『メインストーリー』⑧
馬車は王都へ帰っていった。
草むらから立ち上がると、公道まで歩き出す。
先ほどまで大量に転がっていたゴブリンの死体は、すでにどこにも見当たらなかった。
使える素材だけを回収し、残りは林の中へ運んだのだろう。
そこなら、人知れず『スライム』がきれいに掃除してくれる。
「って、そんなことより見られちゃったって!」
ああ、どうしよう。
これまでは上手く隠し通せていたのに、こんな初歩的なミスをするなんて。
「ううううう……。」
頭を抱えたまま唸る。
今さら後悔しても仕方ない。
それでも後悔せずにはいられなかった。
幸い、護衛のナイトたちは誰も男の子の話を信じていなかった。
それに貴族の子供と、この先会うことなんてきっとない……はず。
「はぁ。」
大きくため息をつく。
もう取り返しのつかないことはしてしまった。
今回のことはしっかり反省して、街中で正体を見られなかっただけ運が良かったと思うしかない。
そう無理やり気持ちを切り替えた。
ふと男の子の顔を思い浮かべる。
とても強くて、格好いい子だった。
あんな怪しい場所にいた私のことまで心配してくれたし。
まるで物語の主人公みたいだった。
「……。」
主人公みたいな、見覚えのある貴族の男の子?
そういえば、あの小さな女の子も見覚えがあった気がする。
馬車の家紋にも、どこか見覚えがあった。
『アイラ』になってから見たものじゃない。
この十年間、貴族と関わった記憶なんて一度もないのだから。
それなら前世の――。
「ああ!?」
金髪。
青い瞳。
ナイト。
妹。
そして家紋。
頭の中で点と点が一気につながった。
全部当てはまる人物を、私は知っている。
『クレス・グローザ』。
二次職『ロードナイト』のメインビジュアルキャラクター。
「……ゲームより幼かったから気付かなかった。」
幼い日に母を亡くした後悔を胸に鍛錬を積み、『ロードナイト』へと至った青年。
最後は罠にはめられ、恋人と妹もろとも命を落とす。
あまりにも救いのない結末は多くのプレイヤーから批判を受けた。
それでも、その悲劇性ゆえに爆発的な数の二次創作が生まれ、シリーズ屈指の人気キャラクターになった。
「確か十歳の時、お母さんと妹の三人でピクニックに出掛けて……。」
そこまで思い出した瞬間。
「って、それが今日だったってことじゃん!」
思わず大声で叫ぶ。
「誰か教えてよおおおおおおおお! くおおおおお!」
頭を抱えながら奇声を上げた。
……いや、待って。
私、メインキャラクターの人生を変えちゃったんだけど!?
姿を見られたことなんかより、こっちの方が何百倍も大問題だった。
救った相手が、ゲームでは名前すらなかった村人なら、おそらく気にする必要はない。
だけど今回助けたのは『グローザ侯爵夫人』。
その息子、『クレス・グローザ』は、開発スタッフがファンミーティングで、
「生きていれば英雄になっただろう」
そう語ったほどの人物だ。
そんな人の運命を、私は変えてしまった。
「何か大きな事件にならないといいけど……。」
なりそうな予感がする。
「……どうしよう。」
どうしようもない。
もう終わってしまったことだ。
私にできるのは、この変わってしまった世界を見届けることだけ。
責任の当事者に平手打ちくらいしてやりたいのに叩く相手がいない。
思い浮かぶのは、可愛い自分の顔だけだった。
「……。」
それに。
目の前で助けられる命を見捨てるなんて、やっぱり私にはできなかった。
本当は分かっている。
前から、あんな未来は変えた方がいいと思っていた。
だけど、それでも不安は消えない。
「はぁぁ~。」
私は人生で一番大きなため息をついた。
◇
「♪」
ついさっきまで、揺れる馬車の中で泣いているティアナを宥めていたはずだった。
怖いモンスターに襲われ、お気に入りのリボンを切られ、髪まで乱されて大泣きしていた妹。
ところが帰りに王都でお気に入りのケーキを買って帰ろうと約束した途端、ぴたりと泣き止んだ。
今ではすっかり機嫌を取り戻し、鼻歌まで歌っている。
引きずらないのは助かるが、変わり身が早すぎると苦笑した。
……とはいえ、完全に元気になったわけではない。
笑顔の裏に、どこか無理をしているような様子も見えた。
今日の出来事は、七歳のティアナにはあまりにも衝撃的だったはずだ。
変なトラウマだけは残らないといいのだが……。
母上も、どこか顔色が優れない。
先ほどの一件で、無理をして気丈に振る舞っていたのだろう。
「大丈夫ですか、母上。」
思わず声を掛ける。
「大丈夫よ。」
心配しないで、と言うように母上は小さく微笑んだ。
こうなると母上は頑固だ。
無理に聞き出しても、本当のことは話してくれない。
私はそれ以上追及しないことにした。
そんな家族のことも気掛かりだったが、それ以上に、あの少女のことが頭から離れなかった。
背丈や顔立ちからすると、ティアナと同じくらいの年頃だろう。
あんな小さな子が、どうしてあんな危険な場所にいたのか。
服装は平民のものだった。
どことなくサジタリウス周辺で見かける服装にも見えた。
だが、王都からサジタリウスまではかなり距離がある。
子供一人で来られる場所ではない。
どうしても気になってしまう。
美しい銀色の髪。
大きく垂れた瞳。
筋肉も脂肪もほとんど付いていなさそうな、小柄で華奢な体。
可愛らしい顔立ちの小さな女の子だった。
そして、私の前でころころと変わる表情。
驚いたり、焦ったり、慌てたり。
その一つ一つが、まるで子犬のようだった。
ナイトたちは誰も見ていない。
緊張から幻でも見たのだろうと言っていた。
だけど、私はそうは思えなかった。
人が目の前から突然消えるなど、聞いたこともない。
だとすれば、本で読んだ妖精だったのだろうか。
「……また、どこかで会えるだろうか。」
私は窓の外へ流れる景色を眺めながら、そんなことを考えていた。
クレスはアイラを見た目でティアナと同じ年頃と判断しましたが残念。
クレスと同い年です。




