新米冒険者②
「私も今日から大人の仲間入りだもんね。」
そう口にすると、とても感慨深いものがあった。
今日この日のために知識を蓄え、こそこそ経験値を稼いできた。
それもこれも、前世で大好きだった世界を心行くまで冒険するためだ。
でも、この世界は決して優しい世界じゃない。
いつ、どこで、誰が死んでもおかしくない世界なんだ。
ここからは本当に気を引き締めないと、いつか私があの掲示板の数字に追加されちゃうからね。
力があるからといって調子に乗らない。
楽ができるからといってGM権限に頼りすぎない。
これまで以上に、堅実に生きていかなきゃいけない。
私は改めて心にそう刻むと、冒険者ギルドへ向かうことにした。
この道で迷うことは無い。
《HidePC》の状態で《Warp》を使い、以前から何度も足を運んでいた場所だ。
足を運んでた理由については、最初は情報収集が目的だった。
だけど最近は別の目的でリーブラまで来ている。
――それは、グローザ侯爵家の様子を見るため。
二年ほど前。
私は『メインストーリー』へと続く歴史を変えてしまった。
それからというもの、何か悪い影響が出ていないか気になって、何度か様子を見に来ていたのだ。
「最初はグローザ侯爵家の屋敷が貴族街のどこにあるか分からなくて困ったよね。」
地図も無く《HidePC》で姿を消したまま貴族街を歩き回った。
そうして、ようやく見つけたグローザ侯爵家では、ティアナとグローザ侯爵夫人が庭で仲良くお茶をしているところだった。
二人で楽しそうに笑いながらお菓子を食べている。
その姿があまりにも幸せそうで。
歴史を変えてしまったことへの不安が、少しだけ軽くなったのを覚えている。
本来の歴史では、グローザ侯爵夫人はあの日、ティアナを庇って命を落としているはずだった。
そして、その死を境にグローザ侯爵家は少しずつ壊れていく。
最愛の妻を失った夫、カシウスは心を病んだ。
酒に溺れ、騎士団を辞め、自室へ引きこもるようになってしまう。
そんなカシウスを、周囲の貴族たちは強く非難した。
しかし、本人は何を言われても意に介さなかった。
そして、そんな父を非難する貴族たちに誰よりも怒ったのがクレスだった。
母を守れなかった自責。
変わってしまった父への悲しみ。
そして、その父を批判する者たちへの怒り。
様々な感情を抱えたクレスは、誰よりも力と功績を求めるようになった。
死に物狂いの鍛錬で自分を追い込み、任務に出れば成果を上げ続ける。
そうして実力と功績を積み重ね、やがて歴代最年少で『ロードナイト』への転職を果たした。
ティアナもまた、ずっと自責の念に苦しんでいた。
自分の不用意な行動が母の命を奪った。
そして、そのせいで父と兄まで変えてしまった。
事件の後も、父と兄はティアナにだけは以前と変わらず優しかった。
だからこそ、余計に辛かったのだと思う。
自分には笑いかけてくれる二人が、時折まるで別人のような姿を見せる。
幼いティアナにとって、それは耐え難いものだった。
やがてティアナも力を求め、『魔導都市レオ』にある魔法アカデミーへの入学を希望する。
騎士の家に生まれたティアナだったけど、彼女には類い稀な魔法の才能があった。
魔法アカデミーでその才能を開花させ、やがて歴代最年少で『ハイウィザード』となる。
立派になった自分の姿をクレスに見せる。
きっと、それがティアナにとって一つの目標だったのだと思う。
だけど――。
この先、クレスとティアナは同じ場所で命を落とすことになる。
「……やめよ。」
この話は本当に惨すぎる。
冒険者になる今日みたいな日に、わざわざ思い出したくない。
とにかく、今のグローザ侯爵家は、私の知っている歴史から大きく外れている。
グローザ侯爵夫人は生きている。
だからカシウスが妻を失って壊れてしまうこともなかった。
クレスも何かに憑かれたように力を求めている様子はない。
ティアナだって、家族に囲まれて幸せそうに過ごしている。
少なくとも、この二年間はずっとそうだった。
「歴史の修正力みたいなのも無さそうだし。」
前世で読んでいた異世界転生物なんかでは、運命を変えようとしても不思議な力が働いて、結局は同じ結末へ辿り着くような展開があった。
助けたはずの人が別の理由で命を落としたり。
回避したはずの事件が形を変えて起きたり。
だから私も、最初のうちは少し心配していた。
だけど二年間、グローザ侯爵家の様子を見てきた限りでは、そんな力が働いている様子はない。
少なくとも今のところ、あの日に変えた歴史が元に戻ろうとしているようには見えなかった。
「それに、目の前に不幸な人がいるのに、知っている未来を守るためだけに助けないのは違うよね。」
クレスも、ティアナも、グローザ侯爵夫人も。
彼らはもう、ゲームの中にいるキャラクターじゃない。
この世界で生きている人間だ。
笑ったり、泣いたり。
家族を大切にして、幸せに暮らしている。
そんな人たちが目の前で命を落とそうとしていて、私に助ける力があるのなら。
やっぱり、私は助けたい。
だから、あの日の選択は間違いじゃなかったと思う。
いや、間違いじゃなかったと、この先の未来で証明しなくちゃいけない。
私が歴史を変えたことで、これから何が起きるのかは分からない。
もしかしたら、私の知らないところで別の問題が起きるかもしれない。
それでも、自分で変えた以上は知らない振りなんてできない。
この件がどんな結末を招こうとも。
私は最後まで見届けなくちゃいけないと思う。
「……うん。」
それが、歴史を変えてしまった私の責任だ。




