新米冒険者③
考え事をしながら歩いていると、冒険者ギルドが見えてきた。
小さいながらも立派な建物で、モンスターの襲撃を受けても簡単には破壊されないよう、様々な工夫が凝らされている。
一番目立つのは、建物の各所に描かれた魔法陣だ。
建物そのものの強度を高めたり、外部から受ける魔法の効果を軽減したりしているらしい。
王都に何かあった時には緊急の避難所にもなるというのだから、これくらい頑丈なのは当然と言えば当然。
冒険者ギルドは国営だ。
主な仕事は『冒険者登録』、『冒険者情報の管理』、『登録抹消』、『戦時動員』、『依頼の受注・仲裁』など。
『冒険者登録』はそのままの意味。
冒険者として活動するために必要な手続きで、名前、年齢、性別、出身地などが記録される。
『冒険者情報の管理』では、その人がどんな職業なのか、過去にどんな実績を残してきたのかといった情報が記録されている。
『登録抹消』は冒険者が廃業した時や、冒険で命を落とした時などに行われる。
そして『戦時動員』。
国同士の戦争や強力なモンスターの出現など、国家そのものに対する脅威が発生した場合、冒険者ギルドは登録されている冒険者たちを徴兵する権利を持っている。
冒険者として登録する以上、いざという時には国のために戦わなければならないということだ。
一応、この百二十年くらいは戦時動員が発令されたことはないんだけど。
「近い未来に戦時動員される事件があるんだよね。」
そこについては、あまり深く考えないようにしている。
ゲームのシナリオとはそういうものだから。
そして最後が『依頼の受注・仲裁』。
これを説明する前に、この国の冒険者がどうやって生計を立てているのか説明しないといけない。
冒険者は冒険で手に入れた素材を売ったり、人々から依頼を受けたりして生計を立てている。
依頼には冒険者ギルドを通して募集されるものと、街の人から直接受けるものがある。
冒険者ギルドに持ち込まれるのは、個人では解決できないような大規模な依頼が多い。
理由は単純で、冒険者ギルドを通すと紹介料が発生するからだ。
直接冒険者に頼むよりも、その分だけ依頼料が高くなる。
それでもギルドを頼るということは、それだけ大勢の冒険者を必要とする事態が起きているということ。
例えば、モンスターが大量発生したとか。
盗賊の集団が現れたとか。
そういった個人では手に負えない依頼だ。
逆に冒険者ギルドを通さない依頼は、何かの素材を緊急で手に入れてほしいとか、街の傍に現れたハグレを討伐してほしいとか、畑を荒らすモンスターを倒してほしいといった小規模なものが多い。
どちらの場合も、依頼を受ける際にはきちんと契約を交わすことが推奨されている。
だけど、ギルドを通していない依頼では契約書すら作らないことも珍しくない。
当然、そうなるとトラブルも起きる。
依頼を達成したのに報酬が支払われなかった。
逆に冒険者が仕事をしていないのに、依頼を達成したと嘘の報告をした。
依頼内容と実際の仕事内容がまるで違った。
挙げていったらキリがない。
そうした問題が起きた際、公平な仲裁人として冒険者ギルドが機能するというわけだ。
双方から事情を聞き、必要なら周囲への聞き込みや証拠の確認も行ったうえで、どちらに非があるのかを判断する。
そして冒険者ギルドが下した裁定には、それなりに強い権限がある。
もし、その裁定に従わないような者がいたら――。
国や騎士団も交えて「お話し合い」をすることになる。
「……まぁ、冒険者ギルドの職員って強い人が多いから、そこまで行くことはほとんどないんだけど。」
腕っぷしでどうにかしようとしても、まずギルド職員のところで止められる。
そんなわけで。
冒険者として生きていくなら、冒険者ギルドにはちゃんと従わないといけないのだ。
私は今、冒険者ギルドの扉の前にいる。
ようやく、ここまで来た。
十二歳になったら冒険者になる。
そう決めてから、ずっとこの日を待ち続けていた。
私は高鳴る胸を抑えながら、目の前の扉を開ける。
入口からは絨毯が敷かれ、奥にある受付まで一直線に伸びている。
広間にはテーブル席がたくさん並んでいて、冒険者同士で打ち合わせなどができるようになっていた。
建物内は綺麗に掃除されているようで、ゴミや汚れはほとんど見当たらない。
ただ、前世で読んだ漫画に描かれていたような冒険者ギルドの活気はない。
広間は閑散としていて、冒険者らしき人は三人だけ。
あとは受付にいるギルド職員くらいしかいなかった。
「……よし。」
小さく気合いを入れて、絨毯の上を歩く。
受付には三人の女性が立っている。
それぞれの前には案内が置かれていて、左から『冒険者登録・抹消』、『依頼の受注・報告』、『その他』と書かれていた。
私はそれを確認すると、『冒険者登録・抹消』と書かれた受付の前まで歩く。
「いらっしゃい。冒険者登録に来たのね?」
「はい、よろしくお願いします。」
目の前にいる茶色のメイド服を着た女性に頭を下げた。
ちなみに私、今猛烈に感動している。
彼女の名前は『アインス』。
もちろん、まだ名乗ってもらったわけじゃない。
それでも私には分かる。
何故なら彼女は、『ネームレスオンライン』でプレイヤーが最初に出会うNPCだからだ。
ゲームを始めて最初に冒険者登録をしてくれる受付嬢。
何度も見たことのある顔が、今、本当に目の前にいる。
――うわぁ、本物だ。
思わずじっと見つめそうになるのを必死に我慢する。
「それじゃあ、この紙にあなたの情報を書いてほしいんだけど……。」
そう言いながら、アインスは受付の案内を指差した。
「あなた、この文字が読めてたわよね。自分で記載できる?」
「はい、大丈夫です。」
この世界の平民は識字率が低い。
文字を読めない人も珍しくないので、自分で記入できない場合はギルド職員に代筆してもらうことになる。
でも私は今日のために読み書きも勉強してきた。
「それじゃあ、あっちのテーブルと、このペンを借りてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。」
私は契約書とペンを受け取ると、近くのテーブルに腰掛けた。
改めて用紙に目を落とす。
「名前、性別、年齢、出身地、家族、特技……。」
一つずつ、すらすらと書いていく。
特技らしい特技はないけど、文字の読み書きや簡単な計算ができることなどを記載しておいた。
こういう情報も、依頼を受ける時に重要になることがあるからね。
一通り書き終えたら、最後に契約内容を確認する。
前世で見た契約書のように、小難しい文章が延々と並んでいるわけではない。
教養のない平民でも理解できるよう、かなり簡単な文章で書かれている。
冒険中の生死については自己責任であること。
犯罪行為を行った場合、冒険者登録を抹消される可能性があること。
国家の非常事態には戦時動員に従う義務があること。
他にもいくつか書かれているけど、さっき確認した冒険者ギルドの決まりと大きな違いはない。
念のため、こちらに一方的に不利な内容が書かれていないか最後まで目を通す。
「うん、問題なさそう。」
最後に署名を入れる。
これで完成。
書き終えた契約書とペンを持って立ち上がり、私は再びアインスのいる受付へ向かった。




