アイラが見る夢③
「「アイラ!」」
聞き慣れた二つの声が、私の名前を呼んだ。
その声を聞いた瞬間、張り詰めていた心がふっと緩む。
視線を向けると、家の前に立っていたパパとママがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
――あ、これ無理だ。
「パパぁ、ママぁ!」
結論から言うと、この後の私はハイプリースト様に抱かれたまま、五歳児らしく大泣きした。
だって仕方ないじゃん。
私には五年間『アイラ』として生きてきた記憶がある。
パパとママのことが大好きなのだ。
怖い思いをした直後に、五年間ずっと甘やかしてくれた二人の顔を見たら、甘えたくなるに決まっている。
それに、前世の記憶なんて関係ないくらい、精神がこの体に引っ張られている気がする。
つまり今の私は、自認四十五歳オーバーの五歳児ってこと?
……きつくない?
ハイプリースト様から私を受け取ったパパは、そのままママと一緒に私を強く抱きしめた。
「娘を助けてくださって、本当にありがとうございます」
私を抱いているため深々と頭を下げることはできない。
それでもパパとママは、何度も何度も頭を下げて感謝を伝えていた。
「いえいえ。すべてはこの子の生命力とガイア様のご慈悲によるものです。私は何もしておりません」
ハイプリースト様はそう謙遜すると、事故の経緯をパパとママへ説明し始めた。
崖から落ちた際に大岩へ頭を強く打ちつけ、頭部に致命傷を負っていたこと。
ハイプリースト様が駆け付けた時には、すでに心肺停止の状態だったこと。
その場で『リザレクション』を使って蘇生し、ここまで抱いて運んできてくれたこと。
――本当に危なかったんだ。
ぶるり、と体に悪寒が走る。
頭を打って前世の記憶が蘇るのは異世界転生物のお約束の一つだけど、『リザレクション』がなければ私はそのまま死んでいた。
「ハイプリースト様! 私、大きくなったら絶対に恩返ししますから!」
「ふふ。それでは、健やかに育たなければなりませんね」
私は大真面目だった。
けれど、どうやら五歳児の可愛い決意くらいにしか受け取ってもらえなかったらしい。
ガイア教の信徒ではなく、近所の優しいお姉さんのような顔になっている。
さっきの一言で、完全に子ども扱いされてしまったようだ。
「じゃあ、まずはちゃんとお着替えしないとね。」
指を差され、自分の服へ視線を落とした私はギョッとした。
「えぇ、なにこれ!?」
血はもう乾いていたけれど、服は真っ赤に染まっている。
たぶん、頭を打った時に流れた血だろう。
こんな状態の私を、ハイプリースト様はずっと抱きかかえて運んできてくれたんだ。
はっとして、私は慌ててハイプリースト様の法衣へ目を向ける。
私の血で汚れていないだろうか。
そんな私の視線を遮るように、ハイプリースト様はそっと手を伸ばし、私の頭を優しく撫でた。
「アイラちゃん、またね。」
最後に柔らかく微笑むと、パパとママへ軽く会釈をして踵を返す。
「「ありがとうございました!」」
パパとママが深く頭を下げる。
「ハイプリースト様、ありがとう!」
私も力いっぱい手を振り続けた。
やがて、その後ろ姿は見えなくなった。
ママは私の頭を優しくひと撫ですると、一足先に家の中へ入り、振り返って私へ微笑んだ。
「アイラ、お帰りなさい。」
毎日のように交わしてきた挨拶。
だけど今日は、いつもよりずっと優しい響きだった。
その一言が嬉しくて、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
「ただいま。ママ、パパ。」




