては少し白く濁っている。
何が入っているのか分からず、私は恐る恐るコップへ口をつけた。
「んん!」
一口飲んだ瞬間、ほんのりとした甘さが口の中へ広がる。
これは果実水だ。
前世の基準で考えれば、それほど甘い飲み物ではない。
砂糖が大量に使われたジュースやコーヒーに慣れていた私からすれば、かなり薄味に感じる。
それでも、この世界ではとても貴重な飲み物だ。
以前、おばあちゃんが一度だけ飲ませてくれたことがある。
あの時、パパとママがおばあちゃんへ「こんな高いものをありがとうございます」と何度も頭を下げていたのを覚えている。
――怪我した私のために、買ってきてくれたんだ。
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「美味しくなかったか?」
「えっ?」
気が付くと、パパとママが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
一口飲んだまま動かなくなったので、口に合わなかったと思われたのだろう。
「ううん、違うの。前におばあちゃんがくれた、美味しいお水だって思い出して。」
しまった。また心配をかけちゃった。
私は大丈夫だと伝えるように、もう一度コップを口へ運ぶ。
少しずつ味わいながら、最後までゆっくりと飲み干した。
二人はほっとしたように顔を見合わせ、その様子を静かに見守っている。
「美味しかった。ありがとう、パパ、ママ。」
私がお礼を言うと、パパは優しく頭を撫でてくれた。
「コップは片しておくから夕飯まで寝てなさい。」
「うん。ありがとう。」
手を差し出して来たママに飲み干したコップを渡すと、私を布団に寝かしつけて二人は静かに寝室を出ていく。
小さな家だから、薄い壁越しでも二人の気配が途切れることはない。
それでも私が休めるように、話し声一つ立てず家事をしてくれているのが分かる。
その気遣いが、本当に嬉しかった。
二人が部屋を出ていき、ようやく一人になると私はベッドへ横になったまま、今日起こった出来事を改めて整理し始めた。
前世の私はネームレスオンラインというMMOの運営をしていた。
働きすぎて過労死し、生まれ変わった私は崖から足を滑らせ、大岩に頭を打ったことで前世の記憶を思い出した。
そして、ここがネームレスオンラインの世界だと気付いた。
――ここまでが、さっきまでのお話。
問題はこれから。
ゲームのプレイヤーは冒険者として登録した十二歳の少年、少女。
世界中を旅しながらで各地で発生する様々な依頼をこなして名声を上げていく。
それがネームレスオンラインの物語だ。
だけど今世の私は名声そのものに興味はない。
有名になりたいわけでもないし、英雄になりたいわけでもない。
だけど、その旅の中で起こる数々の出来事は、この目で見てみたい。
「それなら、やっぱり冒険者になるしかないかな……。」
パパやママにも聞こえないほどの声でぽつりと呟く。
前世でも、死の間際にこの世界で自由に生きたいと願った。
もしかしたら、その願いが神様に届いたのかもしれない。
本当にそうなのかは分からないけど、せっかく大好きだった世界に生まれ変わったのだ。
だったら、その夢を叶えるためにも、まずはいくつかの問題を考えなければならない。
まず一つ目は、この世界の死亡率の高さ。
さっき飲ませてもらった果実水ですら、お祝いの日などでしか飲めない高級品。
前世と比べれば生活水準は低く、病気や餓死は決して珍しくない。
幸い、私の家は裕福ではないものの、餓死するほど貧しくもない。
だから食べ物の心配は少ない。
けれど、病気に掛かったりモンスターや賊に襲われて命を落とさない保証はどこにもなかった。
事故とはいえ今日だって、ハイプリースト様が偶然近くにいなければ私は死んでいたのだ。
そして、もう一つ無視できない問題がある。
両親ともに平民である私は、体も小さく魔力量も少ない。
これは冒険者としては、かなり不利な条件だ。
ゲームと同じ世界だからといって、私自身までゲームのプレイヤーキャラと同じような成長曲線を描けるとは限らない。
どちらかと言えば描けない確率の方が非常に高いだろう。
正直、決して楽な道ではない。
それでも一度溢れ出してしまった好奇心は抑えられない。
ゲームで何度も潜った巨大なダンジョン。
王都、世界樹、魔導都市、神政国家。
画面越しに何度も歩き回った広大なフィールド。
そして、数々の『ネームドモンスター』。
そのすべてが、今は私の手の届き得る場所にある。
歩いてみたい。
この目で見てみたい。
この世界で、本当の冒険をしてみたい。
胸に灯ったその炎は、もう決して消えることはなかった。
だけど――。
「……ふわぁ。」
突然大きな欠伸が漏れる。
どれだけ成熟した前世の記憶があっても、今の体は五歳児。
その小さな体は、あっさりと睡魔に負けようとしていた。
ダメ。まだ考えたいことが、たくさん……。
……あ……。
瞼がゆっくりと閉じていく。
私はそのまま、夢の世界へと落ちていった。




