行ってきます!⑦
◇
荷物を持って、パパとママと一緒に家を出る。
私の荷物はそう多くない。
中身は少しの着替えと、パパとママが用意してくれた路銀。
パパとママは返さなくていいと言ってくれたけど、お金は出世払いで必ず返すと伝えておいた。
向かう先は転送屋。
家を出て歩いていると、私が今日旅立つことを知っている友達や近所の人たちが次々と声を掛けてくれた。
「アイラ、頑張ってね。」
「たまには帰ってきてね。」
「怪我しないようにね。」
そんな言葉を掛けながら、一人、また一人と見送りに加わっていく。
気付けば、ちょっとした行列みたいになっていた。
――こんなに来てくれるなんて思わなかったなぁ。
少し恥ずかしい。
でも、それ以上に嬉しかった。
さすがに冒険者になって怪我をしないのは無理だと思うけど。
そんな野暮なことは言わない。
きっと皆だって分かっていて、それでも心配だから言ってくれているのだ。
何度も歩いた町の道。
見慣れた家。
いつも挨拶していた近所の人たち。
明日からは、これが当たり前じゃなくなる。
そう思うと、いつもの景色が少しだけ違って見えた。
家からゆっくり歩いて五分ほど。
広い庭のある小さな民家に到着する。
軒先には『転送屋』と書かれた看板が掛かっていた。
「ごめんくださーい。」
「お客さんかい?」
声を掛けると、家の奥から杖を突いたお婆ちゃんがゆっくりと出てきた。
このお婆ちゃんも、昔は冒険者だったらしい。
冒険者時代に負った怪我が原因で足が悪くなり、引退してからこの町で転送屋を始めたと聞いたことがある。
主な転送先は、冒険者ギルドのある『王都リーブラ』。
歩けばかなりの時間がかかる距離でも、『ポータル』なら一瞬で移動できる。
昨日、パパが私の誕生日ケーキを買いに行った時も利用したみたい。
「王都までお願いします。」
そう言って、私はママから預かっていた魔力石をお婆ちゃんへ渡した。
魔力石は、一部の特殊なスキルを使用する際に触媒として消費される石だ。
『ポータル』もその一つ。
決して安いものではなく、この一つだけでもサジタリウスの宿に一週間くらい泊まれる。
ママのお店でも取り扱っているけど、値段が高いので置いてあるのはほんの少しだけだった。
「はいよ。」
お婆ちゃんは受け取った魔力石を日の光にかざし、角度を変えながら何度か眺める。
やがて満足そうに頷いた。
「確かに受け取ったよ。すぐに出るかい?」
「はい、お願いします。」
「あいよ。」
お婆ちゃんは杖を突きながら、ゆっくりと店の外へ向かう。
私たちもその後についていった。
向かった先は、綺麗に手入れされた広い庭。
ここから先へ進めば、私は十二年間暮らした町を離れる。
「見送りに来た連中に挨拶する時間くらいは待ってあげるよ。」
お婆ちゃんはそう言うと、庭に置かれた椅子へ腰を下ろした。
「え。」
恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、見送りに来てくれた皆が並んでいた。
友達も、近所の人たちも、全員が私の顔をじっと見つめている。
パパとママなんて、今にも泣きそうな顔だ。
私、こういう空気苦手なんだけど……。
全員が何かを期待するような、刺さりそうな眼差しを向けてくる。
そんな顔されたら、何か言わなくちゃいけない空気じゃん。
数秒の沈黙の後、私は意を決して口を開いた。
「皆、今日は私の門出に集まってくれてありがとう。今日までたくさんお世話になりました!」
少し恥ずかしいけど、ちゃんと伝えておきたい。
「一か月に一回は帰ってくるつもりだから、その時はまたお話ししようね。」
友達や近所の人たち、一人一人の顔を見る。
いつも遊んでくれた子。
困った時に助けてくれた人。
小さい頃から成長を見守ってくれた人。
十二年間、この町でたくさんの人にお世話になった。
そして最後に視線を向けたのは、もちろんこの二人。
「パパ、ママ。」
二人の顔を見た瞬間、胸の奥からいろんな思いが込み上げてきた。
だから、泣いてしまう前に全部伝える。
「こんなに大きくなるまで愛してくれてありがとう。大好き!」
私が今できる、最高の笑顔で。
パパは号泣。ママも目元を押さえながら涙を拭っている。
――ダメ。
これ以上話したら、私まで絶対泣いちゃう。
だから、これでお終い!
もう大丈夫だと伝えるように、お婆ちゃんへ視線を向ける。
「もういいのかい?」
私はコクンと頷いた。
「それじゃあ、『ポータル』を開くよ。」
お婆ちゃんは椅子から立ち上がると、杖を構えて静かに何かを唱え始める。
「……『ポータル』。」
青白い光が広がり、地面に大きな魔法陣が展開された。
『ポータル』の効果時間は十五秒程度。
――その間に乗らないといけない。
あと十五秒。
そう思った途端、急にこの町を離れる実感が湧いてきた。
生まれてから十二年間暮らした町。
大好きな家族と過ごした町。
たくさんの思い出が詰まった、私の故郷。
でも、いつまでもここにはいられない。
私は冒険者になるんだから。
改めて見送りに来てくれた皆へ向き直る。
大きく手を振って。
涙が零れてしまう前に、精一杯の大きな声で。
「行ってきます!」
皆の顔を目に焼き付けて、私は『ポータル』へ飛び乗った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイラは十二歳になり、ついに故郷を旅立ちました。
五歳の頃からずっと目指してきた冒険者。
家族や故郷の人たちに見送られ、ここからようやくアイラ自身の冒険が始まります。
ここまでのお話は、長い長い旅立ちの準備期間でした。
これからどんな場所を訪れ、どんな人たちと出会うのかお楽しみに。




