『メインストーリー』⑤
「いやぁ!」
「ティアナ!」
低木をかき分けるように、ティアナが飛び出してきた。
左のリボンは切れ、綺麗に結われていたツインテールも解けかけている。
「お嬢様、失礼いたします!」
一番近くにいたナイトが素早くティアナを抱き上げ、そのままこちらへ駆け戻ってくる。
それを見た母上も駆け寄り、ナイトからティアナを受け取ると、強く抱き締めた。
「あぁ、ティアナ。大丈夫? 怪我はない?」
「お母様ぁ! うわああああああん!」
ティアナは母上の腕の中で安心したのか、大粒の涙をこぼしながら赤子のように泣きじゃくった。
母上は優しく背中をさすりながら、落ち着くよう何度も声を掛けている。
その間に、私はティアナの様子を確認した。
頭から足先まで目を走らせたが、目立った外傷は見当たらない。
「……怪我はないようだ。」
ひとまず無事なようで安堵する。
この辺りは公道の近くで比較的安全とはいえ、モンスターが出現することもある。
王都からもそれなりに離れているため、手強い相手が現れても不思議ではない。
ティアナが襲われていたら、ひとたまりもなかっただろう。
本来なら、勝手に出歩いたことは叱らなければならない。
だが今は、泣きじゃくるティアナを責める気にはなれなかった。
それに、ご機嫌を直してもらうためのピクニックで、これ以上泣かせるのも気が引ける。
となれば今は目の前の状況へ集中すべきだ。
ティアナのリボンを切った相手は、まだ近くにいるはずだから。
私は母上とティアナを守るように、大剣を構えた。
その時、前方――ナイトたちのすぐそばにある低木が大きく揺れた。
「ゴギギッ!」
低木の隙間から、緑黒い体色をした小人がナイフを手に飛び出してくる。
やはり――。
「『ゴブリン』だ!」
隊長格のナイトが叫ぶと同時に、一斉に臨戦態勢へ入った。
二人のナイトが同時にゴブリンへ斬りかかる。
その斬撃をまともに受けたゴブリンは、悲鳴を上げる間もなく絶命した。
今回は簡単に倒せたが、未熟なナイトなら苦戦するほどの相手である。
しかし、侯爵家の護衛を務める彼らにとっては脅威ではない。
私でも一対一なら、勝てる相手だ。
だが、ゴブリンはモンスターの中でも知恵が回る種族であり、群れで行動する習性を持つ。
さきほどの一体だけで終わるはずがない。
まだ近くに仲間が潜んでいる。
それが分かっているからこそ、誰一人として警戒を解く者はいなかった 。
「ゴギャッ!」
木陰から、草むらから、木の上から、一斉に大量のゴブリンたちが姿を現した。
手にしている武器も、ナイフ、メイス、アックスと様々である。
護衛のナイトたちは、こちらへ近づけさせまいと次々に迎え撃っていた。
いかに実力で勝っていても、この数を相手に護衛対象を守り抜くのは容易ではない。
特に母上とティアナには戦う術がない。
「侯爵夫人、馬車までお下がりください!」
近くにいたナイトが叫ぶ。
母上は無言で頷くと、泣き続けるティアナを抱き直した。
ナイトたちは周囲の敵で手一杯だ。
ならば、私が二人を先導しなくてはならない。
「母上、こちらへ!」
私が先頭を走り、母上がその後を追う。
馬車までは十五メートルほど。
先ほどティアナを救出したナイトが、近くから新たに飛び出してきたゴブリンの対処に当たっている。
これでは増援は望めないだろう。
「ゴガッ!」
近くの草むらからフレイルを持ったゴブリンが飛び出してきた。
「増援か!!」
ここは私が対処するしかない。
「『スラッシュ』!」
先手必勝。
子供だと油断していたゴブリンの胴を一刀のもとに断ち切った。
フレイルを持ったゴブリンは断末魔を上げる間もなく、地面へ崩れ落ちる。
人生初の実戦だったが、思っていた以上に体は動いてくれた。
――手間取れば、次のゴブリンが現れる。
馬車へ辿り着くまで、現れた敵は迅速に倒さなければならない。
家族は私が守る。
その一心で剣を振るう。
だが、その強い決意が、ほんのわずかな心の隙を生んでいた。
ティアナは泣き続けている。
その泣き声が、戦場へ導く呼び鈴のように聞こえただろう。
狡猾なゴブリンたちは、招かれるように数を増やしていく。
最も近くにいたナイトは、今もなお三匹のゴブリンを相手に足止めされている。
何匹倒しても次から次へと押し寄せる敵に身動きが取れずにいた。
他のナイトたちも同じ状況だ。
私の目の前に再びゴブリンが現れる。
今度は二匹。
「退け!」
道を切り開こうと大剣を振るうが、ゴブリンはこちらには向かって来なかった。
あくまで一定の距離を保ち、こちらの攻撃が届かないように立ち回っている。
先ほど仲間が倒されたのを見て、今度は間合いを測っているようだ。
小賢しいが、こいつらはこういう人間に近い動きをしてくる。
このままでは馬車まで辿り着けない。
焦れた私はそのゴブリン達を倒すため、三歩前へ踏み出した。
それは、ほんの一瞬のことだった。
母上とティアナのそばに、誰もいなくなっていた。
「『スイングスラッシュ』!」
横薙ぎに放つ大振りの『スラッシュ』。
多数の敵との戦闘で使用するスキルだ。
「ギャッ!」
手応えはあった。
両断には至らなかったものの、二匹の腹を大きく斬り裂く。
大剣を大きく振り抜いた勢いで、一瞬だけ体勢が崩れる。
だが、この一撃で仕留めてしまえば――。
「ゴギャッ!」
その声は、私の後方、少し離れた場所から聞こえた。
ゴブリンが後ろに?
母上、ティアナ――!
大剣を振り切った体勢のまま、無理やり後ろへ顔を向ける。
目に飛び込んできたのは、メイスを持ったゴブリンがティアナ目掛けて駆けてくる姿だった。
「ティアナ!」
大声で叫ぶが私もナイトも間に合わない。
ゴブリンの狙いに気付いた母上が、ティアナを隠すようにゴブリンに背を向けるのが見えた。




