『メインストーリー』⑥
ここからアイラ視点に戻ります。
◇
今日はお天気も良い。
昨日降った雨は止み、雲間から温かな光が射している。
地上を見ると、雨を吸った木々や草花が陽光を受けて輝いていた。
「ピクニック日和だなぁ。」
町の外は危ないからと、家族でピクニックをしたことはない。
パパもママも冒険者ではあるけど、だからといって危険な町の外へわざわざ遊びに出掛けることはなかった。
でも、いつか三人で来られたら楽しいだろうな。
古代都市、修道院、大灯台、砂漠のオアシス。
行ってみたい場所はたくさんある。
まだ見たことのない景色を見て、美味しいものを食べて、夜になったら宿で今日あったことを話す。
そんな旅行もきっと楽しい。
――うん、決めた。
私が強くなったら、パパとママを連れてたくさん旅行しよう。
もし好きな人ができたら、その人とも行ってみたい。
幸い、この世界の住民は寿命が長い。
これからもチャンスはたくさんあるだろう。
「楽しみだなぁ。」
そんな未来を思い描きながら、私は空を進んでいた。
足元には王都西へ続く街道が細く伸びている。
地上を歩く人の姿は小さく、時折通る馬車も玩具みたいに見えた。
そして、私の片手にはレーヴァテイン。
今はハイウィザードスキル『レヴィテーション』で空中へ浮遊していた。
「まさか『レヴィテーション』がこんなに便利だなんてね。」
ネームレスオンラインでは、地面設置型スキルの効果を防ぐスキルだった。
地面から足を離して浮遊することで、足元に発生する攻撃を避ける。
ゲームでは主にそういう使い方をしていた。
しかし現実では、浮遊によって安全に偵察や移動ができる。
地上を歩かなければ、草むらや木陰に潜んでいるモンスターと突然鉢合わせする危険も減らせる。
遠くまで見渡せるから索敵もしやすい。
まさに至れり尽くせりだ。
安全に冒険したい私にとっては、神スキルと言ってよかった。
最近は、モンスター討伐も再開した。
あの日以来、GMコマンドやGM装備について慎重に検証を重ねてきたけど、それも十分に終えた。
安全を確保しながら少しずつ活動範囲を広げているところだ。
それに、冒険者になってからはきっと自由に動き回るのも難しくなる。
十二歳の誕生日までに、やるべきことは山積みなのだ。
「だから今日は、この辺りのモンスターの生態を見てみたいんだよね。」
空中から地上を見渡す。
この辺りは、王都から最も近いアクティブモンスターの生息地。
こちらに害意がなくても、向こうから襲い掛かってくるモンスターたちの棲み処だ。
特にこの周辺へ出現するゴブリンは、初期モンスターの中でも知性が高く、狡猾な手で人間を襲うらしい。
冒険に慣れ始めて慢心した冒険者が、ゴブリンに襲われて命を落とす話もよく聞く。
力はそれほど強くなくても、知恵を使い、数で襲ってくる。
ゴブリンは、まさに初心者キラーだと教わった。
「でも、ゴブリンの生態を知っていれば、将来のリスクも減らせるもんね。」
だからこそ、今のうちに一目見ておきたかった。
戦うこと自体が目的ではない。
どんな場所に潜み、どうやって獲物を狙い、実際の戦闘ではどんな動きをするのか。
相手をあらかじめ知っているということは、冒険者にとって大きな武器になるのだから。
「ゴブリンと戦ってる冒険者はいるのかな?」
地上を見渡しても、それらしい姿は見当たらない。
私は『レヴィテーション』で浮遊したまま、プリーストスキル『フライ』を発動した。
一瞬で景色が切り替わる。
『フライ』の効果は、近距離間の瞬間移動だ。
距離にすると、およそ五百メートルほどだろうか。
『ポータル』のように座標登録の必要がないのが利点。
その代わり、移動先を細かく指定することはできないのが欠点だ。
『フライ』を何度か繰り返し、そのたびに空から地上を確認する。
しかし、ゴブリンと戦う冒険者の姿は見つからなかった。
「う~ん、今はこの辺に誰もいないのかな?」
この辺りは王都からかなり離れていて、徒歩で来ると数時間はかかる。
わざわざここまで来たものの、都合よく戦っている冒険者がいるとは限らない。
今日は退散して、また日を改めた方がいいのかもしれない。
「もう少しだけ探して、見つからなかったら帰ろう。」
そう呟いて、再び『フライ』を発動する。
唱えた瞬間、幾度目かの景色が切り替わった。
空中で姿勢を整え、そのまま足元を見下ろす。
そこで最初に目へ飛び込んできたのは、紋章の付いた立派な白い馬車だった。
「貴族の馬車かな?」
遠目からでも、今まで街道で見かけた馬車とは明らかに違う。
あんな立派な馬車、一度でいいから家族で乗ってみたい。
パパとママと三人で遠くへ旅行する時に使ったら楽しそうだ。
「それにしてもあの紋章、どこかで見たことがあるような気がする。」
馬車に刻まれている紋章をじっと見る。
「う~ん……。」
何か引っかかる。
全く知らないものではない気がする。
でも、どうしても思い出せなかった。
「きゃあああああああああああ!!」
突然、女の子の悲鳴が森へ響き渡った。
「っ!?」
反射的にその方向へ視線を向ける。
林の中から低木をかき分けるように、小さな女の子が飛び出してきた。
凄く可愛い子だ。
高そうな青いドレスを身に着けていることから、貴族の子であることは明白だった。
髪は少し乱れていて、何かから必死に逃げてきたことが分かる。
そんな子が悲鳴を上げるなんて、何があったんだろう。
私は空中で身を乗り出すようにして、その様子を窺った。
「ゴギギッ!」
女の子を追うように、低木の奥から飛び出してきたのはゴブリンたちだった。
「ゴブリン……。」
護衛と思われるナイトたちが即座に動き、それを迎え撃っている。
一対一の実力なら、圧倒的にナイトの方が上。
実際、最初に飛び出したゴブリンはあっという間に倒されていた。
だけど、ゴブリンは数が多い。
次から次へと木陰や草むらから姿を現し、ナイトたちへ襲い掛かっていく。
しかも護衛側は、ただ敵を倒せば良いわけではない。
守るべき相手を抱えながら戦わなければならない。
状況から見ても、ナイトたちは苦戦を強いられているようだった。
「聞いていた通り、ゴブリンって知性があって厄介な相手みたい。」
私は空中から戦況を観察する。
ゴブリンたちは、ただ闇雲にナイトへ襲い掛かっているわけではない。
隙を見つけるたびに護衛をすり抜け、女の子の方へ向かおうとしている。
今もナイトたちを無視して、女の子を狙っていた。
「ああいう立ち回りをされると大変そう。」
戦えば勝てる相手でも、守るべき人がいれば話は変わる。
一匹を追えば別の一匹が動き、そちらを止めれば違う方向から回り込む。
知性があるというだけで、こんなにも厄介になるのか。
巧みな立ち回りを続けるゴブリンに感心しながら戦況を見つめる。すると、
「『スラッシュ』!」
「えっ?」
一人の男の子がゴブリンを一刀のもとに斬り伏せていた。
「え、あの男の子、凄くない……?」
明らかに他の護衛たちより若い。
というより、どう見てもまだ子供だ。
それなのに大剣を扱い、ゴブリンを一撃で倒している。
サジタリウスで見てきた駆け出し冒険者たちより、ずっと強い。
まだ子供なのに、剣筋にも迷いがなく、とても洗練されている。
相当訓練しているんだろう。
だけど――経験は少ないのかもしれない。
私は空から戦場全体を俯瞰していたのでゴブリンたちの動きが手に取るように分かってしまう。
男の子が目の前へ現れたゴブリンに釣られるように持ち場を離れた。
その動きに呼応するように、草むらの中でメイスを持ったゴブリンが身を低くした。
さらに少し離れた木陰では、弓を持ったゴブリンが静かに弦を引き絞っている。
――このままだと、危ない。
ゴブリンたちの狙いは明確だった。
でも、この場でそれに気付いている者はいない。
私はレーヴァテインを握る手に力を込めた。
見なかったことにして、このまま離れることもできるけど。
――助けられる命を見捨てるのは、違うよね。
私は意を決してレーヴァテインを強く握り締める。
そして弓を構えたゴブリン目掛けて、一気に急降下を開始した。




