行ってきます!②
ママが働いている露店は、町の中でも少し高い場所にある。
日当たりの良い角にある、小さなお店。
冒険者用のポーションや、衣服に使う布や糸。
森で捕れる動物の毛皮や、野苺のジャムなども置かれている。
並んでいる商品は、十二年間ずっと見慣れてきたものばかり。
それでも、この店はいつもそれなりに賑わっている。
理由は簡単だ。
店の看板娘が綺麗だから。
「ママ、もう店じまい?」
店を閉める準備をしていた人気の看板娘に声を掛ける。
「あら、来てくれたの。ええ、もう帰るところよ。」
ママは私に返事をしながらも、てきぱきと商品を片付けている。
「一緒に帰ろ。片付けも手伝うね。」
そう言って、布や糸、動物の毛皮といった扱いやすいものからまとめていく。
「ふふっ、ありがとう。」
ママはそれを見届けると、ポーションやジャムといった割れ物を一つずつ丁寧にまとめ始めた。
いつもと変わらない光景。
昔はお手伝いなんて退屈だと思っていた。
早く終わらないかな、なんて考えながら手を動かしていたこともある。
だけど、こんな何でもない日常も、明日からはしばらくお預けになる。
そう思うと、少しだけ名残惜しい。
やがて、すべての荷物が小さな荷台に積み終わった。
「今日は私が引くね。」
荷台の取っ手を握る。
「本当に大丈夫?」
ママは少し心配そうにしていたけど、最後には私に任せてくれた。
ゆっくりと荷台を引き始める。
昔と違って、今なら問題なく動かせる。
そんな私の姿を、ママは隣からじっと見つめていた。
「アイラも、こんなに大きくなったのね。昔は荷台も引けなかったのに。」
「もう、いつの話をしてるの?」
たぶん、小さい頃にお手伝いをしようとして荷台を引いた時のことだ。
あの時は上手く扱えずに荷台を倒してしまって、ポーションを何本か割ってしまった。
ママは笑って許してくれたけど、私は申し訳なくて大泣きしたんだっけ。
今思い出しても恥ずかしい。
「もうちゃんと引けるもん。」
少しムッとして言い返す。
だけど、隣を歩くママの顔を見て、それ以上は何も言えなくなった。
優しく笑っている。
いつものママの笑顔。
なのに、どこか寂しそうだった。
「……その顔は、ずるいよ。」
聞こえないくらいの声で呟く。
明日になれば、私はこの町を出る。
十二年間、毎日のように一緒にいたママとも離れて暮らすことになる。
きっとママも、同じことを考えている。
それから家に着くまで、二人の間に会話はなかった。
荷台の車輪が転がる音。
遠くから聞こえてくる町の人たちの声。
夕暮れの風が木々を揺らす音。
ただそれだけを聞きながら、二人並んで歩いていく。
ずっと、こんな時間が続けばいいのに。
そんなことを思いながら、私は夕暮れの小道を黙って歩いた。
「ただいま~。」
誰もいない家に挨拶をする。
「ご苦労様。荷台は私が片付けておくわね。」
「は~い。」
ママに荷台を任せ、それなら私は夕食の準備を手伝おうと台所へ向かった。
「お水、汲んでこようかな。」
台所から桶を持ち出し、家の外にある井戸まで歩く。
井戸の前に着くと、備え付けてある共用の釣瓶を中へ落とした。
少し待つと、水を掬った手応えが紐から伝わってくる。
そのまま紐を引っ張り、ゆっくりと釣瓶を引き上げる。
あと少しで引き上げ終わるというところで、ふと誰かの気配を感じた。
顔を上げる。
「アイラ、ただいま。」
「お帰りなさい、パパ。」
仕事から帰ってきたパパだった。
私が笑顔で答えると、パパもいつものようににかっと笑った。
その手には、大きな鶏肉と小さな箱。
鶏肉は夕食用かな。
そして、もう一つの小さな箱。
「……。」
中身は、見なくても何となく分かる。
でも、まだ気付かない振りをしておこう。
私は何も言わず、引き上げた釣瓶の水を桶へ移した。
「持てるか?」
「うん、大丈夫。」
今日はパパにもママにも、やけに子供扱いされる。
それが少し不服なような、嬉しいような。
たぶん、どっちもなんだろうなぁ。
桶を両手で持ち上げ、そのまま家へ向かって歩き出す。
パパも私の隣をゆっくり歩く。
「アイラが初めて桶を持った時は、転んで泣いてたよなぁ。」
「……パパ、そんな昔の話しないで。」
思わずムッとして反論する。
何か、さっきもママとこんな会話をした気がする。
二人して、今日に限って昔の話ばっかり。
「悪い。怒ったか?」
「……。」
隣を見る。
ほんの少し反抗的な態度を取っただけなのに、パパは分かりやすくオロオロしていた。
明日には冒険者になる十二歳の娘を相手に、そんな顔をしなくてもいいのに。
その姿が何だかおかしくて、小さく息を吐く。
「怒ってないよ。」
笑顔でそう返す。
「そっか。」
パパも安心したように笑った。
昔から何も変わっていない笑顔。
明日からは、この笑顔を毎日見ることもなくなる。
そう思うと少しだけ歩く速度を落としたくなった。




