『メインストーリー』④
◇
馬車は王都の西門から道沿いに走った。
目的地は『魔法都市レオ』近くの美しい湖畔だ。
通常なら片道一時間ほどで到着する距離である。
しかし、昨日降った雨で公道はぬかるみ、馬車は思うように速度を出せなかった。
私たちに気を遣い、段差や水たまりを避けながら進んでいるため、到着までは一時間半以上かかりそうなペースである。
「お母様、あれを見てください!」
「お兄様、あれは何ですか?」
もっとも、主役のティアナは外の景色を楽しんでいるようなので、特に問題はなさそうだ。
何度も通った道であっても、飽きることなく目を輝かせている。
王都を出て一時間ほど経った頃、ティアナが少し休みたいと言い出した。
いつもより馬車が揺れたせいで、少し気分が悪くなってしまったようだ。
この辺りは、ゴブリンが生息するエリアから少し離れている。
護衛のナイトたちもいるので問題はないだろう。
「ティアナの具合が良くないみたい。少し馬車を止めて。」
母上も同じ判断だったようで、馬車を操る従者へ指示を出した。
従者が馬車を道脇へ止めると、メイドたちが手際よく簡易テーブルや飲み物を用意する。
「お嬢様、どうぞ。」
「うん、ありがと……。」
酔い止めに良いペパーミントティーを受け取ると、ティアナはゆっくりと口を付けた。
ティアナには景色を楽しませてやりたかった。
しかし、こうなると『ポータル』で移動するべきだったか。
判断を誤ったと、私は小さくため息をつく。
幸い、十分ほど休むとティアナはすっかり元気を取り戻した。
「お母様、早く行きましょ!」
先ほどまで青い顔をしていたのが嘘のようだ。
メイドたちは、先ほど準備したテーブルを片付け始めている。
待っていると、一人のナイトが母上のもとへ歩み寄ってきた。
「道が荒れておりますので、少し迂回した方がよろしいかもしれません。」
今後のルートについて相談したいとのことだったので、私も一緒に話を聞くことにした。
やはり足元が悪く、思うように馬車は進まないようだ。
そのせいでティアナも気分を悪くしてしまったし、この先はもう少しなだらかな道を進むべきだろう。
幸い目的地は近い。
そこまで時間はかからないはずだ。
メイドたちの片付けも、そろそろ終わる頃である。
「ティアナ。」
そろそろ出発だと声を掛ける。
しかし返事はない。
不思議に思い、私は馬車へ視線を向けた。
――いない?
メイドのところか?
――いない。
ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
「ティアナ、どこだ!?」
私は大きな声でティアナを呼んだ。
その声に反応したのは、ティアナ以外だった。
誰もが戸惑ったように首を振る。
誰一人として、ティアナの居場所を把握していない。
「ティアナがいないわ!」
「お嬢様、いったいどこに!?」
ナイトたちは一斉に剣を抜き、周囲の背の高い草むらや木陰を捜し始めた。
私も大剣を手に取った、その時だった。
「きゃあああああああああああ!!」
「ティアナ!!」
「お嬢様!!」
ティアナの悲鳴だ。
聞こえたのは馬車から少し離れた林の入口。
ナイトたちは全速力でそちらへ駆け出す。
私も走り出したい衝動に駆られたが、懸命に踏みとどまった。
もしモンスターがいるのなら、私では足手まといになるかもしれない。
蛮勇は味方をも危険に晒す。
尊敬する父上の教えだ。
それに、ナイトたちは全員ティアナの救助へ向かってしまった。
私まで離れれば、母上やメイドたちを守る者がいなくなる。
私はその場を動かず、手が潰れそうになるほど強く拳を握り締めながら、ティアナの無事を祈った。




