『メインストーリー』⑦
草むらへ降り立ち、すぐにレーヴァテインを構える。
弓を持ったゴブリンは、突然目の前に現れた私へ反応できていない。
こちらへ顔を向けた時には、もう遅かった。
私はそのまま躊躇なくレーヴァテインを斬り上げる。
「ゴガガガガガガガガ?」
刃がゴブリンの体を通り抜けた。
切断面から体が静かに崩壊を始め、そのまま跡形もなく消滅する。
「……。」
急場とはいえ、思えば人型の生物の命を奪ったのは初めてのことだった。
スライムや他のモンスターとは違う。
姿だけなら人間に近く、武器を使い、仲間と連携して戦う知性まで持っている。
そんな存在を自分の手で斬った。
その事実に、胸がいつもより少しだけ重くなった。
でも、今は立ち止まっている場合じゃない。
強いモンスターには人型のものも多くいる。
それに、いずれ人間の犯罪者と戦わなければならない日が来ることだってありえる。
冒険者として生きていくなら、いつかは乗り越えなければならない試練だ。
そう自分へ言い聞かせると、すぐに背後のメイスを持ったゴブリンへ意識を向けた。
「ティアナ!」
男の子の叫び声が聞こえた。
女の子を抱き締めた女性が、その小さな体を守るように身を縮める。
ゴブリンまでの距離は、あとわずか。
助けようにも、ナイトも男の子も間に合わない。
「危ない!」
そう思った私は、ゴブリンへレーヴァテインを向けた。
剣先へ魔力を集中させる。
すると小さな炎が生まれ、瞬く間に一本の矢へと姿を変えた。
辻斬りとの戦いでは、急場とはいえ『スラッシュ』の威力が制御できなかった。
あの時の反省から、これまで何度も力のコントロールを練習してきた。
強い攻撃を放つだけなら簡単だ。
でも、必要以上の威力を出せば周囲まで巻き込んでしまう。
特に今回は、ゴブリンのすぐ近くに守らなければならない人たちがいる。
だから今回使うのは、最低限の威力で。
ゴブリンだけを倒せるよう調整した、ウィザードスキル『ファイアアロー』。
「『ファイアアロー』。」
剣先から炎の矢が放たれる。
真っ直ぐ空気を切り裂き、今にもメイスを振り下ろそうとしていたゴブリンだけを正確に貫いた。
「ゴガッ!?」
ゴブリンの体が炎に包まれる。
だけど、炎が周囲へ広がることはない。
女の子にも、その子を抱き締めている女性にも当たらず、近くの草木へ燃え移ることもなかった。
ゴブリンだけを焼いた炎は、役目を終えるように静かに消えていく。
「……よかった。」
威力の調整は成功したみたい。
私は小さく胸を撫で下ろす。
これなら助けられた。
そう安心した直後、周囲から慌ただしい声が上がった。
「侯爵夫人、申し訳ございません!」
「母上、ご無事ですか!? ……今のは一体?」
「うええええええええん!」
ナイトたちと男の子が一斉に一か所へ集まる。
「え、ええ……。私は無事。何ともないわ。」
女性は女の子を抱き締めたまま答えている。
ナイトたちは周囲を警戒しながら、互いの無事を確認し合う。
どうやら怪我人はいないらしい。
でも、こうなってくると当てが外れて困惑するのはゴブリンたちだ。
「ゴグ?」
「ゴゴギ!」
作戦が失敗したゴブリンたちが、何か短く言葉を交わし合う。
まるで状況を確認しているように見えた。
「っ!」
その様子を察したナイトたちは、一斉に剣を構え直した。
まだ戦いは終わっていない。
次はどんな手を使ってくるのか。
私もレーヴァテインを構え、いつでも援護できるよう身構える。
しかし、ゴブリンたちはそんな様子を意にも介さず背を向けた。
「ギィッ!」
木陰へ。
草むらへ。
次々と森の中へ姿を消していく。
仲間の死体だけを残して、完全に撤退していった。
「あれ?」
あまりにも手際が良い。
不利だと判断したら、仲間の死体すら置いて即座に撤退する。
その場にいた誰もが、少し拍子抜けしたような表情を浮かべていた。
とはいえ、逃げたゴブリンを追う者はいない。
下手に追いかければ、今度はこちらが森の中で待ち伏せされるかもしれない。
ナイトたちは周囲への警戒を続けながら、先ほどの襲撃について分析を始めていた。
「初めからティアナを狙っていたのか?」
「お嬢様が、あの林の中で何かしてしまったのかもしれません。ゴブリンは執念深いですから。」
「どちらにせよ、今のお嬢様から事情を聞くのは難しいでしょう。」
確かに、あれだけ泣いていたら今すぐ事情を聞くのは難しそうだ。
小さな女の子は女性へしがみついたまま、まだしゃくり上げている。
「馬車まで戻るわ。護衛をお願い。」
侯爵夫人と呼ばれた女性は、落ち着いた声でそう告げた。
気丈に振る舞っているけど私のいる位置からは見えてしまった。
ほんの少しだけ、その足が震えている。
自分だって怖かったのだろう。
少し前までメイスを持ったゴブリンに背中から襲われそうになっていた。
それでも女の子を守るために背を向け、自分の体を盾にした。
そして今も子供たちの前では平静を保とうとしている。
きっと二人には、その様子を悟られないよう必死に堪えているんだろう。
「母は強し、だね。」
良い人そうだし、無事でよかった。
私は小さく微笑んだ。
さてさて。思いがけない形で、ゴブリンの戦い方を見ることになったわけだけど。
「うーん。」
想像していたより、ずっと厄介だ。
ネームレスオンラインでは見た目が可愛かったゴブリンも、現実では想像以上に恐ろしい。
特に、人間のように戦術を組み立てて動くところが脅威だった。
数を活かして護衛を足止めする。
その隙に守られている相手を狙う。
正面から勝てないと分かれば、囮まで使って相手を持ち場から引き離す。
そして作戦が失敗したと分かれば、深追いせずにすぐ撤退する。
「あれは初心者が襲われたら、確かにひとたまりもないね。」
単純な強さだけで考えたら駄目なんだ。
ゲームの知識だけでは分からなかった部分も多い。
冒険者登録する前に、一度この目で見られたのは本当に大きな収穫だった。
「しかも、人助けまでできたもんね。」
お母さんも、お兄ちゃんも。
あの小さくて可愛い女の子を命懸けで守っていた。
そんな家族が不幸になるのは、やっぱり嫌だ。
できることなら、このままずっと幸せに暮らしてほしい。
「うんうん。」
私は満足しながら何度も首を縦に振る。
ゴブリンの生態も観察できて人助けもできた。
予定とは少し違ったけど、今日ここまで来た意味は十分にあったと思う。
――ガサガサ。
「ん?」
すぐ横の草むらから物音がした。
ハッとして振り向く。
草をかき分けながら姿を現したのは、さっきゴブリンと戦っていた男の子だった。
「……。」
近くで見ると、やっぱり格好いい。
金色の髪に整った顔立ち。
まだ子供なのに、凛々しい雰囲気がある。
うん、将来は絶対イケメンになると思う。
それにしても、この子。
どこかで見たことがあるような気がするんだけど……。
男の子も私に気付いたようだ。
お互いにじーっと顔を見つめる。
「君は……? こんなところで何を……?」
「え?」
何を、言っているの?
一瞬、意味が分からなかった。
いやそれより目が合ってる?
「……え?」
混乱した。
私が見えているはずないのに、どうして?
震えながら、私はそっとレーヴァテインを持っていない左手へ視線を落とした。
「こんなところにいたら危険だ。とりあえず私と一緒にあっちの馬車に――。」
左手が見えてる?
自分の手が、普通に見えている。
「……。」
待って、待って、待って、待って!?
私、《HidePC》してない!!
《HidePC》と反射的に心の中で唱える。
その瞬間、自分の体が視界から消えた。
「あ、あれ……? さっきの子はどこに?」
男の子が一瞬だけ馬車の方へ視線を向けるたその隙に、どうやら上手く姿を隠せたらしい。
「坊ちゃま、どうしましたか?」
少し遅れて、ナイトの一人がこちらへやって来た。
「さっきここに、ティアナくらいの歳の銀髪の女の子がいたんだ。」
「ええ!? そんなまさか……。」
「本当にいたんだ! 信じてくれ!!」
ナイトは困惑したように周囲を見回している。
当然、今の私の姿は見えない。
一方の男の子は、私がいた場所を何度も確認していた。
私はそんな二人を目の前にしながら、心臓をばくばくさせて震えていた。
見られた。
見られちゃった!
なんで今日に限って《HidePC》を忘れてるの!?
結局、男の子がナイトに促されて馬車へ戻っていくまで、私はその場から動けなかった。
そのまま白い馬車が街道の向こうへ進み、完全に見えなくなる。
そうなっても私は草むらの中へ座り込んだまま、ぐるぐると目を回し、人生最大の失態を呪い続けた。




