行ってきます!①
今回から時間が進み、アイラが十二歳の誕生日を迎える前日から物語が始まります。
以前のエピソードでも触れた通り、この世界で冒険者になれるのは十二歳から。
今回のお話はその前日譚となり、この先には冒険者登録や転職などのお話も続きます。
アイラが本格的な冒険へ旅立つのは、もう少しだけ先のこと。
それまでしばらくお付き合いいただければ幸いです。
月日は流れて。
ここは、いつもの広場のベンチ。
私は今日も、いつもと同じように腰を掛けていた。
明日、私は十二歳になる。
夢にまで見た冒険者登録の日。
そして、大好きなパパとママのもとを離れ、一人立ちする日でもある。
「本当に、あっという間だったなぁ。」
十二年間の人生を思い返す。
優しくて元気なパパと、綺麗で賢いママの子供として生まれて。
五歳で前世の記憶を思い出して。
GM権限があることに気付いて。
一生懸命、運動と勉強をして。
調子に乗って危ないこともして。
グローザ家の運命まで変えちゃって。
それから、それから……。
あっという間だった。
だけど思い返してみると、本当にたくさんの思い出がある。
「ふふっ。」
最初は「ゲームでキャラメイクしたみたいな可愛い女の子だ!」なんて喜んでたっけ。
ママに似たこの顔立ちなら、将来はきっと美人さんになるだろう。
「……身長は伸びなかったけど。」
いや、まだ成長期だから。
もしかしたら、これから伸びるかもしれないし!
前世では好きだった"小柄な女の子"という属性も、いざ自分がなると複雑だ。
もう少し背が高くて、すらっとした女性になりたいと思うようになった。
この辺は、たぶん『アイラ』の感覚なんだろうな。
そんなことを考えていると、手を繋いで走ってくる男の子と女の子が目に入った。
近所に住む兄妹だ。
二人は私の前まで来ると、肩で息をしながら立ち止まった。
「アイラお姉ちゃん、町から出て冒険者になるって本当?」
「お姉ちゃんがどこかに行っちゃうの、やだぁ。」
そういえば、この子たちにはまだ話していなかったっけ。
別に冒険者を目指していることを隠していたわけじゃない。
町の子たちは、ほとんど知っている。
中には、そのことでからかってくる男の子もいた。
きっと意地悪したい年頃なんだろう。
前世の記憶がある私には、その理由も何となく分かってしまう。
だから腹も立たず、いつも生暖かい目で見守っていた。
――でも少年たち、そんな意地悪ばかりしてたら好きになってもらえないぞ。
……って、そんなことより。
「ごめんね。明日、冒険者登録をするつもりなの。」
私は二人の目を見て、静かに答えた。
本当に申し訳ないと思う。
だけど、何を言われても、この夢だけは諦めるつもりはなかった。
それに、この程度で気持ちが変わるくらいなら、とっくにパパとママの説得に応じている。
「えぇ~、やだ~!」
二人とも同じ顔で不満を言うのが可愛い。
ふふ、兄妹って似るのかな。
前世では兄妹がいたけど、亡くなったのは大人になってからなので、幼い頃の記憶はもう薄い。
アイラになってからは一人っ子なので、その辺りの感覚もよく分からない。
私ももう家を出るし、パパとママには兄妹を作ってほしいなぁ。
そうしたら、顔を見るために毎週でも家に帰ってくるのに。
「一か月に一回はサジタリウスに帰ってくるつもりだよ。その時はまたお話ししようね。」
そう言って、二人の頭を撫でる。
すると、二人の表情がぱぁっと明るくなった。
「絶対だよ!」
「嘘ついたら許さないから!」
「うん、約束。」
元気よく走り去っていく兄妹に手を振って、その小さな背中を見送った。
さて、冒険者になるための荷造りは、もう終わっている。
お世話になった人たちへの挨拶も済ませた。
今日は明日に備えてゆっくり休むだけ。
つまり、本当に何もすることがない。
「暇だなぁ。」
ぼんやりと空を眺めていると、少し強めの風が遠くにある森の木々を揺らした。
遅れて広場まで届いた風が体を撫で、思わずぶるっと震える。
ちょっと寒いかも。
秋の夕暮れは肌寒い。
空も少しずつ茜色に染まり始めている。
そろそろ町の商人たちも露店を閉め、家路につく頃だ。
「それなら、ママを迎えに行こうかな。」
そう思い立ち、ベンチから立ち上がる。
ふと振り返った。
五歳の頃は、座るにも少し苦労して、降りる時には飛び降りていたベンチ。
今では随分と小さく感じる。
前世の記憶を取り戻してから、悩み事があるたびにここへ来た。
冒険者になりたいと考えた時も。
GM権限について悩んだ時も。
これからどう生きていくのか考えた時も。
気付けば、いつもこのベンチに座っていた。
明日からは、しばらくここに来ることもない。
そう思うと、ただのベンチなのに少しだけ名残惜しかった。
「今までありがとうね。」
そっと背もたれに手を触れ、お礼を言う。
もちろん返事なんてない。
それでも満足して、私は広場を後にした。




